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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第二百話「影の英雄」

 魔導自動車を直したあと、俺はアリスと一緒に改めてベックマンさんに謝罪した。

 だが逆にさんざん感謝され、賠償どころかお礼の品を送ると言い始めたので、それは丁重にお断りした。


 さらに魔導自動車で学校まで送るとも言われたが、それも遠慮しつつ俺はミサとアリスを連れて足早にその場を去った。

 再び学校への通学路を歩く道すがら、アリスがうつむきながら俺に話しかけてくる。


「イグナート……」

「ん?」

「…………ごめんなさい」

「おお……?」


 アリスが素直に謝るなんて珍しい。

 というか、もしかしたら初めてじゃないだろうか。


 どうやら今回の出来事は随分と堪えたようだ。

 今や高校生になって精神的に成長したというのも大きいだろう。


「……なに?」

「いや、なんでもない。……まあ、無事でよかったよ。アリスもこれで懲りただろ?」

「…………うん」


 アリスはうつむきながら、今にも泣きそうな震え声で言った。


「もう二度と……火魔法は使わない」

「……マジか」


 あのアリスが。

 アリスと言えば火魔法、火魔法と言えばアリスというぐらいに今まで使っていたのに。

 普段から事あるごとに火球をぶつけられなくなるのは嬉しいことだが、いくらなんでもショックを受けすぎだ。


「あー……アリス? 別にそこまで思い詰めなくても……」

「もう一生……火魔法は使わない……」

「…………それは、困るな」


 少し考えたあと、アリスを慰めるために言う。


「俺にはアリスの火魔法が必要だ」

「……どんな時に?」

「…………バーベキューの時とか」

「………………」


 アリスがジト目で俺を見上げてくる。

 ……自分で言ってから気がついたが、この慰め方はないな。


 バーベキューなんて火魔石で事足りる上に、そもそも俺自身が火魔法使えるし。

 そこらへんに突っ込まれたら何も言えない。


 これにはアリスも怒るか、もしくは落ち込むか……?

 なんてことを考えていたら、アリスは俺を見て呆れたように小さくため息をついた。


 それから頬を赤く染めて目を逸し、俺のすぐ隣に寄り添うように近づいてきて言った。


「……ありがと」

「お……おう」


 妙に素直なアリスの態度にドキリとする。

 ……改めて見ると、アリスって普通にしている分には美少女で可愛いんだよな。


 手が触れるか触れないか、そんな絶妙に近い距離で俺の右隣を歩くアリスをボーッと見ていると、今度は左隣でミサがコホン、と小さく咳をした。


「イグナートさん。わたしの治癒魔法は、切り傷、擦り傷、やけど、しもやけ、ひび、あかぎれなど、様々な症状を万全に治せます。それどころか四肢欠損だって元通りです」

「あ、ああ……それは知ってるけど……?」

「だから……」


 ミサは唐突な自己アピールのあと、アリスと同じように俺のすぐ隣に寄り添うように近づいてきて言った。


「わたしも必要……ですよね?」







「今日はいったい何がどうなってるんだ……」


 ディアドル王国大付属高等学校。

 一年一組クラスの自席にて、俺はひとり頭を抱えていた。


「どうしたどうしたー? アンニュイな顔しちゃって」

「完璧超人のイグナートが珍しいな」


 クラスメイトのアベルとカインが声を掛けてくる。

 ちなみにミサとアリスは別のクラスなのでこの教室には居ない。


「いや、なんか今日は周りで妙なことばかり起こるっていうか、変に違和感があるっていうか……」


 俺は気心知れたアベルとカインに朝からの出来事を説明した。

 するとふたりは露骨に嫌な顔をし始め、俺の肩に腕を置いてきた。


「イグナートくん……それはなんだね? モテ自慢かね?」

「かー、ビックリするほどモテちまってオレ、困っちまう……って? ふざけんなよ、コラ」

「いや、そんなつもりは……」


 しかし、確かに事実だけを並べると単なるモテ自慢に聞こえてもおかしくない。

 どうやら俺は説明の仕方を間違えてしまったようだ。


 実際はたびたび『何か』を致命的に間違えてしまっているような気がして、ひどく気持ちが悪く、深刻に悩んでいるのだが……。


 どうしたら今の状況を正確に伝えられるだろうか。

 そんなことを考えている最中、離れた席でアイリス、モニカ、ハンナの女子三人組が何やら話しながらこちらを見ていることに気がついた。


 あの三人とは同じクラスというだけで普段、特に接点はないのだが、なぜこちらを見ているのだろう。

 心当たりは何もないのに……と思ったその時。


 アイリスが席を立ち、こちらに向かって歩いてきた。

 そして俺の前で止まり、その小さな手を差し出して言った。


「アイリス・ノワール・ドゥーム・レディアントよ」

「……ご丁寧にどうも。俺はイグナート・ペルフェット・シルヴェストルだ」

「知ってるわ」


 俺が伸ばした手を握り返しながら、アイリスが即答する。

 ……そりゃ知ってるだろうな。俺だってクラスメイトの名前ぐらい知ってる。


「私、アナタについて色々と聞きたいことがあるの。教えてくれないかしら? 『影の英雄』さん?」

「は……なんだよその、聞いててむず痒くなる二つ名は」

「あら……なら、『もうひとりの勇者』、もしくは……『創造神の化身』のほうが良かったかしら?」

「勘弁してくれ」


 早々に握手を解いて肩をすくめる。


「もっと悪化してるぞ。なんの嫌がらせだよ」

「救国の英雄は謙虚なのね。勇者フィルと共に魔王ゼタルを倒し、黒き星から世界まで救ったというのに」

「……あのなぁ、そういうネタ話はせめて本人が居ないところでやってくれないか?」

「私も今日まではこの話、半信半疑だったけど」


 アイリスが目を細めて笑う。


「朝、見たのよね。周囲一帯に認識阻害の魔術と、物質復元魔術……に()()()()()()、妙な力を使っていたアナタの姿を」

「…………気のせいじゃないか?」

「気のせいだったら声を掛けたりはしないわ」


 アイリスはそう言いながら四角く折った小さな紙を手渡してきた。


「放課後、この紙に書いてある場所に来なさい。もし来なかったり、他の誰かがついてきたりしたら……わかるわよね?」

「いや、わからないんだが……どうなるんだ?」

「面倒なことになるわ」

「……そうか」


 今、現在進行系で十分に面倒だと思っているが、それは言わないでおく。


「それじゃあまた放課後に会いましょう」

「ああ……」


 俺の返答に満足したのか、アイリスは踵を返して自席へと戻っていった。

 それを見たアベルとカインがニヤニヤしながらからかってくる。


「いやー、マジでモテモテだねー、イグナート」

「これ完全にモテ期だなー?」

「……おまえら、今のが色っぽい話に聞こえたか?」

「「いや、全然」」

「…………」


 嬉しいそうにハモるアベルとカインをジト目で見る。

 ……今から放課後が憂鬱だ。







 午前の授業を受けたあと、昼休みは学食でミコトの同級生であるスフィとその妹マリィに『ミコトを泣かした罪』で絡まれたり。

 王国大との共同戦闘訓練では先輩のエウラリアさんとサリナさんに集中的に狙われた結果、返り討ちにしたらあとで呼び出され、理不尽にヘッドロックと首四の字固めを掛けられたり。


 そんな出来事を挟みつつ、放課後。

 俺は帰り支度を整え、アイリスに指定された調理室へと向かった。


「遅かったわね」


 調理室ではアイリスが腕を組みながら待っていた。


「こっちよ」

「こっち……?」


 アイリスに促されて調理室にあるドアのひとつを開くと、そこは様々な調理器具が置かれている小部屋となっていた。


「ここは……」

「調理器具置き場兼、料理部の部室よ」


 アイリスがそう言いながら部屋のカギを閉める。


「へぇ……なんでまた、こんなところに」

「私、部員だから」

「マジで!?」

「なんでそんな驚くの?」


 アイリスは心外そうな顔で腕を組んだ。


「まあ、私の活動内容は原材料の調達とか、あとはモニカとハンナが作るお菓子を食べるぐらいだけで、作りはしないけど」

「ああ……だと思った」


 俺が思わず呟くと、アイリスは鋭い目つきで睨みつけてきた。


「……ふん、まあいいわ。それで、今日ここに呼び出された理由は察してる?」

「呼び出された理由? ……朝のアレに関して色々と聞きたいことがあるんじゃないのか?」

「それもあるけど、それだけじゃないわ」


 アイリスはそう言いながら後ろに下がり、棚の影に隠れていた少女……モニカの腕を取って連れてきた。

 モニカの後ろにはトコトコと、なぜかハンナもついてきている。


「あ、あの……イグナートくん……あ、あたし、えっと……その……」


 顔を真っ赤にしてモジモジしているモニカを、アイリスとハンナが横から「しっかり」「がんばれっ」と小さく声を掛ける。

 すると友人ふたりの声に励まされたのか、モニカは手に持ったハート型の箱らしきものを俺に差し出しながら言った。


「い、イグナートくん! ひと目見た時から、好きでした! あたしと付き合ってください!」


 今日何度目かの急展開で、またもや思考が停止する。

 ……ホントに、いったい何がどうなってるんだ。




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