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第一話「生後半年」

 あのあと目が覚めると、俺は教会のような建物の前で仰向けになっていた。

 しばらくすると建物から厳つい顔したヒゲ面のおっさんが出てきて、


「……一度に三人か。こりぁイルミナの奴、絶叫もんだな」


 そう言いながら俺をその太い腕に抱きかかえ、建物に入っていった。

 この時は視界が狭く言葉もサッパリわからなかったので気がつかなかったが、どうやらこのおっさん両腕に俺を含め赤子を三人抱えてたらしい。


 ……そう、赤子。

 俺は無事、前世の記憶を保持して転生したようだった。




 ◯




 転生してからというもの、俺は前世の記憶を保持しているというアドバンテージを生かすためにまずは言語の習得を最優先事項に決めて、ひたすらリスニングに励んだ。

 喋れないし文字も読めない、というか書物自体が見当たらなかったからな。


 それでも、半年ほど過ぎた頃には俺は今自分の置かれている状況が大体わかる程度には、ここの人たちが話す言葉を理解していた。

 前世で英語の成績は可も無く不可も無くだったが、日常で毎日聞いているとさすがに覚えるみたいだ。

 まぁ今の俺にはそれしかやることないし。


 そしてわかったこと。

 まず、俺はこっちの世界でも捨て子だそうで、また児童養護施設……こっちの呼び方じゃ孤児院、の前で捨てられていたようだ。

 もともと前の世界でもそこまで両親が居ないことを気にする方ではなかったが、人並みに家族の温かみというものに憧れてはいた為、非常に残念ではあった。


 施設の人たちは親代わりみたいなものではあるけど、やっぱり血の繋がった家族とは違うだろうしな。

 もちろん施設の人に面と向かってそんなことは絶対に言わないが。


 それからここはもちろん日本ではなかった。

 初めは言葉の響きからしてヨーロッパ諸国のどこかだと思っていたのだが、どうやらそれも違うらしい。


 前世で聞いたことのある固有名詞が一切無い上に、電気を使う類の道具や家具などもまったく無く、皆髪の毛の色がピンクやオレンジなど個性に富んでいて、更に言えば魔法すら存在するらしいのだ。

 ただこれは会話を横から聞いて仕入れた情報であり、まだ実際に見ていないので現時点では軽く半信半疑である。


 そんな頃のある日。


「なぁ……イグナートのヤツ、またデカくなってねぇか……?」


 最初に俺を拾ったヒゲ面の厳ついおっさん(孤児院の院長らしい)が、イルミナさんに話しかける。


「そうですね……最初から大きい子ではありましたけど、これは……」


 頬に手を当て、首を傾げるイルミナさん。

 イルミナさんはここの孤児院で主に生後まもなくから三歳頃までの子どもを担当しているらしい女性で、『あらあらまあまあ』とか言いそうな癒し系の顔立ちにピンク色のポニーテールが良く似合っている二十一歳のお姉さんだ。

 あぁ、ちなみにイグナートというのは俺のことだ。

 拾った時に包まれていた布に名前が書いてあったらしい。


「アニマもすげぇ量だしなぁ……こりゃ相当な大物だぞ」


 院長があごヒゲをさすりながら腕を組む。

 アニマというのは俺もまだよくわかってはいないが今までの会話から推測するに、多分ファンタジー世界でいう魔力みたいなものだろうと俺は思っている。


「ですね……しかも、もうこちらの話すことをほとんど理解してるみたいなんです。それに、まだ話すことは出来ませんけど、ハイハイで部屋の中を動き回っては色々なモノを指さして『これはなに?』みたいに聞いてくるんですよ。ね、イグナート?」


 そう言いながらイルミナさんが俺に向かって微笑む。


「あう」


 俺はそれに対して返事をしながら仰向けのまま右手を上げた。

 ちなみにこの部屋には他にも数十人の子どもが居るが、今はお昼寝タイムで起きているのは俺だけだ。

 一部のお昼寝していられない二歳児、三歳児は部屋にいるとうるさいため外に出されている。


「マジかよ。とんでもねぇなオイ。確かついこの間まで首もすわってなかったと思ったが……。このデカさ、三歳児並みじゃねぇか? っつーかここまでデカかったらハイハイどころかもう歩けるだろ。おいイグナート、おまえ、試しにちょっと歩いてみろよ」


 院長がしゃがみ込んで俺に話しかけてくる。

 いやいや、俺もなんか最近やたら成長速度が早いなぁとは思ってたけど、さすがに生後半年で歩くことはできないだろ。

 ついこの間ハイハイできるようになったばっかりだぞ。

 しかも俺が三歳児並みにデカイって?

 そんなバカな……。


 そう思いながらも一応、仰向けからうつ伏せになり、四つんばいになって、近くの壁に手を着きながら立ち上がろうとして……立ち上がった。

 あれ、普通に立てた?


(いや、でも歩くのは無理だろ)


 なんて考えながらも足を前に出してみると、全然イケる。

 何歩か歩いてみると、最初こそ少しぐらついたもののあとはまったく問題なし。

 どういうことだこれは。


「ぶ、ぶはは! マジで歩きやがったコイツ! しかもこの顔見ろよこの顔! 『え、なにこれ?』みたいな顔してやがる! ぶはははは! 知らねぇよ! なんでおまえがビックリしてんだよ!」


 腹を抱えて笑う院長に、驚いた顔で口元に手を当てるイルミナさんを見ながら、俺は『半年にしてもう自由に歩き回れる』という事実に驚愕していた。


(これは……思いのほか、楽しくなってきたぞ)


 俺はここ半年で言語習得に加えて、大まかな人生計画を立てていた。

 体が三歳児並み、そして歩き回れるというということはそれを大きく前倒しできるのだ。

 そう思うと、前世では感じたことの無いワクワク感が胸の奥から湧き上がってきた。


(よし、前世がさんざんだった分、現世では絶対に人生を謳歌してやる)


 あぁ、そうだ。

 前世では人のために生きて、人のために死んだようなものだった。

 だからこそ今度は自分の為に、思うがままに生きる。

 それにはまず人生を謳歌するための土台をしっかりと作らねばならない。


「お……ん」

「ん? どうしたイグナート?」

「ごお……ん」


 俺は院長に向かって両手のひらを開いたり、閉じたりするジェスチャーをした。

 リスニングはともかく、発音の方はまだまだなのだ。


「院長、もしかして、ご本、って言ってるんじゃないでしょうか?」


 さすがイルミナさん。ナイスアシスト。


「お、おお。なんだイグナート、おまえ本が読みたいのか? オレが持ってるのならいくつかあるが、正直子どもにゃ難しいのばっかりだぞ。それでも良いのか?」

「いい」


 俺は頷き肯定する。


 それからというもの、俺は暇さえあれば院長の部屋に行って本を借りたり、院長に時間の余裕がある時は言葉を教えてもらったりした。


 自由に動き回れるようになってからは周りの小さい子たちの世話を手伝うようになったので、それも早朝に限られるようになったが……。


 それでも、着実に前に向かっている感はある。

 前世の記憶保持に加え、この体の成長速度。

 順調に計画は前倒しで進んでいる。焦ることは無い。


 俺の人生は始まったばかりだ。




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