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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第百九十八話「急展開」

 居間に入ると、ピンク色の長い髪が綺麗なメイド、イルミナさんが台所で野菜を切っていた。


「おはよう、イルミナさん」

「あら……?」


 イルミナさんはこちらを振り向くと、驚いたように目を見開いて言った。


「まあ……この時間にここへ来るなんて珍しいですね。今日は走らなくて良いのですか? 若様」

「たまにはね」


 曖昧に答えながら台所に入る。


「朝食の準備? 手伝うよ」

「あらあら……良いのですか?」

「うん。やることなくてさ」


 手を洗い、エプロンを付けてイルミナさんの隣に並ぶ。


 イルミナさんは我が家の専属メイドだ。俺が幼い頃から家に居る。

 我が家は一応由緒正しき伯爵家……らしいのだが、父と母が大分変わり者の貴族なので使用人とはかなり距離が近い。

 家族同然と言っても良いぐらいだ。


「このレタスを切ればいい?」

「ええ、それではお願いします」


 包丁に極薄のアニマを纏わせて、レタスをサクサクとカットしていく。

 すると横でトマトを切っていたイルミナさんがふと手を止めて、俺を見上げながら呟いた。


「それにしても……若様、少し小さくなりました?」

「え……?」


 自分でも思っていたことを言われ、ドキッとする。


「……俺、小さくなってるかな?」

「あ、いえ、なんとなくそう思っただけで……ごめんなさい、気のせいだったみたいです」


 イルミナさんは「なにを言ってるのかしら、私」とやや頬を染めながら、恥ずかしそうにトマトを切る作業に戻った。


「ええと、イルミナさん? ちょっと聞きたいんだけど……」


 そして俺がもっと詳しく話を聞こうとしたその時。

 突如として地面が揺れた。


「あら、地震……?」

「――っ危ない!」


 イルミナさんの背後にある冷蔵庫の上から、積み重なって不安定になっていた鍋が落ちてくる。

 それを咄嗟に手で掴み、イルミナさんの頭上手前で止めた。


「ふぅ……大丈夫? イルミナさん」

「あ、ありがとうございます、若様……あっ!?」


 直後、イルミナさんが上を見て目を見開き、突然こちらに向かって手を突き出してきた。

 そして同時に頭上から何かが落ちてくる気配を感じ、刹那の間で思考する。


 おそらくイルミナさんは上から落ちてくる何かが当たらないよう、俺を突き飛ばすつもりだ。

 しかしこのままだとそれは間に合わない。


 もちろん上から落ちてくる何かと、イルミナさんを同時に止めることはできる。

 できるが、そうするには少し、イルミナさんは勢いがつきすぎている。


 つまりこの場面で自力解決したらイルミナさんが恥をかく。

 となればここは上手いことイルミナさんに助けられるべきだろう。


 そう判断した俺は上から落ちてくる何かを風魔法で一瞬浮かしたあと、落ちてきても俺たちに当たらないよう位置をずらした。

 加えて体の力を抜き、イルミナさんに押されるがままにする。


 そしたら想像以上にイルミナさんの力が強く、そのまま地面へ押し倒される形となった。

 直後、視界の端で軌道をずらした小さな木のカゴが床に落ちた。しかも中身は空。


 しかしそんなことはどうでも良くなるぐらい、俺はイルミナさんの豊満なボディにのしかかられ、悩殺されていた。

 イルミナさんと至近距離で目と目が合い、お互い顔が真っ赤になる。


「あ……ありがとう、イルミナさん。なんだか、助けられちゃったみたいだね」

「い、いえ……すみません、体が勝手に動いてしまって……」


 イルミナさんは目を逸らし、モジモジしながら囁くように言った。


「でもよくよく考えたら、若様なら私が余計なことしなくても、平気ですよね……」

「そんなことないよ。俺ドジだからさ」


 フォローするように笑いながら言う。


「それにイルミナさんにとっては俺なんて、まだまだ手のかかる子供みたいなものだろうし」

「そ……そんなことないです!」


 イルミナさんは俺に密着したまま、逸らしていた目を合わせて言った。

 シャンプーの匂いなのか、柑橘系の爽やかな甘い香りが漂ってくる。


「昔は確かにヤンチャな子供でしたけど、今の若様は紳士で、たくましくて、魅力的な……大人の男性だと、思います」

「あはは……ありがと。お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃありません」


 イルミナさんは頬を赤く染めながらも、真剣な表情で続けた。


「だって私は、若様のこと……」

「え……?」


 イルミナさんは続きの言葉を口にはせず、代わりに俺の頬に手を添えた。

 そして目をつぶり、ゆっくりとこちらに顔を近づけてくる。


 俺はあまりの急展開に身動きひとつ取れず、されるがままになっていた。

 ……が、しかしその時、ふと誰かの気配を感じてしまった。


 そして視線を動かした結果、見つけてしまった。

 台所に入る手前の角で、こちらをこっそり覗いているメイドを……!


「シエナさん……!」

「えぇ!?」


 俺がシエナさんの名前を出すと、イルミナさんはガバっとその場で起き上がり後ろを振り向いた。

 するとオレンジ色ショートカットヘアのメイド、シエナさんが小さく舌を出しながら台所に入ってきた。


「あちゃー、ごめんねー、邪魔しちゃって」

「し、シエナ……あなた、いつから……」

「やー、でも台所でそういうのはちょっと、上級者すぎないかなーって」

「ち、違うのよこれは……その……」


 イルミナさんは見るからに動揺していた。

 そんなイルミナさんをシエナさんはニヤニヤしながら指で突っつく。


「でもあれだなー、まさか若様がイルミナに手を出してるとは思わなかったなー」

「そ、そうじゃなくって……あのね、これは……」

「あ、違う? 若様がイルミナに手を出したんじゃなくて、イルミナが若様に手を出したの? そういえばさっきもイルミナが押し倒してたし……やるねー、イルミナ! 見直した!」

「話を聞いてー!?」


 そのあとはイルミナさんとふたりでシエナさん相手に誤解を解き、なんとか事なきを得た。

 厳密に言えばイルミナさんのアレは誤解じゃないような気もするが、そこはもちろん話していない。


「でも、なーんか怪しいなー」

「シエナ……もうその話は終わり。はい、早く配膳して」


 俺とイルミナさんが作った朝食をシエナさんが運び、長テーブルに配膳していく。

 そんな中、長い金髪を後頭部で纏めた伯爵夫人……俺の母さんがやってきた。


 朝の挨拶もそこそこに、母さんは厨房に入っている俺を見て目を丸くした。


「あら? 今日はイグナートも朝食を作っているの?」

「ああ。なんとなくね」

「珍しい……それなら私も一緒に作りたかったわ。残念」


 料理好きな母さんは小さくため息をついた。


「母さんとはこの間も一緒に夕飯を作ったばっかりじゃないか……って、あれ?」


 朝食の配膳が終わり、テーブルに着いた母さんの隣に座ってふと、今日何度目かの違和感を覚えた。


「どうしたの? 急に」

「なんか母さん……若くなってない?」


 今思えばイルミナさんの時も、シエナさんの時も『そう』感じてはいた。

 しかし気のせいかと思えるほどのレベルだった。


 だがこの母さんは違う。若い。明らかに若すぎる。

 これはどう見ても二十代……下手したら十代に見える。


「えぇ? やだ、なにを言い出すのかしらこの子ったら、もう……なにか買ってほしい物でもあるの?」

「いや、そういうのじゃなくて真面目な話で」

「まあ……」


 母さんは、ほんのりと赤く染まった頬に可愛らしく手を添えた。


「どうしましょう、困ったわ……私、夫がいる身なのに……」

「うん、ちょっと意味がよくわからないけど、そういう話でもない」


 母さんの発言はどこまでが本気かわからないところがあるので一応、念のため否定しておく。

 そんな会話をしていると、ダークブラウンの髪をオールバックにした中年伯爵……父さんがテーブルに着きながら笑った。


「こらこらイグナート。実の母親を口説くのはやめなさい。業が深いぞ」

「口説いてはいないんだけど」

「だがまあ、血迷っても無理もない。マリアンヌの美しさには、おまえが生まれる前から見慣れている私でさえ、心奪われるからね」

「まあ、アナタったら……!」


 バカみたいな話の流れで父さんと母さんはイチャイチャし始めた。

 ……うちの両親は人の話を聞かなくて困る。




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