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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第百九十六話「約束」

 凄まじい怪力を持つはずのディナスが、ロクな抵抗もできず無理やり鎧を剥がされていく。


 俺はそれをただひたすらに見ていた。

 見ていることしかできなかった。


 いくら頭の中でシミュレーションしても、ジル・ニトラに勝てる光景が思い描けない。

 自分が無残に殺される光景しかイメージできない。


 気がつけば息は荒く、全身にビッショリと汗を掻き、足は震えていた。

 今ここで逃げなければ間違いなく死ぬ。

 かつて今までにないほどの確信がある。


 いや……正確には、逃げても確実に死ぬだろう。

 ヴィネラがこちらの味方をしない以上、ジル・ニトラを止められる存在はいない。

 そもそもここから逃げられない可能性も高い。


 だったらやるしかない。やるなら今しかない。

 そう思いアニマの出力を極限まで上げようと意識を集中する。


 しかしそんな意思とは裏腹に、アニマの出力は思うように上がらなかった。

 全身の強化も上手くいかず、今まで纏っていたアニマでさえ霧散して消えていく。


「な……なんでだ……!?」

「心が折れているのだよ」


 ジル・ニトラは立ち上がりながら言った。

 気がつけば、すでにディナスは全身鎧の部位をすべて外され死んでいた。


 生命力を失って息絶えたディナスの苦悶に満ちた表情を見て、ぞくり、と背筋に冷たいものが走る。

 否が応でも、苦しんで死ぬ自分の最後を連想してしまう。


「フフ……そう怖がることはない。キミには随分と楽しませてもらったからね。お礼に、苦しまずに死なせてやろう」


 ジル・ニトラはそう言いながらゆっくりとこちらに向かって歩き出した。


「そ、そこは命を助けてくれるとか……そういうのじゃないのか?」

「もちろんそれも考えたんだが、言っただろう? 私は……」

「え……?」


 何のことかわからず戸惑っていると、ジル・ニトラは口が裂けそうなほどに口角を上げて言った。


「『腹が減った』、とな」


 そして実際にヤツの口角が『裂け』た。

 ジル・ニトラの体がみるみるうちに大きく膨れ上がり、巨大な白銀の竜へと変化していく。


『キミはよく味わって食べたいからね、こちらの姿でいただくとしよう』


 頭の中に直接ジル・ニトラの声が響いてくる。

 圧倒的な威容に、ただでさえ風前の灯火だった戦意が完全に消え失せた。


「う……あっ……」


 無意識のうちに後ずさりして、瓦礫に足が引っ掛かって転び、尻餅をつく。

 そこで左手の下に何か、瓦礫とは違う硬いものがあることに気がついた。


 どこか覚えのあるその手触りに異様な胸騒ぎがして、左手をどかして見る。

 するとそこには、黒い首輪があった。


 中心部に小さなハート型の宝石が付いている可愛らしいデザインの物。

 それは――俺がティタに買ってやった首輪だった。

 革はボロボロになり、宝石には無数のヒビが入り今にも砕けそうに見える。


 思わず首輪を手に取ると、トドメを刺されたかのごとく宝石がバラバラと砕けて落ちた。

 そこで俺は悟った。何もかもが……終わったのだと。


「は……はは……あはは……あはははは……」

『おや、壊れてしまったのかな? ククク、可哀相に』


 巨大なアギトを近づけながら思念を飛ばしてくるジル・ニトラに、精一杯の強がりで軽口を叩く。


「はは……可哀相なら、助けてくれよ……人間、好きなんだろ……?」

『ああ、私は人間が大好きだとも。ククク……それがなぜだかわかるか?』


 ジル・ニトラは至近距離で俺を見下ろし、口元からよだれを垂らしながら言った。


『人間はね……美味いのだよ。その肉も魂も。無論それだけが理由ではないが、それが一番の理由だ』

「あー……はは……なるほどね……」


 ひどい……ひどすぎる。まったく救いがない。

 こんなのが俺の最後なのか?


 信じられない。信じたくない。あんまりだ。

 自暴自棄になって戦うにも、尻尾を巻いて逃げるにも腰が抜けて力が出ない。

 どうしようもない。


 そんなことを考えている間にジル・ニトラは巨大なアギトを開き、長い舌で俺を巻き取って口の中に入れ――そこで意識は途絶えた。







 ――さむい。


『あら、目が覚めた?』


 虚ろな意識の中で目を開く。

 すると真っ暗闇の中にぼんやりとした人型の光が見えた。


『アナタに預けていたスヴァローグを回収しに来たわ。できれば暴れないでくれたほうがやりやすいのだけれど……って、もうそんな力は残ってないかしら?』


 光がクスクスと笑いながら揺らめく。

 そのたびにどんどん熱が奪われていく。


 ――さむい。さむい。さむい。さむい。


『寒い? あぁ、魂が溶けてきてるからそう感じるんじゃない? ここはジル・ニトラの体内だし、今アタシがスヴァローグとアナタの魂を分離させてる最中だし』


 ――たすけて。


『んー……どうしようかしら。アナタは結構役に立ったし、アタシの暇つぶしにもなったから別に助けてあげてもいいんだけれど、スヴァローグを回収したらもう用済みなのよね……』


 ――うそつきだ。


『ウソなんてついてないわよ。あらかじめ言っておいたでしょ? ジル・ニトラが敵に回ってもアナタの味方にはなれないって。ジル・ニトラとは長い付き合いなんだから』


 ――ちがう。


『違うって、何が違うのよ』


 光が揺らめきながら問い詰めてくる。

 違う。こっちは味方にならなかったことを言ってるんじゃない。


 だが……思い出せない。

 意識が朦朧として、今にも存在が消えそうで、考えがまとまらない。


『ほら、何も出てこないでしょ? まったく、往生際が悪いんだから。まあ……別にやることは変わらないけれど……はい、終わった』


 熱が完全に失われ、凍えるほどの寒さが襲ってくる。


『それじゃ用も済んだし、アタシはここからが本番だからもう行くわ。あぁ、助けるのは今回なし。人の身だと生きてるのも大変でしょ? 楽になりなさいな。アタシも今回は特に助ける理由もないし』


 光がそう言いながら離れていく。

 凍えるほどの寒さに失望と絶望が加わる。


 このまま死んだら全人類はジル・ニトラの中で飼われる。

 伯爵夫妻も、セーラも、スフィも、王国大のみんなも、孤児院のみんなも、全員。

 ヤツに飼われ、好きなように弄ばれ、好きな時に食べられる。


 それで良いのか。――良いわけがない。

 それで死ねるのか。――死ねるわけがない!


 憤怒が意識を覚醒させる。

 失ったはずの熱が戻ってくる。


 ――ヴィネラ!


『何よ、うるさいわねぇ……今さら元気になったところで、助けたりはしないわよ』


 ――おまえには絶対に、俺を生き返らせる理由があるはずだ。


『はぁ? ないわよ、なに言ってるの?』


 ――ある。絶対にある。俺は思い出せないがある。だから、おまえが思い出せ。


『嫌よ。アタシになんのメリットもないもの』


 ――創世の魔女が約束を反故にするのか?


『だからそもそもアナタとは約束も契約もしてない……あ』


 遠ざかっていた揺らめく人型の光……ヴィネラが動きを止める。


『…………そういえば、言うことを聞いたらスヴァローグを回収したあとも『命だけは助けてあげる』って、アタシ言ったわね。……約束って、それのこと?』


 ――ああ、そうだ。俺も思い出した。それのことだ。


『あのねぇ、それは元々、スヴァローグを回収したらそれが原因でアナタは死ぬからそう言ったのよ? 今回アナタが死んだのはスヴァローグの回収とは関係ないじゃない。だからそれは無効よ』


 ――創世の魔女がウソをつくのか?


『ウソじゃ……ああ、もう、面倒ね! わかったわよ! 生き返らせれば良いんでしょ、生き返らせれば!』


 ――助かる。ついでに、ジル・ニトラには見つけられない場所で生き返らせてくれ。


『ふうん……近くで生き返ってもすぐ殺される、って考えるぐらいの思考能力は戻ってきてるのね。まったく……何をどうしたってスヴァローグの力を失ったアナタがジル・ニトラを殺せる可能性なんてないんだから、素直にあきらめれば良いのに。そもそもジル・ニトラには見つけられない場所なんて……』


 ヴィネラはそこまで言って、ハッと何かに気がついたように呟いた。


『……フフフ、そうね、別にアタシ『命だけは助けてあげる』としか言ってないものね』


 ――おい。変な真似はよせ。普通に助けてくれ。


『あら失礼ね。これは好意、頑張ったアナタに対するご褒美よ? 素直に受け取りなさい――』


 ヴィネラは俺に手を伸ばしながら言った。


『――第三の人生を、ね』


 そして視界が眩い光に包まれて――俺は再び意識を失った。




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