第百九十四話「灰色の世界」
空から降ってくる10トン大型トラック。
俺はその冗談みたいな質量から逃れるため、即座に土魔法を発動した。
「あっ……ぶねぇ……」
目の前に迫ったトラックの割れた窓ガラスを見て、思わず呟く。
咄嗟に地面の瓦礫を土魔法で操って掘り起こし、自作の穴に落ちて隠れたが……なんとか間に合ったようだ。
「よし、準備オッケー。それじゃ次は……重力100倍」
「っ!?」
その呟きを聞いた瞬間、今度は全身に凄まじい圧力が掛かってきた。
即座に全身のアニマ出力を更に増大させるが、それでも大型トラックに押さえつけられ身動きひとつ取れない。
ルカが言った通り本当にこの辺りの重力が100倍になっているなら地面も俺とトラックごと陥没していきそうなものだが、それすらなく。
どういう理屈か、地面は影響を受けていない……いや、むしろ重みを増した俺やトラックなどを受け止めている分、何かしらの力で補強されているのだろうか。
もちろんさっきから使っている土魔法も通用せず、地中という逃げ場すらない。
……そんなことを考えている間に意識が遠くなってきた。
まずい、全力の治癒魔法とアニマ出力でも耐えられない。
このままだと……死ぬ。
さっきから火魔法やら光魔法を使おうとしているが、上手く出せない。
せめて俺も重力魔法みたいなものが使えれば。
そこでハッとある可能性に気がつき、全身に掛けられている圧力に意識を集中した。
全身に掛かっている力を自分の中に取り込み、今度は『それ』を増大させて出す。
「あれ……? もしかしてボクの重力100倍、パクった?」
「パクったとは人聞きが悪いな……」
俺は自分に掛かる圧力を同系統の力で空へと返しながら立ち上がった。
大型トラックがゆっくりと空中に浮かび上がっていく。
「俺は二代目だ。初代の技を引き継いでもなんら問題はないだろ?」
「いやいや、そこは初代に花を持たせてよ。はぁ、消費が激しいから使いたくなかったんだけど……」
ルカは指で宙に円を描くような動作をした。
するとフッと足元の感覚がなくなり、地面に巨大な穴が空いて――次の瞬間、俺は星の輝く宇宙空間に放り出されていた。
……ウソだろ?
「残念ながら本当だよ。じゃあねー、宇宙遊泳、楽しんできて」
ルカは笑いながら手を振った。そして穴が閉じる。
いやいやいや……楽しんできても何も、死ぬわ。
俺は慌てて風魔法で空気を作り、自分の周囲に留まらせた。
「…………いや、死なないか」
非常に寒く感じるが、膨大なアニマを纏っているせいか元々の体温が高いせいか、そこまで気にならない。
空気も自分で作れたし、ひとまずは死ななそうだ。
周囲を見渡すと、自分の背後に赤い惑星を見つけた。
見覚えのある血の色に似た真っ赤な空。
これは十中八九、今さっきまで俺が居た惑星だろう。
どうやらルカは俺を近場の宇宙に放り出したようだ。
「どうするか……」
さすがにルカが使っていた空間に穴を空ける術はできる気がしない。
となると……この惑星に落ちて大気圏突破、するしかないのだろうか。
だがもし大気圏突破が成功したところで、戻った頃にはすべてが終わっているだろう。
そうなると何もかも無意味だ。
「でもやるしかない……ってうわぁ!?」
覚悟を決めて風魔法のジェット噴射を準備していたところ、後ろから誰かに腕を引っ張られた。
そして一瞬、真っ暗闇の中を通ったかと思うと、すぐにさっきまで居た瓦礫の上に吐き出される。
「貴様も戦力に数えている。勝手に消えるな」
ゼタルがこちらに背を向けながら言う。
どうやら俺はゼタルが使っていた闇の穴でここまで戻ってきて来れたらしい。
「悪いな、助かった」
「礼はいらん。貴様はジル・ニトラを叩け」
「それは構わねえが……いや、わかった」
今は問答している場合じゃない。
ふと前方を見れば、バルドとディナスがルカと戦っている真っ最中だった。
どうやらバルドはディナスは無事に起こせたようだ。
俺はゼタルの言う通りジル・ニトラを叩くために全力で走り出した。
もちろん二度同じ手は食わないようルカの動きにも注意する。
ルカはジル・ニトラに向かって走り出した俺に気がつくと、大きく腕を振るった。
直後、目の前に避けようがないほど巨大な穴が開き……俺は再び宇宙空間へと放り出された。
「いやどう考えても無理だろ!?」
そう叫びながら風魔法で空気を作ると同時に、俺は目の前に例の如く現れた闇の穴に突入した。
そして再度真っ暗闇の中を通りそこから出ると、状況は一変していた。
「ボクの力が……使えない……?」
ルカは地面から伸びた黒い触手に四肢を拘束され、心臓を貫かれていた。
バルドを見ると離れた場所で倒れているが、その両袖からは無数の触手が伸び地面へと潜っている。
「そんな……ボクはまだ……アル、を……」
ルカが口元から血を流しながら呟く。
その背後からゼタルが音もなく出現した。
『やめなさい』
ゼタルがルカに剣を振り下ろそうとしたその時。
ヴィネラが間に割り込み、ゼタルの剣を止めた。
「……創世の魔女よ、なぜ止める。貴様は人間の自由意志を尊ぶのではなかったか?」
『そうね。でもこの子にはアタシの作品を預けてあるから、少し事情が違うのよ』
ヴィネラはそう言うと、ルカに向き直ってその頬を撫でた。
『ごめんなさいね。本当は最後まで見ていたかったのだけれど、アナタのスヴァローグは繊細だから先に回収するわ』
「ま、待ってよヴィネラ、ボクはまだ……」
『いいえ、終わりよ』
ヴィネラはルカの胸にその手を沈め、群青色に輝く光球を掴みながら引き抜いた。
直後、ルカの目から光が消え、命の灯火が消えていく。
『でも安心しなさい。アナタの願いは約束通り、ちゃんと叶えてあげるから』
ヴィネラがそう呟くと、群青色の光球は彼女の手に吸い込まれるように沈んでいった。
それからヴィネラはゼタルに向き直り、ニッコリと笑って言う。
『さぁ、終わったわ。残ったのは肉の器だけ。それでも良ければ好きにしなさい』
「…………」
ゼタルがヴィネラの真意を確かめるように睨みつける。
『心配しなくても彼を生き返らせたりはしないわよ。特に生き返らせる理由もないし。それより……良いの? 加勢しなくて』
気がつけばディナスは単身、ジル・ニトラと戦っていた。
ただジル・ニトラは相変わらず防戦するのみだったので、一方的な戦いだ。
ゼタルはバルドと目配せしてからディナスに加勢した。
バルドもすぐにルカを拘束していた触手を解除してあとに続く。
ジル・ニトラは何かしらの術を使っている最中だからか、もしくは単純に消耗しているからか、ゼタル、ディナス、バルド三名の攻撃を受け流し切れていなかった。
三名が放つ怒涛の猛攻に押されボロボロになっていく。
ゼタルたちの猛攻は俺が加勢する間など何処にもないほどに苛烈だった。
そして数分もしないうちにジル・ニトラは地面に倒れ伏し、ゼタルの剣がヤツに向かって振り下ろされる。
決着がついたかのように見えたその瞬間。
世界が灰色に染まり、すべての動きが止まった。
上空には先ほどまで存在しなかった、空を埋め尽くすほどに巨大な真紅の光球が佇んでいる。
「く……ククク……なんとか、間に合ったか……」
何もかもが灰色になり止まった世界で、ジル・ニトラだけは色も変わらず動いていた。
しかし体がボロボロになっているせいか立ち上がる気配はない。
――今がトドメを刺すチャンスだ。
そう思っても俺の体はゼタルやディナス、バルドと同様まったく動かなかった。
「いかんな……鎖を……断ち切るリソースがない……」
ジル・ニトラが倒れたまま、左手の人差し指だけをクイッと曲げる。
すると離れた場所で灰色になり倒れていたアイリスの色が元に戻り、ピクリと動いた。
「アイリス……愛しい我が娘よ……助けてくれ……」
「……っ……お母、様……?」
うつ伏せに倒れていたアイリスが少しだけ顔を上げ、離れた場所で倒れているジル・ニトラを見る。
「そうとも……アイリス……おいで……」
「ぁ……お母様……」
アイリスは這いずるようにしてジル・ニトラの方へと進んでいく。
俺は身動きできず、声も出せずそれを見ていることしかできない。
「お母様……お母様……」
「おお……アイリス、待っていたぞ……」
やがてアイリスはジル・ニトラの側まで辿り着いた。
そしてそのままジル・ニトラに横から抱きつく。
「フフ……甘えん坊だな、アイリスは……」
「お母様……」
「アイリス……頼みがある……」
ジル・ニトラはアイリスの頬を優しく撫でながら言った。
「私に……キミのアニマと魂をすべて……捧げてくれないか……」




