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第百九十三話「圧倒的な質量」

「フフ……キミはいつだって、期待通りの動きをしてくれるね」


 ジル・ニトラがこちらを一瞥する。

 それだけで俺が振り下ろしたハルバードは魔法障壁に阻まれて動かなくなった。


「本当はキミも飼うつもりだったのだが……ふむ、当分はそんな余裕もなさそうだ。腹も減ったし、やはり食べてしまおうかな……」


 ジル・ニトラが舌舐めずりをしながら呟く。

 何気ないその言葉と、今までとは違う獲物を見るような鋭い目に背筋が凍る。


「くっ……!」


 ヤツの異様な自信に底知れぬ驚異を感じ、ハルバードを引いて後ろへ跳ぶ。

 ……ダメだ。全快ではないだろうが、ジル・ニトラはアイリスのアニマを吸ってある程度回復している。

 しかも目にまったく『遊び』がない。


 ヤツには制約があるため、まともに戦えば俺が負ける要素はないはずだ。

 しかしジル・ニトラは『直接的に危害は加えられない』と言っていただけで、抜け道はあるような口ぶりだった。


 ここでまともに戦えば――負ける。

 俺は直感的にそう思い、ヤツに背中を見せず何度もバックステップして後方へと下がっていった。


「おやおや、らしくないな。どうしたんだい? このままだとアイリスを食べてしまうぞ?」

「っ……」


 ジル・ニトラの言葉に思わず反応しそうになるが、無視して後ろへと下がっていく。

 ヤツの性格上、今この状況でアイリスを殺しはしないはずだ。

 

 ジル・ニトラならもっと俺が全力で抗って、それでもどうしようもなくなったようなギリギリの場面でアイリスを殺すだろう。

 ヤツはそういう最悪な性格をしていると、俺は半ば確信している。


「ほう……なるほど、そういうことか。なんともはや……賢しいな」


 後ろに下がっていく俺を見てジル・ニトラが目を細めながら呟く。

 こちらの『目的』がわかったのだろう。

 ジル・ニトラは苦笑しながら後ろを振り返ると、宙に浮かんでいるヴィネラへと声をかけた。


「ヴィネラ。いくら私でも、今の状態で()()を相手にするのは無理だ。あまりにもハンデが大きすぎる。これは……つまらない結末になるぞ」


 俺はジル・ニトラの言葉を聞いて、自分の行動が正しかったことがわかった。

 そうだ。ヤツは今、ある程度回復している。しかし目には『遊び』がなかった。


 それはつまり、俺ぐらいの相手に『遊んで』いられない程度にしか回復していない、という意味でもある。

 だとしたら……選択肢はひとつしかない。


「おいおまえら、起きろ! いくらなんでも寝過ぎだ!」


 俺は未だに意識を失っているゼタルとディナスを左手ですくい上げるように回収し、ガクガクと揺さぶった。

 もう大爆発が起きてから随分と時間が経っている。

 

 凡人だったらともかく、超人的なコイツらだったらもう起きれるはずだ。

 というより起きてもらわないと困る。


「……起きたから、止めろ」


 ゼタルが不機嫌そうな表情で言いながら、俺の手から逃れ地面に着地する。

 そしてゼタルは何も持っていない自分の両手を見つめたあと、右手を宙に伸ばした。


 するとその先に大きな闇の穴が開き、そこから一本の剣が飛んでくる。

 それと同時に闇の穴から黒いローブを纏った魔術師、バルドが単身で現れた。


 飛んできた剣を手に取ったゼタルと、闇の穴から出てきたバルドが互いを見る。

 それからふたりは何事もなかったかのようにジル・ニトラへと視線を向けた。


「……我がグバルビルは再起不能だ」

「…………そうか」

「……ヤツを殺す策はあるのか、ゼタルよ」

「…………ない」


 バルドとゼタルがボソボソと小さな声でやり取りする。

 一方、ジル・ニトラはヴィネラと何やら不穏な会話をしていた。


「なに、キミはただカギとなるルカを貸してくれれば良い。それ以上は何も望まないさ。もちろん、キミの大事な彼にも指一本触れはしない。鎖を断ち切るのに、ほんの少しだけ交渉するだけだ。すべて上手くいくかはわからないが、上手くいったらそこでやっと五分五分だ。そう思わないか?」


 ……何をやろうとしているのかはわからないが、嫌な予感がする。


「おいバルド! ディナスを起こしてくれ!」


 ディナスをバルドの前に放り投げ、全身をアニマで強化する。

 それからゼタルに向き直り、その目を見ながら言う。


「ゼタルは俺と一緒に来てくれ。ジル・ニトラが何かやろうとしてる。それを止めたいんだ」

「…………」


 ゼタルは無言のまま俺の目を見たあと、視線をジル・ニトラに向けた。


「頼む。今、ヤツを止めないと取り返しがつかないことになる」

「…………何を根拠に」

「俺はこの距離でもヤツが何を話しているのか聞こえるからだ! いいから早く……いや、ダメだ、待ってられねえ!」


 何らかの術だろうか。

 空が真っ赤に染まり、ジル・ニトラが立つ周囲の空間が歪み始める。


 俺はそれを見てすぐさま駆け出した。

 気がつけばジル・ニトラの隣にはルカも立っていた。

 ヴィネラが別の場所か、もしくは自分の異空間から呼び出したのだろう。


「ルカぁ! やめろぉおぉおお!」

「やめないよ」


 ルカは苦笑しながらこちらに振り向いた。


「彼女には昔、随分と世話になったからね」

「ジル・ニトラを生かしておけば、全人類がそいつの腹の中だぞ!?」

「人類が生き残るためにはそうするしかないんでしょ? じゃあ良いんじゃない?」


 全力疾走でみるみるうちに距離を詰めていく俺を見ながら、ルカは平然と答えた。


「それに……ボクは大勢の見も知らぬ赤の他人よりも、身近な友人を大切にしたいからね。キミだってそうでしょ? 単に立場の違いさ」

「――そうかよ!!」


 そういうことなら仕方ない。

 俺は走っている間に準備したアニマを使って、ジル・ニトラとルカを一緒に巻き込むほど巨大な光のビームを放った。


「ダメだよ邪魔しちゃ。今ジル・ニトラは大事なところなんだから」


 ルカがこちらに背中を向けているジル・ニトラの前に立つ。

 するとビームはルカに当たる手前で光の粒子となって霧散した。


「それにここはボクにとっても大事な場面なんだ」

「ルカぁぁぁ!!」


 すでに距離は縮まった。

 俺は覚悟を決め、ルカに向かって全力で踏み込んだ。


 そして両手に握ったハルバードを力の限り振り下ろす。

 しかし、ハルバードはルカの手前で何に触れることもなく停止した。


「キミはボクより優れている。キミのスヴァローグはボクの改良型だからね。でも」


 空中で止まったハルバードが光の粒子となって霧散する。


「少しの間なら、ボクの出力はキミを超える。スヴァローグが『神の複製』と呼ばれるその所以、今ここに見せてあげるよ」


 ルカが両手を広げると、その周囲にいくつもの光が現れた。

 それから光は速やかに姿形を変えていく。

 俺はその灰色をした筒状の物体を見て唖然とした。


「おい、それまさか……」

「バズーカ砲。――ファイア!」


 次の瞬間、全身を無数の衝撃が襲う。

 硬化のアニマを纏っていたおかげか、衝撃を感じる間もなく即死するようなことはなかった。


 しかし体中の骨が砕けたような激痛に、身動きが取れないまま吹き飛び倒れる。

 治癒魔法は砲撃を受ける前から全身に掛けていたが、さすがにこのレベルだと一瞬で完治というわけにはいかないらしい。


 だが俺のタフさと治癒魔法の回復力は折り紙つきだ。

 あと数秒もすれば動けるようになるはず……なのだが。


 仰向けに寝転がった視界の先。

 真っ赤な空を遮るように現れた巨大な『それ』を見て、俺は顔を引きつらせながら笑った。


「ハハ……なんでもありかよ……」

「まだまだこんなものじゃないよ。――10トン大型トラック、ファイア!」


 そして圧倒的な質量が放たれた。




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