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第百九十一話「茶会」

「あっ……?」


 アイリスが自分の腹に突き刺さったハルバードを見て唖然とする。

 次の瞬間、俺は縮地で一気に距離を詰め、アイリスを右手に掴んでハルバードの柄から引き抜いた。

 そしてアイリスの腹から血が吹き出る前に治癒魔法を掛けて、その傷口を癒やす。


「ぐっ……イグ……ナート……!」

「悪いなアイリス。しばらく大人しくしててくれ」


 地面に転がして、土魔法を発動。

 アイリスの首から下を硬化した土で覆い地面に貼り付け、動けなくしていく。


「イグナート、お願い……何でもするから、お母様を……!」

「ダメだ」


 最後まで聞かず即答してからアイリスの口元も硬化土で覆って塞ぐ。

 これですぐに邪魔が入ることはないだろう。

 ……世界の命運が掛かった場面ということを考えると、我ながら甘い対応だとは思うが。


「ククク……今日はよく心臓が破壊される日だ……」


 ジル・ニトラがハルバードの刺さった胸から赤い血を流しながら笑う。

 ヴィネラの話では心臓を一突きすれば死ぬという話だったが、まだ喋る元気があるようだ。


「安心しろ。心臓が破壊されるのは今日で最後だ」


 俺はそう言いながらジル・ニトラに刺さったハルバードを引き抜いた。

 ヤツの傷口から申し訳程度に粘度の高い血が流れる。

 人体とは根本的に構造が違うのか、それとも違う何かの力が働いているのか、傷口の大きさの割には大して出血はなかった。


「クク……そうか……それは……良かった……」

「…………」


 俺は今にも死にそうなジル・ニトラを警戒しながら、黙ってハルバードにアニマを込めた。


「おっと……介錯は必要ないよ……もうすぐ……終わる…………」


 ジル・ニトラはそう言うと、眠るようにまぶたを閉じて……すぐにハッと何かに気がついたように目を見開いた。


「あぁ……そういえばヴィネラ……キミへの恨み言がひとつだけあったよ……なぜ忘れていたのかというぐらい……重要なことだ……」

『あら、何かしら?』

「茶会……」


 ジル・ニトラは遠くの空を見ながら言った。


「キミはついぞ茶会に……茶葉や……茶請けを……用意することはなかった……」

『………………はぁ?』

「前回……次は……次こそはキミが場を設けて……それらを用意すると言ったのに……また約束を反故にして……」

『あー……そんなこともあったわね』


 ヴィネラは苦笑しながら呟いた。


『でもそれ、恨み言っていうほどのこと? 別に良いじゃない、もともとただの情報交換の場なんだし』

「フ……そう……か……私は……毎回、楽しみに……していたのだが……」


 ジル・ニトラはゆっくりと目を閉じて微笑む。


「まったく……最後まで、キミには振り回されて……ばかりだった……な……」

『あら、土壇場で裏切っておいて、随分なことを言ってくれるわね』

「フフ……いたずら心が……芽生えただけだよ……許してくれ……」

『ダメよ。許さないわ』


 ヴィネラが断言すると、ジル・ニトラは小さく笑った。


「クク……厳しいな……」

『あたりまえでしょう。……まあ、でも』


 ヴィネラはジル・ニトラの頬を撫でながら、囁くように言った。


『アナタが私の使い魔にでもなって、絶対服従を誓うのなら……許してあげても良いわよ?』

「ほう……なるほど、そうくるか……」

「おいヴィネラ、どういうつもりだ」


 不穏な流れに思わず口を挟む。


「話が違うぞ」

『あら、アタシは別にジル・ニトラを殺す約束なんてしてないわよ?』


 ヴィネラが挑発的な目で俺を見上げてくる。


『つまり彼女を生かすも殺すも、アタシの気分次第、ってこと……』

「くっ……!」


 ハルバードの柄を強く握り締める。

 ジル・ニトラを生かしておくなど、嫌な予感しかしない……どころの話じゃない。


 もし仮に全人類がヤツの腹の中に入れられるという計画がなしになったとしても、間違いなく今後、再び似たようなことが起きるだろう。

 ジル・ニトラはこれで懲りるようなヤツじゃない。


 ……どうする。どうすればいい。

 そう頭を悩ませている間に、ヴィネラはジル・ニトラに話しかけた。


『それで……どうする?』

「…………」


 ヴィネラの問いかけに、ジル・ニトラは少しの間を置いてから答えた。


「いや……ありがたい申し出だが……やめておこう……」

『あら、どうして?』

「私はもう十分に……長く生きた……それに……」


 ジル・ニトラは右目だけを開け、ヴィネラを見上げて言った。


「キミとは……最後まで……対等でありたいからね……」

『ふうん……そう?』

「そうさ……あぁ、それにしても……」

 

 ジル・ニトラは最後の力を振り絞るようにして、呟いた。


「次の茶会で……世界を自由に飛ぶキミが……どんな代物を用意するか……見て……みた……かった……」


 ガクリ、とジル・ニトラの首がうなだれる。

 その体から僅かに残っていたアニマが霧散していく。


『予想以上に粘ってみせたわね』


 ヴィネラは動かなくなったジル・ニトラに手をかざした。

 するとジル・ニトラの体から仄かな光が浮き出て、ヴィネラの手のひらで小さな光球となった。


『綺麗ね……』

「そいつはジル・ニトラの?」

『ええ、そうよ。彼女の魂』

「そうか」


 俺はそれを聞いた瞬間、右手のハルバードをその魂に向け突き出した。

 だがヴィネラはそれを目にも留まらぬ速さで避け、宙に浮かび上がる。


『あら……急に何をするの? 驚いたわ』

「何って、最後のトドメだ。俺にやらせてくれるんだろ?」

『そうね……そのつもりだったけれど』


 ヴィネラはジル・ニトラの魂を片手に、ニヤニヤと笑いながら言った。


『どうしようかしら。今の不意打ちで気分を害したから、ジル・ニトラ……生き返らせちゃおうかしら?』

「冗談はやめてくれ。あいつは大人しくおまえの使い魔になんかなる性格じゃないだろ」


 背中に冷や汗をかきながらヴィネラを説得する。

 ここでヴィネラがジル・ニトラを生き返らせたら、あの死闘がすべて水の泡だ。


「あいつは間違いなくおまえの寝首を掻いてくるぞ」

『別にそれでも良いけれど、そうね……しばらくは忙しいから、面倒なのは困るわね……』


 ヴィネラはそう言うと、手のひらに浮かばせたジル・ニトラの魂にもう片方の手を添えた。

 次の瞬間、その魂に赤い幾何学的な模様の光がいくつも走っていく。


「おい、何をやって……」

『首輪を付けてるのよ。アタシの寝首を掻かないようにね』

「なっ……よせ、やめろ!!」


 左手を突き出し、ジル・ニトラの魂に向かって光魔法でビームを放つ。

 しかしビームはヴィネラに当たる寸前で魔法障壁に当たり霧散した。


『アナタね……アタシの印象をどんどん悪くしてるけれど、良いのかしら? いくら今まで貢献したからって言っても、それはジル・ニトラも同じことなのよ? それに……言ったでしょう?』


 ヴィネラがジル・ニトラの体を浮かび上がらせ、ヤツの魂をその体に入れ込む。


『ジル・ニトラとは、アナタより長い付き合いなのよ。それこそ……多少の『いたずら』は、目をつぶっても良いかと思えるぐらいにはね?』

「ヴィネラ……!」

『フフフ……でも、そうね、ジル・ニトラにあまり肩入れしてもつまらないから、チャンスはあげるわ』


 ヴィネラは大気中のアニマを集めてジル・ニトラの体を覆い、指を鳴らした。

 直後、ジル・ニトラの体に赤い幾何学的な模様が走る。


『傷口はそのまま、アニマは魂を定着させるのに必要な最低限でジル・ニトラを生き返らせるわ。この状態の彼女にトドメを刺すことができたなら、アタシも彼女を使い魔にするのは諦めましょう』

「…………その言葉、本当だな?」

『ええ、二言はないわ。それじゃあ、いくわよ――』


 ヴィネラがジル・ニトラの体を直立した状態で地面に降ろし、呟く。


『――反魂の術』


 ジル・ニトラの目が見開き、自分の足で地面に立つ。

 直後、俺は縮地で距離を詰め、ヤツの頭に向かってハルバードを振り下ろした。




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