第十八話「謀」
虫寄せの薬を自分に使ったあと。
俺は背後のテントから離れ、自ら囮となって迫り来るグバルビルと戦った。
もしかしたら、俺は不死身なのかもしれない。
そんなバカなことを考えるぐらい、延々とグバルビルを屠り続けた。
途中からはザンザーラやスコロエンドラなど、他の虫型魔物も大量に寄ってきた。
それら小型、中型種を踏み潰し、払いのけ、大型種であるグバルビルをハルバードで粉砕した。
だがその奮闘も、グバルビルの突進にて左腕が折れ、ザンザーラの針で右目を潰されたところで陰りが見え始めた。
それでも、腕が動かなければ足で踏み潰し、足が動かなくなったら身をよじって噛みつき、最後まで戦い通した。
◯
戦いの果て。
俺はグバルビルの体液に浸りながら空を見上げていた。
「終わった……のか」
薬の効果が切れたのか、それとも戦線が回復したのか、虫型魔物はいつの間にか襲って来なくなっていた。
(あぁ……これは、死ぬな……)
全身から大量に血を垂れ流しながら、ふとそんなことを思った。
むしろ、よくここまで持ったものである。
(結局、またこんな結末か……)
ろくな回想もないまま、自分の中にある命の灯火が消えていくのを感じる。
そして。
薄れゆく意識の中、最後に見たものは。
泣きながら俺に治癒魔法を掛けるミサの姿だった。
○
目が覚めると、俺はベットの上で横になっていた。
「……ん」
上体を起こす。
「……傷、治ってるな」
上半身裸である自分の体に視線を落とす。
完全に塞がっている状態ではあるが、体中そこかしこに傷痕があった。
多分、というか確実にミサが治癒魔法で治してくれたのだろう。
おぼろげだが記憶がある。
「ここは……屋敷か」
見覚えのある室内に、俺の巨体が収まるほどのデカいベット。
セーラの屋敷内にある俺の部屋だ。
俺の図体があまりにもデカくて他の部屋のドアを通ることが出来なかったため、急遽客間の一室を改装して作られた個室である。
「…………はぁ……」
大きくため息をついて、うなだれる。
生き残った。生き残れた。それは良い。
あれだけの虫型魔物を屠ったのだ。
奴らが襲ってくる間隔は前回襲撃時の総数によって変動するため、当分の間は防衛戦もないだろう。
だがそれは言いかえれば、一定期間経てばまた奴らが襲ってくることを意味する。
今回の防衛戦では俺も死力を尽くして戦ったが、なにせあれだけ戦線が崩れていたのだ、それでも多くの犠牲者が出ただろう。
そうなると、もしまたあの規模で虫型魔物が襲ってきた場合、戦力差は今回の防衛戦を遥かに超えるものとなる。
そうなれば今度こそ全滅だ。
なんとか、しなければならない。
「…………」
右手を開き、そして閉じる。
そのまま強く握りしめる。
特に問題はなさそうだ。
ケガはほぼ完治しているように思える。
それに、ミサから治癒魔法を受けた時に感じた『あの感覚』がもし、俺の予想通りであれば……。
「……イグナートさん!?」
気がつけば部屋の入り口にはミサがいた。
普段は廊下を誰かが歩くだけでもわかるのに、今は全然気づかなかった。
どうやら寝起きで五感が鈍っていたようだ。
「うおっと、なんだ?」
急にミサが走り寄り、俺に向かって抱きついてきた。
「ごめっ……ごめんなさい……! わたしが、わたしの、せいで……!」
「んん? なんのことだ?」
「わたしが、わたしがすぐイグナートさんの腕を治してれば、あんなことには……ならなかったのに……!」
「……ああ、そういうことか」
確かに最初の時点でミサが俺の腕を治してくれていたら、あそこまで切羽詰まった戦いにはならなかったかもしれない。
だが結局は最後に治してもらい、瀕死のところを助けてもらっているのだ。
そう考えれば感謝こそすれど文句など出ようはずもない。
……いや、とても凄くヒドい目にあったから、ちょっと胸の奥がモヤっとはしているけど。
それは俺が上手くやれなかったってだけで、自業自得みたいなもんだからな。
ミサのせいではない。
「気にすんな。つーかそもそもミサがいなかったら早かれ遅かれ俺は死んでるからな。謝られるどころか、逆だろ、逆」
「逆……?」
「ああ」
右手を上げて、ミサの頭をそっと撫でる。
「ありがとな、ミサ」
「え……?」
「おまえのおかげで助かったからな。礼を言うのは当然だろ?」
ポカン、とした顔で俺を見上げるミサ。
「あ……」
「ん? どうした?」
「……お兄、ちゃん?」
うお! バレた!?
いかん、あの小さくて甘えん坊で、舌ったらずだったミサがこんなに大きく……なんてこと考えてたら、つい昔のクセで頭撫でちまった。
さて、どうしたものか。
ここは否定した方がいいのか?
それとも下手に取り繕うぐらいだったら、いっそのこと事情を説明してバラした方がいいか?
ううむ、悩むな……。
そんな風に内心これからの対応を決めかねていると、ミサはふと我に返ったように勢いよく俺から体を離した。
「ご、ごめんなさい! 間違えました!」
顔を真っ赤にして頭を下げるミサ。
「お、おう」
完全にバレていたわけではなかったようだ。
反応が微妙だったため、どうやらミサは俺のことを孤児院にいた『お兄ちゃん』ではなく、別人だと判断したようだ。
本当はその『お兄ちゃん』で合ってるんだけどな!
「あー……お兄ちゃん、って、兄妹か?」
だが俺の素性を知る人間はあまり多くない方がいい。
というわけで、話の流れにそってしらばっくれる。
「い、いえ! 昔、その、お兄ちゃん、って呼んでた人がいて……」
「昔ってことは、今はいないのか?」
「はい……わたし、孤児院出身なんですけど、三歳ごろに治癒の属性持ちだってわかってからは王国の宮廷に呼ばれて、そこで育ったんです」
アリスちゃんと一緒に、と加えるミサ。
そういえばアリスも火の属性持ちだった。
「その孤児院にいた人なので、それ以来ずっと会ってないんです。もう、顔とかもよく覚えてないんですけど、さっきはなんだかそのお兄ちゃんを思い出しちゃって」
「……そうか」
そんな小さい頃の記憶なんて、普通はおぼろげだとしても思い出せないと思うんだが……まあアリスも二歳当時から尋常じゃなく頭が良かったからな。
もしかしたら属性持ちは早熟という特性でもあるのかもしれない。
「あはは、おかしいですよね、イグナートさんスゴく大っきいから、似てるはずないのに……あ、ご、ごめんなさい!」
「謝るようなことは言ってねぇと思うが、まあ気にすんな」
「……イグナートさんって、本当は優しいんですね。最初はもっと怖い人かと思ってました」
そう言ってニッコリ笑うミサを見て、今更ながら俺は気づいた。
自分が悪役『傭兵イグナート』として振る舞うことをすっかり忘れていたことに。
……本当に今更だが、一応否定しておく。
「いや、それは勘違いだな。俺は傍若無人、大欲非道で知られた『傭兵イグナート』だ。非情と言われることはあっても、優しいなんて言葉はついぞ聞いたことがねぇ」
「…………はい?」
無垢な視線が痛い。
どうやら理解出来ていないようだ。
六歳児にはちょっと難しい言い回しだったか。
「……つまり、俺は優しくねぇってことだ」
「え……イグナートさんは、優しいと思いますけど……」
「…………」
手遅れだった。
……まあいいか。
ミサ一人にそう思われるぐらいならどうってことはないだろう。
「イグナートさん?」
「ああ、いや、なんでもねぇ……うお!?」
視界の端で何かが動いたので視線を上げたところ、いつの間にか部屋の入り口からセーラがこちらを覗き込んでいた。
「……話は終わりましたか?」
○
セーラがミサを屋敷の外まで見送ったあと。
「本当に、ありがとうございました」
「だからそれはもういいっての」
俺はセーラから再三にわたりお礼を言われていた。
戦場で気絶したセーラを俺が運んだということを誰かに聞いたのだろう。命の恩人扱いだ。
「余裕があったからついでに拾ったまでだ。それにセーラは俺の雇い主でもあるからな。他より優先するのは当然だ」
「そう、ですか」
うつむき、小さく呟くセーラ。
「では防衛戦の報奨金とは別に、私の方からも特別手当を出させて頂きます」
「いや、それは」
「せめてものお礼です。受け取ってください。……それに、私はあなたの『雇い主』、ですから。いくら『ついで』に助けられたとはいえ、その働きには報いるべきです。そうでしょう?」
「お、おう」
態度も口調もさして変わってないが、心なしか一部分、言葉が強調されているような気がする。
「…………」
「…………」
しばらく沈黙が続く。
なんか妙な空気になった。
「あー……話は変わるが、そういえばセーラに聞きたいことがあったんだ」
「はい?」
「ちょいと気になったんだが、属性持ちってのは後天的に目覚めたり、または身に付いたりすることはあるのか?」
「後天的に、ですか?」
「ああ。いや、最初は適性が無くてもあとから適性が出来たり、なにか特別なことをすると身に付いたりとか」
「……いえ、そのようなことは聞いたことがありません」
セーラは首を振って答える。
「自分が属性持ちである、という自覚を持つ時期は人によってばらつきがあるらしいですが、それでも大体の人は物心つく頃には自覚すると言われています」
「物心つく頃ね……」
俺の場合、孤児院の前で拾われた時点で物心ついてたからな。
あの時点で生後何ヶ月だったのかは正確にはわからないが、属性持ちは自分がそうであると自覚する、ということであれば生来俺にはそういった素養が無い……いや、『無かった』ということは間違いないだろう。
「どうしたのですか、急に」
「あ、いや……属性持ちってのは本当に便利だと思ってな。俺も何かの拍子で目覚めねぇかなぁと」
「そういうことですか。確かに、属性持ちは息をするかの如く魔法を行使できるといいます。今回の防衛戦でも、ミサとアリスの両名が居なければこちら側の被害は更に甚大なものとなっていたでしょう」
「ああ、間違いねぇな」
俺自身、ミサが居なければ死んでいたところだ。
以前にベニタマが起こしたであろう赤い光の奔流は感覚的に一度切りのもので、二度目はもう無いだろうと予想していたから、今回ミサの治癒魔法には本当に助けられた。
アリスも戦場では姿を見せなかったが、多分能力的に城壁の上で空からの虫型魔物を迎撃する役割でも担っていたのだろう。
「ですが、それ以上に戦局を左右したのは……」
話の途中でドアの方からノックの音がした。
「……入りなさい」
「失礼します」
ドアを開け、老齢の執事が入ってくる。
「勇者様がお見舞いに来られています」
「そうですか、勇者様が……ちょうど良いですね。イグナートも今目覚めたところです……イグナート?」
「勇者……」
不吉な単語に一時思考停止する。
「見舞いって……なんでだ?」
「先の戦いでの英雄であるイグナートを見舞うのは当然でしょう。ましてやそれが勇者様であれば尚更です」
ああ、そうか。
そういえば俺はもともと勇者の代わりに兵士の士気を上げる、って理由で戦ってたんだっけか。
そりゃ自分の役目を代わってもらったんだから見舞いにも来るわな。
「なるほどなぁ、そういうわけか……」
「……なぜ身支度をしているのですか?」
ベットの脇に置いてあった服を急いで着て、壁に掛けてあったハルバードを手に取った俺をセーラがジト目で見る。
「なぜって、勇者と会いたくないからに決まってるだろ」
「……はい?」
「じゃあな。何日か出掛ける予定だから、メシは用意してくれなくても大丈夫だ。一週間以内には戻ってくる」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「なぜ勇者様と会いたくないのですか?」
「なぜって……」
理由を問われれば、それは勇者という存在が俺にとって危険なフラグを立ててしまう予感というか確信を持っているから、会いたくないというだけなのだが……セーラにはフラグがどうたら言っても通じないだろう。
セーラにもリーダー発案の『傭兵イグナート計画』は話してあるが、俺がそれをする理由としては端的に『周りから良い様に使われるのを回避するため』としか説明していない。
リーダーは何故か異常に察しが良く、前世の話をしなくとも俺が自分の人生にどういった懸念を抱いているか理解してくれたので、もしこの場に居ればおそらく勇者との出会いを避けるという今回の行為、その真意に気付いてくれるとは思うが、さすがにそれと同じものをセーラに求めるのは無理があるだろう。
そして長々と説明する時間もないので、何かしら理由をでっち上げなければいけないわけだが。
「会いたくない理由か」
ふと頭に浮かんだ言葉を口にする。
「んなの決まってるだろ。嫌いだからだよ」
「え……」
「そういやちょうどいいな、セーラから勇者に伝えておいてくれ。『俺は出来ることならおまえに今後も会いたくねぇし、会いそうになったら全力で避けるつもりだ。だから俺に会いに来るな、顔も見たくねぇ』ってな」
「そんな……」
「んじゃそういうことで」
ハルバードを背中に吊るし、部屋からダッシュで離脱。そのまま廊下を駆け、屋敷の奥にあるドアから裏庭に出る。
「……さて、と。裏から出てバッタリ、なんてことはないだろうな」
裏庭にある巨木の影に隠れ、神経を研ぎ澄ませる。
裏から出て勇者に会うことはまずないとは思うが、俺の場合、勇者ではない何者かに会って足止めされる、という事態が起こってもおかしくはない。
「……周囲には誰もいない、な」
やや気にしすぎであるような気もするが、考えられる最悪の事態を想定して行動するべきだろう。
前世でもそうだったが、俺は結局自分の行動で自分の首を締めていることが多い。
つまり俺が気を付ければ『人類奉仕ルート』は十分に回避できるのだ。
「…………」
後ろを振り向き、屋敷を見る。
ふと、俺が残した伝言を勇者が聞いたらどのような反応をするのか気になった。
今の俺なら意識を集中すれば、たとえ屋敷内の会話でもどのようなことを喋っているか把握することは容易い。
「……いや、止めとこう」
多分、聞いて良いことはないだろう。
余計な行動は控えるべきだ。
気を抜けば『人類奉仕ルート』一直線。
それを忘れるな。
「よし」
安全確認をしつつ、俺は裏門から屋敷を脱出した。
○
「お、着いたか」
長城に沿って孤児院のある南方向へと進み、約三十分後。
孤児院近くにある東の森、その入り口へと辿り着いた。
誰が見ているかわからないのでそそくさと森の中に入る。
「もういいか」
森の中を少し進んでから立ち止まり、背中のハルバードを手に取った。
目が覚めた時から半ば確信しているが、やはり実際に試してみないことには始まらないからな。
「…………いってぇ」
左手の甲をハルバードでサクッと切る。
傷口から血が流れ、足元の草花にポタポタと赤い水滴が落ちていった。
思ったよりも切れている。
じんわりと血がにじむ程度に切るつもりだったのだが、加減が上手くなかったらしい。
次はハルバードを近くの木に立て掛け、右手のひらを左手の傷口へと向ける。
意識を集中させて、ミサが治癒魔法を使っていた時のことを思い出す。
「……やっぱりな」
傷口が淡い光に包まれ、みるみるうちに塞がっていく。
どうやら俺はミサから治癒魔法を受けた時に、その能力を身につけていたようだ。
何がどうなってミサの治癒魔法を俺が使えるようになったのかはわからないが、使えるものは使わせてもらおう。
「ふぅ……じゃ、いっちょやるか」
セーラの話によると俺は三日も寝ていたらしいが、不思議と腹は減ってないし、気力は充実している。
いや、正確にいうとさっきまで腹は減っていたが、『戦う』と意識したらまったく気にならなくなった。
「我ながら随分と人外な身体になってきたもんだ」
言いながらハルバードを手に取り、進行方向を東から北東へと変える。
そして歩を進めるべく足を踏み出すと、
「どこへ行くんだい?」
背後から声をかけられた。
「……いや、ね。少し運動でもしようかな、と」
「そちらの方向だと少しの運動どころじゃすまないと思うよ?」
後ろを振り向く。
そこには藍色の髪に、柔和な笑顔でこちらをたしなめる優男、リーダーがいた。
「まあ激しい運動でも俺は……」
「イグナート」
「はい」
「そんなかしこまらなくて良いんだけどさ。っていうか気持ち悪いからやめてよ」
ひどい。
訓練時代に刷り込みというか、条件反射というか、その原因を作ったのはリーダーなのに。
「じゃあ、リーダー相手に取り繕うのも無駄だから言うけどな」
「うん」
「俺はこれから魔物の巣をぶっ潰しに行く予定だ」
「それは困るな」
「止めないでくれリーダー、俺は……ん? 困る?」
「行ってらっしゃい、って言いたいのは山々なんだけど、残念ながらそうもいかないんだ。色んな事情があってね」
「……どういうことだ?」
「以前だったらいざ知らず、今この時期にイグナートが一人でそれをやっちゃうと、ちょっと不味いんだよ。それは今まで国を守ってきた貴族の体裁であったり、勇者様へ抱かれる市民の感情であったり……」
「あー……そういうのがあるのか。でも、俺がやったってバレなきゃいいんじゃないのか?」
「あのね、前の時とは規模が違うんだよ? 知らぬ存ぜぬで通せるわけがないよ。あの時ですら誰がやったか騒ぎになったのに」
「む……」
言われてみれば、確かにそうだ。
「だから、万全の準備が整って、国をあげて魔物討伐に繰り出す『その時』が来るまで待ってほしいんだ。どっちにしろ魔物の巣攻略にイグナートの力は必要になるから。虫のいい話で申し訳ないんだけど」
「いや、リーダーには世話になってるからな。それぐらいのことだったら……っていうか」
「うん?」
「なんだか俺が単独で魔物の巣を壊滅できる前提で話してるけど、そもそも本当にできると思ってるのか?」
やろうとしてた俺が言うのもなんだが、襲撃する魔物の数的に多分とんでもない規模なので、どう考えても普通は無理だと思うが。
「うーん、それは実際どうなるかはわからないけど、イグナートだったらそれができてもおかしくないよね。防衛戦の時、キミが戦ってるのを遠目で見たけど……なんかもう、こっちが普通に戦ってるのがバカらしくなったからね」
圧倒的すぎて、と付け足すリーダー。
「あの尋常じゃない動き……孤児院に居た時はあんなじゃなかったよね。あれどうしたのイグナート? 悪魔に魂でも売ったの?」
「ひどい言い草だな……」
尋常じゃない動きというのはアニマを大量に使って肉体に過負荷を掛け、無理やり身体能力を向上させた例の限界突破のことを言っているのだろう。
「あれはあれで無理してたんだよ。ずっと使えるようなもんじゃないんだ」
「ふーん……その割りにはさっき魔物の巣をぶっ潰しに行くって、自信満々で言ってたよね。なにか勝算でもあるのかな?」
さすがリーダー、相変わらず鋭い。
俺が考えているのは限界突破に治癒魔法を併用することによって、『使い続けると肉体がボロボロになる』という限界突破のリスクを解消する、という内容だ。
これが成功すれば肉体的なデメリットはほぼ無しで限界突破を使うことができる。
その代わり代価としてさらなる大量のアニマが必要となるが、防衛戦では限界突破でアニマを大量に使い続けても、最後の最後までアニマ切れの兆候は見られなかった。
そして治癒魔法は限界突破とは違い常に発動しなければいけない、ということはない。
となればアニマ切れでリタイアということもないだろうという予測が立つため、成功率は高いと思うのだが……。
「うーん、考えが甘いかね……」
「イグナートも案外変なところで楽観的だったりするからねぇ。そしてあまり後先考えず行動した結果、後悔する」
「う……反論できねぇ」
前世から現世に至るまで身に覚えがありすぎる。
「キミの自信の元に関しては詳しく聞かないでおくよ。あんまり知られたくなさそうだし、まあ奥の手っていうのはそういうものだしね。だけどその力を発揮するのはまだ控えてほしい」
「了解。んじゃまた当分は、虫の捕獲作業か」
そしてセーラの研究室で虫に薬品投与やら解剖やらのグロテスクな毎日だ。
俺が素手で魔物を押さえていれば対象に麻酔をしなくて済む上に、実験が色々と捗るため俺は助手として大活躍なのだ。
まったくもって宮廷魔術師の助手っぽくないのが玉に瑕だが。
「はは、大変だねイグナートも。それじゃ戻ろうか。こんなところで立ち話してたら蚊に刺されちゃうよ」
「う……それは嫌だな。奴らの羽音を聞くだけでジンマシンが出そうだ」
つい三日前、デッカいのに目ん玉を刺されたばっかりだからな。
あれはショッキングだった。
普通の蚊ですら過剰反応してしまいそうになるぐらいに。
「ああ、でもちょうどリーダーに二人きりで聞きたいことがあったんだ。もうちょっと付き合ってくれ」
「へぇ、聞きたいこと? 改まって、しかも二人きりでなんて珍しいね。なにかな?」
リーダーが微笑みながら目を細める。
「いや、ふと思ったんだけどな……虫型魔物ってのは、誰かが操っている、ってことはないのか?」
それを聞いた瞬間、リーダーの顔から笑みが消えた。
「……どうしてそう思うのかな?」
どうして、と言われれば。
それは以前魔物の巣で超絶怪しい魔女を見かけたから、というのが一番の理由だが、俺がそう思う要因はそれだけじゃない。
「まず、前から疑問に思ってたのは、孤児院前と、長城前での防衛戦に差異があることだ」
「差異というと?」
「細かいところは色々あるが、一番大きいのは襲撃の時間帯だな。孤児院では昼夜問わず来ていたが、長城の方では昼のみだって話だ。俺は最初、違う種類の虫型魔物なのかと思ったんだが、そういうわけでもなかったしな」
つまり、長城の方に襲撃している虫型魔物は、夜も活動出来るのにあえて昼に襲って来ているのだ。
こっちが万全の準備を整えられる、その時間帯に。
「なるほどね……他には?」
「統率が取れすぎてる。……わりにはバカすぎる」
「バカすぎる?」
「ああ。種族同士で連携を取る魔物なんてのは珍しくもないっていうのはわかってるが、そういうことが出来るのは大抵ある程度の知能がある魔物だけだろ。そうなると、おかしいんだよな――なんで毎回、襲撃してくる場所が変わらないのか」
「…………」
「孤児院の時もそうだったが、ちょっと襲撃場所を変えれば人間側に大打撃を与えられるはずなのに、そうしない。所詮は虫のやることだから……って言えばそれまでだが、どうにも引っかかってな」
「……なるほどね」
「あとは魔物の巣にあった紫色の魔結晶。セーラから聞いたが、あれには虫型魔物の成長速度促進の効果があるらしいな」
「よく知ってるね」
「そりゃ助手だからな。……んで、どうなんだ? 反応からして、まったく知らなかったってわけじゃなさそうだけど」
「うん。キミがさっき挙げた点は軍部でも把握してるよ」
あっさりと認めるリーダー。
「もちろん、虫型魔物の襲撃が人の手によるものかもしれないっていう可能性も含めてね」
「その言い振りだと、少なくとも王国軍が虫型魔物を操っているってわけじゃないんだよな?」
「可能性としては低いと思うよ。軍の中では新参者もいいところのボクが指揮を取ってるぐらい、今まで力を持っていた上流貴族がごそっといなくなったからね」
「それは……三日前の防衛戦で?」
俺の言葉にリーダーは無言で頷いてから、ため息をついた。
「今までずっと、なにかしら理由をつけて戦場に立つことをしなかった高貴な方々が、やっとね。……正直な話、この国はもう随分と前から腐り切ってたんだ」
リーダーの話によると、ディアドル王国は今でこそ虫型魔物に攻められ財政の厳しい状況であるが、昔はかなり豊かな国だったらしい。
それが欲に駆られたのか、教会と貴族が癒着して上流階級の一部がさらに富を肥大化させ、まともな貴族を蹴落とし始めた。
「なるほどなぁ……」
「市民を守るという義務と責任を忘れ、奢侈と享楽に溺れた貴族が辿る末路としては妥当だったと思うよ」
リーダーはそう吐き捨てるように言い放った。
彼は幼い頃から正当な貴族としての教育を受けていたらしいので、そういったわかりやすい『富と権力』というものに嫌悪感を抱いているようだ。
「……いや、すまない。今のは失言だった。防衛戦では何の罪もない兵士たちも大勢亡くなったというのに」
謝られても反応に困るが、そういえば孤児院メンバーの安否が気になる。
リーダーにそれを尋ねたところ、負傷者はそれなりにいるが死亡者はいないとのことだった。
「奇跡だな」
「そうでもないよ。あそこでは毎日のように戦闘訓練と実戦を繰り返してたし、もともと孤児院出身は全体としての数も少ないからね」
それもそうか。
百人近くいる孤児院メンバーの中でも、戦闘要員は少年部を含めても六十人ほど。
しかもその六十人の中には孤児院へ運営や剣術指南などで王国軍から来ている、いわば『出向組』も何人か含まれているから、生存力が高いのも当然か。リーダーもその中の一人だし。
なんにしても、同じ釜の飯を食った仲間が生き残っていてよかった。
「っと、話が逸れちまったな。それで虫型魔物が人の手によるものだとして、誰がやってるのかって話だが」
「そうだね、ボクの調べだと貴族の線は薄く、他国に至っては利益を得そうな国が無い。――多分、王族の謀だろうね」
単なる推測だけどね、と穏やかな顔で言うリーダー。
「上流貴族の策略で殆ど飾り同然になっていた王族が、この数十年で力を取り戻し始めているからね」
「そこまでわかってるなら……」
「無駄だよ。推測、って言っただろう? 証拠なんて無いし、多分これからも出ないさ」
「…………」
「腑に落ちない、って感じだね。しょうがないよ。これだけ大きな謀だ。魔物を操っている術者がいるとしても、わかるような場所にはいないと思うよ。森の奥にでも住んでたら、それこそどうしようもないし」
リーダーの言葉にふと、魔物の巣で見かけた魔女のことを思い出した。
俺の中にいるベニタマとも無関係じゃなさそうだし、誰かに話せば面倒なことになるかと思ってあの魔女のことは誰にも話してないのだが……リーダー辺りにでも話しておいた方がよかっただろうか。
「そんな顔しなくても、ボクの予想が正しければこれから先は犠牲者も少なくなるはずだよ」
「なんでわかるんだ?」
「これまでの流れを考えたらわかるさ。王族は国を滅ぼしたいわけじゃない」
「そうなのか?」
リーダーは自分の考えに半ば確信を持っているようだが、俺はその根拠がよくわからないためイマイチ納得できない。
「まあ見てなよ。きっと悪いようにはならないさ。早くこの国から出たいイグナートにとっては、積極的に動けないのはもどかしいのかもしれないけど」
「……相変わらずリーダーには俺がなに考えてるのかバレバレなんだな」
「わかりやすいからねぇ、イグナートは」
そう言って笑いながら踵を返すリーダー。
「さぁ、帰ろう。孤児院に寄ってくだろう?」
「ああ」
当然のように言うリーダーに苦笑しながらその後ろを歩く。
しがらみが増えて身動きが取れなくなる前にこの国を出たいと思っていたが、結局はまだまだ先のことになりそうだ。