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第百八十八話「継承」

 俺は縮地で踏み込んだ瞬間、手に持っていたゼタルとディナスを自分の背後へ放り投げた。


「おやおや、随分な扱いじゃないか。雑な男は嫌われるぞ?」

「丁寧に寝かせておく時間はないんでな!」


 そして地面を激しく揺らしながら、ジル・ニトラに怒涛の猛攻を仕掛ける。

 ハルバードに我流の体術も組み合わせ、とにかく攻めて、攻めて、攻め続けていく。


「フフ……ハハ……フハハハハハ! なんという速さだ! 明らかに人間の範疇を超えているぞ! 単純な速度だけであればゼタルやディナスをも超えているのではないか!?」


 超重量の宝玉がなくなったおかげか、ジル・ニトラは弱っているにも関わらず俺の猛攻を笑いながら避けていた。

 しかしやはり体の内側から爆発して、一度瀕死の状態になったからだろうか。

 その動きは徐々に精彩を欠き、やがて俺の攻撃はヤツの体を少しずつ捉えるようになり始めた。


「あぁ……いかんな、やはりアニマが足りん! このままでは死ぬ……フフフ、死んでしまう!」


 初めは体に少しだけ攻撃が掠り、切り傷ができる程度だった。

 それがどんどん掠り傷程度では済まなくなり、ヤツの再生も追いつかなくなっていく。


 だがジル・ニトラの顔に浮かんだ不気味な笑みは消えない。

 ……嫌な予感がする。

 

 ヤツはこの世界に召喚された時の制約とやらで、人間に直接危害は加えられない。

 だからヤツは俺やゼタル、ディナスから大量に失ったアニマを吸収できない。


 自分の配下である黒紫の連中からはアニマを吸収できるようだが、それでもヤツからしてみれば微々たるもの。

 つまりヤツは今、絶体絶命のはずなのだ。

 どう考えても笑みを浮かべられるような状況じゃない。


 それなのにヤツは笑っている。

 ということは……考えたくないが、まだこちらには見せていない切り札があるのかもしれない。


「おや……考えごとかな? いかんなぁ、いくら優勢とはいえ、戦いの最中に考えごとなど……フフ、油断大敵だぞ?」

「……っ」


 おまえが言うな、と口を開く労力すら惜しい。

 ギリギリのところで致命傷を避けるジル・ニトラを睨みつけながら、より一層の猛攻を仕掛けていく。


 ヤツの言う通りにするのは癪ではあるが、確かに今は考えごとより攻撃に専念するべきだ。

 俺にできることはヤツが何かを仕掛けようとしたら、真っ向から全力で潰すのみ。


 もちろん攻撃に専念しつつも、今はまだ目を覚まさないゼタルやディナスにも最低限の意識は向けておく。

 ジル・ニトラ、もしくはヤツの配下である第三者が何かしら仕掛けるとしたら意識を失ったゼタルやディナスである可能性が高いからだ。


 一番良いのはさっさとゼタルやディナスが目を覚まし、こちらに加勢してくれることなのだが……まさかここに至っても意識が戻らないとは思わなかった。

 さっき放り投げたのは落ちた時の衝撃で意識が戻るのでは、と期待した部分もあったのだが、どうやら考えが甘かったようだ。


 しかしそれでも今、ヤツは弱っている。

 そして俺は絶好調だ。


 このままいけば――勝てる。


「フフ……キミは真面目だな、イグナート。間違ってはいないが、私に対しては正攻法すぎる。ここでもう少し奇策を見せてくれれば、最後まで付き合ったのだが……」


 ジル・ニトラはそう言いながら後方へ大きく下がり、指を鳴らした。

 するとヤツの背後にある空間が歪み、黒い穴が出現して広がり始めた、その直後。


 ヤツが大きく下がったと同時に放っていた風の刃が、ヤツの首を刎ねた。


「お……?」

「何かやるだろうとは思ってたがな――」


 即座にハルバードを捨てて縮地で距離を詰め、左手でヤツの体を、右手でヤツの頭を掴む。


「――やらせねえよ」


 そして全力で両手を握り締める。

 左手、右手の中でそれぞれ嫌な感触と共にグシャリ、と音がした。

 その感触と音に顔をしかめつつ、呟く。

 

「燃えろ……『業火の炎』」


 両手が轟々と、激しく燃え盛る炎に包まれる。

 それぞれの手から漏れ出る血が激しい炎によって蒸発し、気化していく。


 そういや、コイツも血の色は人間と同じ赤なんだな……と、そんなことを思いながらも炎の勢いは緩めない。

 ジル・ニトラは体の内側から大爆発しても蘇ったバケモノだ。

 たとえ原型を留めない肉片になったとしても油断はできない。


「……………………」


 ひたすら両手の中身を激しい炎で加熱し続ける。

 それでも手の中でヤツが復活する気配はない。


 自分の両手を警戒しつつも、おそるおそる辺りを見渡す。

 しかし周囲でも何ら変わったところは見受けられない。


 そこで俺は慎重に、右手を少しずつ開いて中身を見た。


「う……」


 目を逸らし、すぐに拳を握り直す。

 ダメだ。まだ加熱が足りない。

 真っ白な灰になるまで燃やし切らなければ。


『ククク……そんな念入りにしなくても、潰された時点で再生は不可能だよ。すでにアニマが枯渇し、瀕死の状態だったのだからね』

「っ!?」


 前方からそこに居るはずのないヤツの声が聞こえ、反射的に後方へ跳んだ。

 するとさっきまで俺が居た場所の近くに等身大の黒い穴が出現し、そこから紫色のローブを羽織ったジル・ニトラが拍手をしながら現れた。


「おめでとう。人間で初めて私を殺した男、イグナートよ。最後の風魔法もタイミングといい、威力といい、素晴らしいものだった。危うく記憶の継承を仕損じるところだったよ」

「記憶の……継承……?」

「そうとも。まあ、宝玉が破壊されたあとにも『この私』に記憶は一度継承したから、失ったとしても十数分ぐらいの記憶ではあるが……フフ、せっかくキミが活躍してくれたのに、それを覚えていないのは勿体ないからね」


 ジル・ニトラはそう言いながら穏やかに微笑んだ。


「ギリギリだったが上手く継承できて良かったよ」

「ウソ……だろ……」


 呆然としながら後ずさりする。

 なぜなら、再び目の前に現れたジル・ニトラから感じられるアニマは、宝玉を飲み込んだ時のヤツとは比べ物にならないほど圧倒的だったからだ。


「おや? 何をそんなに驚いて……ああ、なるほど。フフ……この私は言わばアニマが『満タン』の状態だからね。あの宝玉も消化し切ったならば、今の私に匹敵するほどになっただろうが……いやはや、惜しいことをしたよ。せっかく予備の私を使わず温存していたのに。さすがに楽しみすぎた……もとい、油断しすぎたかな」


 ジル・ニトラは笑顔で肩をすくめた。

 まったく惜しいと思っているようには見えない。


「私はあの魔女と違い、魂や霊体を扱う魔術は不得手でね。自分の完全な複製を作るのは非常に手間が掛かるんだ。しかし……たった八体しかない予備のうち、一体を消費するだけの価値はあった。本当に、楽しませてもらったよ。ありがとうイグナート」


 ジル・ニトラは満面の笑みを浮かべながら、心底から感謝しているように言った。


「さて、それじゃあもうそろそろ終わりにしようか」


 ヤツが一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。

 あまりにも圧倒的すぎるそのアニマに、まるでヘビに睨まれたカエルのように身動きが取れない。


 もう……何も打つ手はないのか。

 そう思った次の瞬間。


『あら……もう終わりなの?』


 ヤツの背後で空間が歪み、そこから金髪碧眼の魔女――ヴィネラが現れた。




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