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第百八十六話「仇」

「なんと……!?」


 両腕を失い、驚愕に目を見開くジル・ニトラの首へ間髪入れずに魔王ゼタルの剣が迫る。

 しかしその剣はすんでのところで魔法障壁に阻まれた。


「ぬっ……!」

「ハハッ、これは驚いたな。危うく首を取られてしまうところだった」


 ジル・ニトラはそう言いながら、斬られて肘から先が無くなった腕を持ち上げた。

 すると傷口の断面から一瞬にして腕が生えてくる。

 そしてジル・ニトラは再生した手でゆっくりと、魔王ゼタルの剣を握り締めながら呟いた。


「勇者の剣、インペリアルか……相変わらず斬れ味の良い剣だ」


 その呟きに対し、ジル・ニトラの背後で凛々しい女の声が悔しそうに言った。


「ッ……私の剣はナマクラだとでも言いたいのか?」

「おお、その声はディナスか! 背後から心臓をひと突きなど、あまりにもキミらしくないからね、わからなかったよ」

「人類の敵め……白々しい!」

「この私が人類の敵だと? おやおや、ゼタルに何を唆されたのかは知らんが、それは誤解……」

「――おらあぁああぁああああ!!!」


 ディナスと呑気に会話しているジル・ニトラ目掛けて全力でハルバードを振り下ろす。

 だがハルバードはこれまた一瞬で生えてきたジル・ニトラの左手で掴まれ、止められた。


「無粋だなぁイグナート。人が楽しく話しているところを邪魔するものではないよ」

「くっ……おい、ディナス! なんで動かないんだ!? 今のうちに首を刎ね飛ばすなり、頭から一刀両断するなりしろよ!!」


 ディナスはさっきからジル・ニトラの胸に背中から剣を突き立てたまま動かないでいた。

 ジル・ニトラの右手は魔王ゼタルの剣、左手は俺のハルバードを掴んでいる。

 こうして喋っている間にも、戦女神とまで呼ばれる戦闘狂のあいつなら俺が今言ったことぐらいできるはずだ。


「できるものならッ……している! 剣が、動かないのだ!!」

「おっと、少し心臓に力を入れすぎたかな? フフ、お恥ずかしい限りだよ。私としたことが、どうやら世界でも有数の猛者に囲まれて少し緊張してしまっているようだ」


 ジル・ニトラは楽しそうに笑いながら言った。

 まったく緊張しているようには見えない。


「どれ……キミたちを持て成すためにも、少しは気を緩めるとしようかな」


 ジル・ニトラは目をつぶってからゆっくりと深呼吸をした。

 すると彼女の両腕に銀色の鱗が生え揃い、両手がお伽噺に聞く竜を思わせる形に変形していく。


「ククク……いくら制約で人間を害することができない状態とはいえ、私をここまで()()()()()()のは快挙と言えるぞ。人間という括りで言えば、前の世界も含めてキミたちが初めてだよ。……おっと」


 ジル・ニトラが俺の背後に視線を向けて言う。


「ウィズダム、アイリス、動かなくても良いぞ。彼らの持て成しは引き続き私が行う。せっかく私を目当てに来てくれているのだからね、期待に応えなくては」

「……御意」

「…………わかりました」


 後方で老人とアイリスが返事をする。

 それを聞いて魔王ゼタルは口の端を吊り上げた。


「貴様は変わらぬな、ジル・ニトラ」

「フフ、そうかな? 自分ではわからないな。しかしそういうキミも変わっていないと思うぞ?」

「いいや、我は変わった」


 魔王ゼタルのアニマが黒く染まり、その背後に深い闇を思わせる巨大な穴が広がっていく。


「貴様を殺すために、使えるものは使う。手段はもはや選ばぬ」

「ほう……邪神の力か。フフ、腹はもう十分に満たされていると思ったが、香ばしいアニマの匂いでまた食欲が湧いてきたよ。良いだろう。デザートとしていただこうか」

「食えるものなら食ってみろ。――ただし、『ゲテモノ』だがな」


 魔王ゼタルがそう言うと巨大な穴から無数の黒い触手が飛び出し、次々とジル・ニトラに突き刺さった。


「これは……アニマが、霧散するだと……?」

「久しいな、ジル・ニトラ」


 巨大な穴から大型の黒いグバルビルが現れ、その背に乗っているローブの男が言葉を続ける。


「よもやこのような場所で相まみえるとは思いもしなかったぞ」

「キミは……バルドか。王国の賢者たるキミが、なぜここに……」

「おぬしが娘の仇だと、我が弟子……いや、娘婿に聞いたものでな」


 バルドの言葉にジル・ニトラは目を見開いて笑い声を上げた。


「ハハッ……クハハハハ! そうか! とうとう話したのかゼタル! プライドの高いキミが師匠であり義父であるバルドに協力を求めるとは、なるほど、確かに随分と変わったようだ!」


 ジル・ニトラは無数の触手に貫かれても終始、愉快そうだった。

 しかし大型グバルビルはアニマを霧散させる力を持っているためか、ヤツの力は確実に弱まっている。

 その証拠にハルバードを掴むヤツの力が、さっきまでより弱くなっている。

 これは――チャンスだ。


「だが、少し残念だな……私は、虫があまり好きではなくてね」


 ジル・ニトラがそう言って大きく口を開くと、次の瞬間、巨大なレーザービームのようなものが吐き出され、大型グバルビルを貫いた。


「フゥ……フフ、アニマを霧散させるとは中々面白い趣向だったが、選んだ使い魔が悪かったな」

「――そうでもないぜ」


 ジル・ニトラが大技を放った直後。

 気が抜けたであろうその瞬間を狙って、俺はヤツの左手を蹴り上げた。

 そして解放されたハルバードをすくい上げるように、ヤツの膨らんだ腹へと叩きつける。


()()()()()()()()()()()()()()()


 両手に伝わる硬い感触と共に、ミシリ、と宝玉にヒビが入るような音がした。


「なっ――!?」


 ジル・ニトラは今度こそ、本当の意味で驚愕したように目を限界まで見開いた。

 それから慌てて自分の腹を手で押さえようとして、魔王ゼタルにその手を斬り落とされる。

 同時にディナスが後ろから突き刺していた剣も抜かれ、目にも留まらぬ速さで閃いた。


「奥義、首刎ね一閃」


 ディナスの呟きと共にジル・ニトラの首が斬り飛ばされ、宙に舞う。

 そして頭だけになって落ちてきたジル・ニトラをディナスが両手で構えた剣で一刀両断しようとしたその時。

 ――ジル・ニトラの肉体が、凄まじいアニマの奔流と共に大爆発を起こした。




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