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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第百八十三話「腹の中」

「わかった。……宝玉を渡す」


 俺はそう言いながら懐から無限袋を取り出した。

 正直、ここまで話が大きくなると俺個人のレベルじゃどうしようもない。


 そして全人類滅亡ルートか、全人類生き残りルートかの二択だったら選ぶまでもない。

 ましてやヴィネラから言われた俺の仕事は宝玉をジル・ニトラに渡すことだ。

 そう考えると、ここはヴィネラに逆らうリスクを犯してまで抵抗する場面じゃない。


「人類の救済方法とやらに抵抗感はあるが……他にはもう手がないって言うなら、しょうがない。内容はとんでもない話だが、アイリスやあのおっさんが嘘をついてるようには思えないからな」

「おや? なぜそこに私が入っていないのかな? 真摯に言葉を尽くしたつもりだったが」

「おまえは胡散臭いんだよ」

「クックック……ひどいことを言う」


 ジル・ニトラは愉快そうに笑った。

 俺はヤツに宝玉を渡すべく、玉座へと向かって歩き始める。


「クク……クックック……」


 ジル・ニトラは何がおかしいのか、まだ小さく笑っている。

 そして心底おかしそうに笑うヤツにどこか狂気的なものを感じ、戦慄する。


 ……待て。

 俺は今、とんでもない間違いを犯そうとしているんじゃないか?


「クックック……どうしたんだね、イグナート? 足が止まっているぞ?」

「…………最後にひとつだけ聞かせてくれ」


 俺は玉座に近づく足を止めて、ジル・ニトラの目を見ながら言った。


「おまえ……まだ俺に言ってないことがあるんじゃないか?」

「ほう? 言ってないこと? そんなの当たり前だろうに」


 ジル・ニトラは俺の質問に対して、なぜかとても嬉しそうに答えた。


「今回の計画における詳細の情報量は膨大かつ多岐に渡る。キミに言ってないことをすべて話すとしたら一晩や二晩じゃとても足りないよ」

「そういうことじゃない」


 ヤツを睨みつけながら言う。


「自分に都合の悪いことを隠してるんじゃないかって、そう言ってるんだ」

「ふむ? 私に都合の悪い隠し事など、何ひとつとして存在しないが?」

「本当か? それ、自分の魂に懸けて誓えるのか?」

「クク……クックック……」


 ジル・ニトラは笑いを堪えきれない、といった様子で体を震わせ始めた。


「おい、ジル・ニトラ……」

「ククク……クハッ……クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 そしてついには頭を手で押さえ、狂気的な笑い声を上げながら玉座から立ち上がった。


「良いだろう! それでは自らの魂に懸けて誓おうじゃないか! 私には、私にとって都合の悪い隠し事など存在しない!」


 ジル・ニトラはおもむろに両手を広げると、まるで舞台役者のように大袈裟な身振り手振りで話を続けた。


「だがしかし、キミには随分と楽しませてもらってるから特別に教えてあげよう! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 ヤツがそう言った瞬間、俺の背後からウィズダムと呼ばれていた老人が声を上げた。


「ジル・ニトラ様! それは……!」

「ククク! ウィズダム、そしてアイリスよ。キミたちは事を円滑に進めようと『あえて』説明しなかったのだろうが、それは宝玉の運び手として貢献したイグナートに失礼だろう?」


 ジル・ニトラが老人とアイリスに視線を向けながら凶悪な笑みを浮かべる。

 すると何か言いかけていた老人は苦々しい表情と共に口をつぐんだ。


「おいジル・ニトラ、どういうことだ?」

「ククク……順を追って話そうか。イグナート、キミはこの世界を飲み込む黒い星からどうやって逃れると思う?」

「どうやって? それは……安全な場所に世界の土台を作って、そこに全人類の魂を移すんだろ?」

「あぁ、間違ってはいない。だが正解とは言えないな。それは前準備に過ぎないのだよ」


 嬉々として説明するジル・ニトラに不穏なものを感じ、俺は話を聞きながら少しずつ後ろに下がり始めた。


「黒い星はその世界の幽星界ごとすべてを飲み込む。つまりこの世界に本来、『安全な場所』というものは存在しない」

「……それじゃあ、別の世界の幽星界ってが『安全な場所』なんじゃないのか?」

「フフ、惜しいね。だが少数ならともかく、全人類の魂となるといくら幽星界でも世界間の移動は難しいのだよ。莫大なアニマが必要になるというのもあるが、何より人の魂は抜き出してからそのままにしておくと霧散する」

「この世界になくて、他の世界でもないって……意味がわからないぞ。だったらどこにもないことになるだろ」


 いつでも戦闘に移れるよう、全身の隅々までアニマを行き渡らせる。


「本来はないさ。しかし今回はある。というより、キミは今まさに目の当たりにしているのだよ」

「俺が目の当たりにしている……?」


 どういうことだ。

 俺が今、見ているものなんてほとんどない。

 城、玉座……それからジル・ニトラぐらいだ。

 そう思い眉をひそめると、ジル・ニトラはその美貌に妖艶な笑みを浮かべ、自分の下腹あたりを撫でながら言った。


「それは――『腹の中』さ。無論、私の……ね」

「………………なんだって?」


 あまりの言葉に一瞬、思考が停止する。


「正確には私の中に作った異空間だが……おっと、安心したまえ。食物を溶かすほうではなく、子を育むほうの場所に作ってある。異空間だから位置座標以外の意味は持たないが……フフ……」

「なんで……そんなことを……」

「黒い星が来た時、全人類が私の中に居れば……私が単独で異世界に渡るだけで事足りるからね。これが現状、全人類を救う唯一無二の方法なのさ」


 舌舐めずりしながら凶悪な笑みを浮かべるジル・ニトラ。


「そして……もちろん、新しい世界の神は私だ」


 ジル・ニトラはそう言いながら指を鳴らした。

 すると城が激しく揺れ始める。


「人間に対する制約がある中で色々と試すのも、新鮮で楽しくはあったが……さすがに飽きたからね。そろそろ自由に遊びたいのだよ」

「おい、なんだこの揺れは!? 何をしたんだ!?」

「フフフ……アルカディウスいわく、男のロマンだそうだ。当初はまた無駄なものを、と呆れたものだが……ふと、人類の最後を上から見下ろすのも悪くないと思ってね」

「ハァ!? 何を言って……!?」


 激しい地震の中でジル・ニトラを話を聞いていると、突然、フッと揺れがなくなった。


「な……なんだったんだ……?」

「見ればわかる」


 ジル・ニトラはそう言いながら再び指を鳴らした。

 すると城の天井や壁が見えない力で強打されたように吹き飛ばされ、一面の青空が視界に入ってくる。


「……まさか」


 一面の青空にどこか違和感を覚えて、もともとは壁があった部屋の端まで走り寄る。

 そこから見えたものは、みるみるうちに遠ざかっていく、眼下に見える帝都だった。




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