第百七十六話「悪党」
「君のような悪党と、この僕が手を組む……か」
「平和的で良い案だろ?」
ルウェリン・ザ・ラストは俺の言葉に考え込んでいる様子で黙り込み、しばらくしてから目をカッと見開いて力強く言った。
「断る!」
「いや、なんでだよ」
「君は悪党だからだ!」
「はぁ? ……ああ、いや、そうなんだけどよ」
隣にいるティタがプルプルと震えながら口元に手を当てている。
おいコラそこ、なに笑ってんだ。
「でもよ、ジル・ニトラは俺以上の悪党っていうか……別に俺、実はそこまで悪党じゃないっていうか」
「嘘をつけ! 闘技大会ではディナスを戦いに乗じて抱きしめ、骨を砕いて笑いながら踏みつけていたと聞いた! 立派な悪党だろう!」
「別に好きで抱きしめたわけじゃねえし、そのあと踏みつけたのもアイツそれぐらいしないと蘇ってくるからだし……」
まあ確かにヒールを装って笑いながら踏みつけてはいたけど。
でも闘技大会でのことだし、そこまで悪って言われるほどのことじゃないだろ。
「っていうかそのあと俺、ディナスに首スパッと斬られてるんだぜ? それでおあいこだろ? いや、むしろアイツのほうがやりすぎ……」
「首を刎ねられて未だ生きているという時点でもはや人外! 魔族である証拠!」
「あー……そう考えちゃう?」
痛いところを突いてくるな。
この世界基準で考えても、首を刎ねられて生きている人間なんてまずありえないからな……。
「まあでも、そこはほら、俺は治癒魔法の達人だから……」
「貴様のような治癒魔法の達人がいるか!」
「それは偏見だろ!」
だんだんと話が通じなくなってきたぞコイツ。
「なんだったら光の神とやらに俺のこと聞いてみろよ。白だって言うぜ多分」
「光の神に聞くまでもない! 貴様は黒だ! ……闘技大会での屈辱、今ここで晴らす!」
「おまえそれ私怨だろ!?」
コイツただディナスの前で噛ませ犬みたいに退場したことを根に持ってるだけなんじゃないか?
しかも退場させたのはディナスだし、屈辱も何も俺は無実だろ。
「黙れ! ――正義執行! 悪党成敗!」
ルウェリン・ザ・ラストが叫ぶと、ヤツの剣先から一筋の光が放たれた。
直後、右足太もも辺りのアニマがゴソッと削られる感覚があった。
瞬きする暇すらない、文字通り光速の攻撃だ。
しかも全力で防御を硬めているにも関わらず、随分とアニマを削られた感覚がある。
反応すらできないほどの速度と合わせて考えると、反則的な攻撃力だ。
「なっ……僕の光が、通じていないだと!?」
「いやいや、十分通じてるから勘弁してくれねえか」
右足辺りで霧散した光のアニマを、自分のアニマで覆い込むように取り込んでいく。
すると胸の奥で新たな力を得る感覚があった。
無詠唱で光線を放ってきた時点で予想はしていたが、やはりそうだ。間違いない。
ルウェリン・ザ・ラストは――光の属性持ちだ。
「俺にはおまえと戦う理由はないんだよ。ほら、攻撃されたのに武器も抜いてないだろ? 正義のヒーローさんは無抵抗の人間をいたぶるのが趣味なのか?」
「……確かに、貴様は今のところ無抵抗で、平和的に話し合いをしようとしているように見える」
ルウェリン・ザ・ラストは話しながら自分の周囲に無数の光球を浮かべ始めた。
「もしかすると、貴様が言っていることはすべて本当のことなのかもしれない」
「もしかするとも何も最初っから本当のことしか言ってないんだが」
「しかし、仮にそうだとしても貴様が今まで行ってきた悪行は消えない」
「おまえには関係ない話だろそれは……」
しかも俺に関する悪行の噂は大体が情報操作の賜物だ。
だがこれは人類奉仕ルートを避けるための処置なので、完全に事実無根とは言いづらい。
「問答無用! 神聖なる裁きの光に焼かれ、悔い改めるが良い!!」
ルウェリン・ザ・ラストが叫ぶと、その周囲に浮かんでいた無数の光球が次々とこちらに向かって飛んできた。
体に纏うアニマの密度をさっきまでよりも大幅に上げているため、正直痛くも痒くもないが……これは厄介極まりない。
何が厄介かって、眩しいのだ。
狙ってやってるのか、それとも元々そういう性質なのか、光球が衝突するたびに眩い閃光が放たれる。
そもそも弾幕のように光球を飛ばされているだけで眩しいのに、これじゃまともに目を開けていられない。
「面倒だな……」
いっその事こっちも光球を大量に作って飛ばしまくるか?
……いや、まだ光属性は獲得したばかりだから止めておくか。
手元が狂ってティタに当たったりしたら目も当てられない。
って、そういやティタのことすっかり忘れてた。
少しでも俺から離れてくれていれば良いが、近くにいるなら遠ざけないと。
俺には効かないが、この光球はかなり危険だ。
そう思いながら両腕で顔前に飛んでくる光球を塞ぎ、細目を開けながらさっきまでティタが居た右隣を見る。
しかしそこにティタは居なかった。
「ティタ?」
今度は左隣を見るが、こちらにも居ない。
いったいどこに……と思った瞬間、絶え間なく飛んできていた光球が急に止んだ。
「……って、マジかよ」
ガードを解いて正面を見ると、そこには少し離れた場所でルウェリン・ザ・ラストを踏みつけながら短剣を鞘に収めるティタが居た。
「おい、まさか毒……」
「麻痺毒。命に別状はないから問題ない」
ティタはルウェリン・ザ・ラストの頭をゲシゲシと踏みつけて起きてこないこと確認したあと、こっちに戻ってきた。
次期皇帝の頭を容赦なく踏みつけるとか、さすがティタ。
そこにシビれる憧れる……かと思ったが、いや、やっぱないな。
度胸ありすぎでちょっと見てて怖いわ。
「おい、そいつ一応は皇太子だからな? この国の」
「知ってる」
「いやいや、知ってるならそのまま置いてくるなよ」
意識がない状態で放置して何かあったら色々とマズいだろ。
「大丈夫。多分、そろそろ回収される」
「回収?」
なんのことだと首を傾げた瞬間、背後に異様な気配を感じて後ろを振り返る。
すると城壁の一部が不自然に揺らめいて、そこから黒紫のローブを身に纏った魔術師らしき人物が次々と現れた。
「うお……ジル・ニトラの屋敷にも居たヤツか。ずっと見られてたのか?」
「わからない。でもいつも近くにいる」
「なるほどな」
どうやって視線を感じさせていないのかは不明だが、要はジル・ニトラの手勢による監視みたいなものか。
ってことはジル・ニトラにも常に見られていると思ったほうがいいな。
そんなことを考えている間に黒紫の連中、計四人は意識のないルウェリン・ザ・ラストをそれぞれが分担して持ちながら、揺らめく城壁の向こう側に運んでいった。
……ルウェリン・ザ・ラスト、手足をそれぞれ持たれてたからか、捕獲された野生動物みたいな感じだったな。
闘技大会で惚れた相手に一瞬でのされた事といい、ティタに麻痺毒で無力化された事といい、肝心なところでダメというか……残念なヤツだ。
見た目は二枚目なのに。
「まったく……変な邪魔が入ったな。だがまあ、ティタのおかげで助かった。ありがとな」
「っ……!?」
俺が感謝しながら頭を撫でると、ティタは驚いたように耳と尻尾をピンと立ててから、真っ赤になった顔を背けた。
「……あれぐらい、余裕」
「そうか。強くなったな。頼もしいぜ」
「…………先、行く」
ぶっきらぼうに言ってから、ティタは地下迷宮に続く階段を下り始めた。
その足取りは自然体であり、一見して変わったところはないように思える。
しかしよく見ると、尻にある短パンの穴から生えた尻尾はゆっくり、大きく左右に振られていて、まるで鼻歌でも歌っているかのように機嫌が良さそうに見えた。




