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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第百七十五話「黒い噂」

 ジル・ニトラの屋敷を出て先を歩くティタについていく。

 すると先ほどから近くに見えていた王城がすぐ間近になってきた。


「おいティタ、本当にこっちで合ってるのか?」

「合ってる。帝国の地下迷宮は王城のすぐ下にあるから」

「王城のすぐ下に?」


 なんでまたそんなところに地下迷宮なんて作ったんだ?

 そんな俺の疑問を悟ったのか、ティタは歩きながら地下迷宮の成り立ちを説明した。


「あー、なるほど」


 話を聞いて納得する。

 ティタの話を要約すると、王城のすぐ下に地下迷宮があるのはいざという時に王族がそこを通じて外部へ逃げられるようにするためだという。

 そして地下迷宮には侵入者対策で魔法生物が湧き出るようになっているが、王家の血を引く人間はその魔法生物に襲われないようになっているらしい。


「いやでも、王家の血を引く……だから、俺らは襲われるな。魔法生物って何が出るんだ?」

「スライム」

「スライム……って、あの、不定形でぬるっとしたヤツか?」

「そう。さすがメトラ、物知り」

「詳しくは知らないけどな」


 正確には名前から予想しただけで、この世界のスライムとやらのことはまったく知らない。

 今まで見たこともないし。


「地下迷宮に出るスライムは強いのか?」

「まともに戦ったら強い。でも戦う必要はないから問題ない」


 ティタいわく、帝国地下迷宮のスライムは物理攻撃がほぼ効かず、魔法攻撃にも強く、生物は何でも溶かす酸を出してくる強敵らしい。

 しかし動きはそこまで早くないので、相手をしなければ怖くないそうだ。


 それって侵入者対策の意味ないんじゃ……と思ったが、あくまでティタや俺からしたら『そこまで』早くないというだけで、一般的なレベルから見たら結構なスピードで酸を飛ばしてくるとのこと。

 もし魔物討伐という観点から見たら一個体でSランクに届くほど強いという。


 あの厄介な装甲を持つ虫型魔物、グバルビルですら一個体だとA、集団になってやっとSランクというぐらいだから、その強さが恐るべきものなのは間違いないだろう。

 あくまでまともに戦えば、の話ではあるが。


 と、そんな話をしている間に王城の周囲を取り囲む城壁前に到着した。

 どうやら城の正面ではないらしく、城門らしきものは見当たらない。

 視界にはただひたすらに頑丈そうな石造りの壁が広がるのみだ。


「おいティタ、行き止まりだぞ」

「ここで合ってる」


 ティタはそう言って懐から緑色の宝石が嵌った小さなペンダントを取り出して地面にかざした。

 すると何もないように見えた地面の一部がスッと消えて、地下に向かう階段が現れた。


「ここから地下迷宮に入れる」

「そういうことか。それじゃ、さっさと取って……いや、待て」


 背後から何者かの視線を感じて振り返る。


「目には見えないが誰かいるな。ティタもわかるだろ?」

「……放っておけば地下迷宮で撒けたのに」

「後々になって面倒なことになるより、先に片付けたほうが良いだろ」


 地下迷宮に関してはただでさえジル・ニトラの『危険だから気をつけたまえ』発言のせいで嫌な予感がしているのだ。

 不確定要素はできるだけ排除しておきたい。


「これは驚いたな。随分と勘が鋭いんだね君は」

 

 よく通る美声と共に少し離れた場所で空気が歪み、ひとりの人間が現れた。


 目元だけを隠したマスクと、金色に輝く長い髪が目を引く貴公子っぽい男だ。


「あー……すっごい見たことある。誰だっけ、おまえ」

「フッ、悪党に名乗るつもりはない」

「確かディナスに一瞬でやられた……ええと……」


 素性を隠しながら正義のヒーロー的な活動をしていて、あのディナスに惚れているド変態の皇太子、つまり帝国の次期皇帝だっていう濃い情報はさすがに覚えてるんだが……名前が出てこない。

 確かルイ……ルエ……ルウェ……。


「……思い出した! ルウェリン・ザ・マストだ!」

「メトラ。マスト違う。ラスト」


 横からティタが淡々と訂正する。


「ああ、ラストか。惜しかったな。んで、ルウェリン・ザ・ラスト。正義のヒーローさんが俺たちになんの用だ?」

「それはこちらのセリフだ。大欲非道の無頼漢、『強欲のイグナート』が帝国の地下迷宮になんの用だ?」

「その呼び方、久しぶりに聞いたな……」


 人類奉仕ルートを避けるため、身の振り方に悩んでいた昔が懐かしい。

 ……今はまた別のしがらみに悩まされているわけだが。


「答えろ!」

「あー、そうカッカするなって。俺たちは別に悪いことしに来たわけじゃねえんだ。ちゃんとした依頼だよ、依頼」

「依頼、だと?」

「そうそう。帝国の宮廷魔術師、ジル・ニトラに頼まれてな」


 別に隠す必要もないため、ここは正直に言う。


「それはこっちのちんまい猫獣人も一緒だからよ、正義のヒーローさんに文句言われる筋はねえぜ?」

「メトラの言う通り。文句があるならジル・ニトラ様に言うのが正解」


 ちんまい猫獣人、ティタも俺の援護をしてくる。


「そうか。依頼の内容は?」

「おいおい、依頼主に断りなく依頼の内容を教えるわけがねえだろ。知りたかったらジル・ニトラに聞きな」


 依頼主がジル・ニトラだという情報はともかく、『地下迷宮の宝玉を取ってくる』というのがコイツにとって地雷的な行動だったら面倒だから、内容は教えない。


「なるほど。だとしたら、このまま見過ごすわけにはいかないな」

「は? なんでだよ」

「最近……いや、以前からジル・ニトラには黒い噂がある」


 ルウェリン・ザ・ラストは腰の剣を抜き、腕を伸ばしてこちらにその切っ先を向けた。


「君たちが彼女の使いだと言うならば、帝国の地下迷宮に立ち入ることを許すわけにはいかない」

「なんだそりゃ……」


 ジル・ニトラが依頼人って明かせば大義名分になるかと思ったら、逆に地雷とか。

 黒い噂って……アイツなにやってんだよ。


「そんなの俺たちには関係ないだろうが。そもそもジル・ニトラの黒い噂ってなんだよ?」

「……多くの亜人を攫い、いたずらに殺戮を繰り返しているという情報がある。君たちはその事実を知っているか?」

「聞いたことねえな」


 いや、本当に。

 何か知っているか隣のティタにチラリと視線を向けてみるが、彼女も小さく首を振るのみ。

 どうやらティタも知らないようだ。


「……だとよ。単なる噂じゃねえのか?」

「噂とは言ったが、確かな筋からの情報だ。それに……」


 ルウェリン・ザ・ラストは目を細めて言った。


「光の神が告げている。ジル・ニトラは黒だ」

「へぇ……」


 光の神というのがどういう存在なのかは詳しく知らないが、ジル・ニトラが黒、というのは頷ける。

 いやだって、アイツどう考えても黒だもんな、どこからどう見ても。

 ルカはそう悪いヤツじゃない的なことを言ってはいたが、俺からすればアイツは真っ黒、悪党だ。


「ってことはルウェリン・ザ・ラスト。おまえは俺の味方だな」

「……なんだと?」

「俺も前からジル・ニトラのことは悪いヤツだと思ってたんだよ」


 そう話しながら両手を広げて、敵意がないことをアピールする。


「俺だってもしかしたらこの依頼が終わったら用済みって言われて、ジル・ニトラに殺されるかもしれねえ。だからよ、ルウェリン・ザ・ラスト。俺と手を組まないか?」

「手を組む? 僕が君と?」

「おう。敵の敵は味方だろ?」


 ルウェリン・ザ・ラストはディナスに一瞬でやられはしたが、一応は闘技大会の決勝戦に上がってくるほどの強者だ。

 敵ではなく味方にできるならばそれに越したことはない。


 俺の言葉にルウェリン・ザ・ラストはこちらに剣先を向けながら、こちらを訝しむように目を細めた。




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