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第百七十三話「黙認」

『おや、例の件を受けてくれる気になったのかな?』

「……相変わらず出るのが早いな」


 ギルドカードを操作してしばらく待つと、コール音が鳴り始めた直後にジル・ニトラの声が聞こえてきた。

 もはや事前に察知してるとしか思えないぐらい早い。


『それはもちろん、他ならぬキミからの連絡だからね。他の人間だったらこんなに早く出ない、というよりそもそも直通の連絡手段など与えないさ』

「そりゃどうも……それで、用件なんだが」

『地下迷宮に行ってくれる気になったのだろう?』

「それもあるけどな。その前に聞きたいことがある」


 黒い星に関する情報。

 これはジル・ニトラに魔術師ギルドやアイリスとは別で聞いておかなければならない。

 もしジル・ニトラが何か企んでいる場合、それぞれの情報が一致しない可能性があるからだ。


「前に黒い星がこの世界を飲み込むって話をしたよな。それの猶予期間ってどれぐらいなんだ?」

『猶予期間……ああ、この世界が飲み込まれるまでの時間ということか』

「そうだ」

『正確な期間はわからないが、あの黒い星が近隣の世界を飲み込んでいく速度から予想するに……そうだな、おおよそ三千年から四千年といったところだろう』

「……そうか」


 少なくともこの時点ではルカから聞いた情報と大きな相違はない。


「ってことはまだまだ当分先だな」

『何を言う。三千年などあっという間……いや、そうか。この世界の人間は平均寿命が百年もないんだったな。フフ、ならば当分先と言えるか』

「そういうことだ。三千年どころか、五百年とかでも人間にとっちゃかなり遠い未来だからな。……で、このことは魔術師ギルドも知ってるのか?」

『もちろんだとも。例の巨大魔法陣も、その期間を見越してのモノだからな』


 ジルニトラの言葉を聞いて頭の中に疑問符が浮かぶ。

 ……その期間を見越してのモノ?


「どういう意味だそれ」

『それはキミが私の依頼を達成してくれたら教えるとしよう。それで、地下迷宮に潜ってくれる気にはなったのかな?』

「まあ……な」


 正直まったく気は乗らないが、現状を動かすにはまず俺が動かないことにはどうしようもない。

 

『それは良かった。では今から迎えに行くよ』

「今から迎えにって……俺が今どこにいるのかわかるのか?」

『わかるとも。キミのアニマは膨大だからね』


 ジル・ニトラがそう言った直後、目の前に光り輝く魔法陣が現れた。

 そして眩い光と共に紫色のローブを纏った銀髪の魔術師、ジル・ニトラが現れる。


「ほらね? ……おや?」


 ジル・ニトラが俺の横にいるルカを見て、満面の笑顔になった。


「アルカディウスじゃないか!」

「やあ、ジル・ニトラ。久しぶり」

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ。しかし……」


 口元の笑みはそのままに、ジル・ニトラの目がスッと細められる。


「キミがイグナートと共に行動しているということは……つまり、そういうことかな?」

「うん、そうだよ」

「いやどういうことだよ」


 勝手に意味のわからない会話をし始めるジル・ニトラとルカに横からツッコミを入れる。


「フフ、わからないのならば、わからないほうが良いと思うぞ?」

「そういうわけにもいかないんだよ」


 自分が知らない間に事態が動いてて、知った時には手遅れとか目も当てられないからな。


「ふむ、ならば端的に答えよう。背後にヴィネラのいるルカがキミのそばにいて、そのキミが私に連絡を寄越すということは……つまり、私の行動はヴィネラに黙認されているということになる。それはわかるかな?」

「……ああ」


 確かに昨日ヴィネラはそんなようなことを言っていた。


「ということは、だ。最終的な着地点やそこに至る手段はともかくとして、向かう方向性は私もヴィネラも同じ、言わば同士と表現できる。……ほら、私に敵意を持つキミにとっては好ましくない情報だろう?」

「まあ……実際にそうだったら、好ましくはないな」


 だがそんなことは昨日の晩で既に想定済みだ。

 眠れずに一晩ずっとこれからのことを考えてたからな。

 周囲の人間すべてが敵に回る事態だって当然考えている。

 今さら言われるまでもない。


「おや、反応が薄いね?」

「その方向性とやらの中身を教えてくれるんならもうちょっとマシな反応ができるんだけどな」

「教えてしまったら逆に拍子抜けすると思うから、先にからかってみたのだが……どうもキミには既に覚悟ができているようだ。ふむ……つまらんな。となれば仕方がない。特に隠す必要もないし、教えるとしよう」


 ジル・ニトラは大仰に肩をすくめ、ため息をついてから話し始めた。


「キミにこれから取ってきてもらうのは『神の心臓』と呼ばれる琥珀色の宝玉でね。これはそこにいるアルカディウスがまだ全盛期の頃に作った神器級のアーティファクトで、それ自体が膨大なアニマを持つ唯一無二の代物だ。これが術式の『核』に必要なのだよ」

「術式って、なんの術式だ?」

「黒い星の脅威から逃れるために用いる、例の巨大魔法陣の中心となる術式さ。……ほら、拍子抜けだろう?」


 ニッコリと笑いながら言うジル・ニトラ。


「キミは何やら私が大掛かりな陰謀を企んでいると邪推していたようだが、なんてことはない。至極単純で簡単な話しさ。ご期待に添えなくて申し訳ないがね」

「……なるほどな」


 その真偽は別として、理由としては真っ当だ。

 ただしジル・ニトラの笑顔が爽やかすぎてメチャクチャ胡散臭いが。


「ルカはどう思う?」

「えぇ、ここでボクに振るの?」


 ルカは困ったように笑いながら答えた。


「うーん、なんとなくだけど、嘘は言ってないんじゃないかな。何か企んでいそうな気はするけどね」

「おやおや、アルカディウス。私が何か企んでいるなんて、いつものことじゃないか」

「あはは、それもそうだ」

「フフフ……」

「あはは……」

「いやおまえら笑い合ってんじゃねえよ」


 なに和んでるんだよ。仲良しか。


「ああ、確かにのんびりと談笑している時間は大してないな。ではさっそく……」

「のんびりしてる時間はない? 猶予期間は十分あるんじゃないのか?」

「もちろん黒い星がこの世界を飲み込むまでの時間はまだ先だが、巨大魔法陣のほうはそうもいかないからね。既に起動させている以上、いつまでも長々と待機状態にはしておけないのさ」


 ジル・ニトラは俺の周りを歩きながら話を続ける。


「それに加えて大陸に満ちるアニマの状況といい、星の巡りといい、今この機会を逃せば次はいつ巨大魔法陣を起動させられるかわからない。当然、一日二日の待機状態でダメになってしまうような作りにはしていないが……しかしできるならば負荷を掛けないに越したことはないだろう。なにせ初の試みだ。余裕は持っておいたほうが良い」

「……わかった」


 そこらへんの事情を俺に確かめるすべはない。

 怪しくはあるが一応ここは頷いておく。


「わかってもらえたようで何よりだよ。それでは移動するとしよう」


 ジル・ニトラが指を鳴らすと、俺とルカの足元に光の魔法陣が現れた。

 直後、眩い光に視界は覆われ――


「……またここか」


 ――気がつけば見覚えのある広い部屋に立っていた。

 アンティーク調の家具が並ぶ、豪華ながらも落ち着いた雰囲気の部屋。

 ジル・ニトラが住む宮殿の一室である。


 個人的にはあまり足を運びたくない場所ではあるのだが、なんだかんだで定期的に訪れている気がする。

 そう思った瞬間、ふと何者かの気配を感じて俺は天井を見上げた。


「メトラーー!!」

「ぐあっ!?」


 すると天井から茶褐色の猫耳獣人が現れ、俺の顔面にダイブして抱きついてきた。




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