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第百七十二話「猶予」

 土魔法で作った小屋の中。

 月明かりが差し込む深夜にふと目が覚めると、俺はヴィネラに頬を踏みつけられていた。


『見たわね』

「よくわからんが夢なら見た。おまえが……』

『忘れなさい』


 俺のデカイ頬にヴィネラの足が強くめり込む。

 感触からしてストッキングは履いてるようだが靴を履いていないようだった。

 そのせいか大して痛くはないが、だからといってそのままにしておくつもりはない。

 ヴィネラをどかそうとその細い足に手を伸ばす。


 しかし、俺の手はヴィネラの足をすり抜けた。

 というより下半身全部すり抜けた。

 試しに踏みつけられている自分の頬あたりを触ってみたが、ヴィネラの足には触れることができない。

 ……俺への干渉は自由にできて、俺から触ろうとしても実体はないとか、反則だろ。


『忘れた?』

「あー、忘れた忘れた。……っていうかおまえなら俺の記憶ぐらいどうにでもできるんじゃないのか?」

『アタシは人の自由意志を尊重するって前にも言ったでしょ? 記憶をいじるようなつまらない真似はしないわよ。どこかの元神竜さんと違ってね』

「今の俺に自由はあるのか?」


 実質的に選択肢がほぼないと思うのだが。


『あるわよ。今のアナタに自由がないのなら、そもそも人間に自由意志なんて最初から存在しないことになるわ』

「いきなり範囲が広くなったな」


 話しながらヴィネラが足をどけたので、俺は起き上がって膝を立てながら座った。

 それだけで俺はヴィネラを見下ろす形になった。

 俺の座高……やっぱり半端ないな。切なくなる。


「……と、そうだ、そういやおまえに話すことがあったんだ」

『計画の話でしょう。それならアナタとルカが話しているのを聞いてたわ』

「そりゃ話が早い。で、協力してくれるか?」

『良いわよ』


 ヴィネラはあっさりと承諾した。


『ジル・ニトラに関してはアタシも何かしら考えておこうと思ってたから、ちょうどいいわ。上手く行けばアタシ好みの展開になりそうだし』

「どんな展開だよ……」


 例のごとく嫌な予感しかしない。


『フフ、それはその時になってからのお楽しみね』

「……なぁ、もし計画が上手くいかなかったら、おまえも加勢してくれないか?」

『加勢、ねぇ……』


 ヴィネラは宙に浮かんで足を組むと、俺を見下ろしながら言った。


『そうね、ジル・ニトラがあまりにも分をわきまえないようだったら……少しは考えても良いけれど、約束はできないわね』

「なんでだ?」

『なんでも何もアタシ、ジル・ニトラとはそれなりに長い付き合いだから。色々と研究に協力してもらったこともあるし』

「…………そうか」


 ダメ元で言ってみたが厳しいか。


『だからその時はアタシに頼らず自分でなんとかしなさい。最低限の義理は果たしてあげるけれど、それですべてが上手くいくとは思わないことね』

「わかったよ」


 敵に回らず、計画に協力してもらえるだけでも十分にありがたい。


『そう。ならアタシもそろそろ動こうかしら』

「ん? 動くって?」

『何を言ってるの? アナタが言ったんじゃない。運び屋をしろって』

「あ、そうか。わるいな、頼む」

『ええ、任せなさい』


 ヴィネラはそう言いながら俺の身体にズブズブと入り始めた。


「いやおい、動くんじゃないのか?」

『失礼ね、ちゃんと分体を動かしてるわよ。まだスヴァローグの最終調整が全部終わってないからこっちも並行して作業するだけ』

「あ、なるほど……」

『アナタは明日になったらジル・ニトラと連絡を取って、彼女の指示に従いながら帝国地下迷宮の宝玉を手に入れなさい』

「ジル・ニトラに宝玉を渡しても良いのか?」

『良いわよ。多分』


 多分ってなんだ、多分って。

 適当すぎて不安になる。


「そこから先は?」

『なるようになるんじゃない?』

「ホント適当だなぁおい!?」

『冗談よ、冗談』


 ヴィネラはクスクスと笑いながら俺の身体の中に入って姿を消した。


『ジル・ニトラに宝玉を渡したら、そこから先はアタシとルカがなんとかするわ』

「なんとかするって……なんか逆に怖いな。人類滅亡とか、世界崩壊とかしないよな?」

『さぁ? 別に人類とか世界なんてどうでも良いし、興味ないわね』

「そうは言っても、このままだと黒き星にこの世界が飲み込まれるんだろ? そしたらおまえも終わりじゃ……」


 そこまで言いかけて、俺は今さっき夢で見た内容を思い出した。

 あの夢が本当にヴィネラの過去ならば、コイツはこことは違う色んな世界にも無数に分体とやらが居て、しかもそいつらと記憶を共有できるほぼ不死身の存在だ。

 そのうえ夢で見た限り、ヴィネラは自分の死をまったく恐れていないようだった。


「……終わりでも良いのか」


 呟くように声を掛けるもヴィネラの気配は既になく、返答はなかった。







 ヴィネラが俺の中に入って消えたあと。

 これからのことを色々と考え込んでいるうちに随分と時間が経ったらしく、気がつけば小屋には朝日が差し込んでいた。


 まだ少し早いかもしれないがルカを起こして出発するか。

 そう思いゆっくりとその場で立ち上がると、俺の気配に気がついたのかルカが目をこすりながら動き出した。


「んー……よく寝た……もう出発?」

「おう。そのつもりだが、良いか?」


「良いよ、行こうか」


 ルカと短いやり取りをしてから森の中に作った小屋を出て、街道を歩き始める。


「ああ、そういや夜にヴィネラと話して、計画に協力してもらえることになった」

「ホント? 良かったねー、じゃあこれで何か起こっても大丈夫だ」

「何も起こらないのが一番なんだけどな」


 もともと今回の計画はジル・ニトラ関連で何かあった時の保険として動かしている。

 だから本当なら何もないことが前提なのだ。


「うーん、どうだろうね。ジル・ニトラなら何かしらやらかしてもおかしくはないかな」

「……昨日はジル・ニトラのこと『そう悪いヤツじゃない』みたいに言ってなかったか?」

「言ったけど、でもそれとこれとは別だからね。ボクは彼女のことを邪悪ではないと思ってるけど、だからと言って善人だとも思ってないから。そもそも人じゃないし」

「なるほどね……」


 つまりルカから見てもジル・ニトラが怪しいことは変わりないってことだ。


「そもそもからして、ジル・ニトラが世界を救うために協力してるって話からして胡散臭いんだよな」

「え? なんの話?」

「ルカは知らないのか? 実はな……」


 俺は事の発端をひとつひとつルカに話していった。


 今現在、各地方で草木や大地のアニマが枯れ始めていること。

 それは魔術師ギルドが主導して、巨大魔法陣を各地で発動させていることが原因であること。

 魔術師ギルドはやがてこの世界を飲み込む黒い星から人類を守ろうとしていること。

 その魔術師ギルドに対して、ジル・ニトラが黒い星に関する知識や、巨大魔法陣の術式に関する技術提供をしていること。


「しかもその提供してる知識とか技術提供に関して、一切の悪巧みはしてないって言ってるんだよ、ジル・ニトラは」

「へぇ……?」

「怪しすぎないか?」


 俺からしてみればアイツが人類救済なんていう善行をまったくの見返りなしでやるとは到底考えられない。

 どう考えてもあとで『やっぱり悪巧みしてました』ってパターンな気がする。


「うーん、でも黒い星を放っておいたらマズいのはジル・ニトラも一緒なんだから、別にその魔術師ギルドに協力してもおかしくはないと思うけど……?」

「…………え、ジル・ニトラにとってもマズいのか?」

「マズいでしょ。だって黒い星は世界そのものを飲み込むんだからジル・ニトラだって他人事じゃないし、神竜時代ならともかく今の彼女じゃ世界間移動もできなくて逃げようもないし……もし何らかの要因で彼女だけが生き残れるとしても、全人類が滅亡したら人類大好きな彼女も困るだろうし」

「困るのか……?」


 俺としてはジル・ニトラが困るようなところが想像できない。


「困るよ。これは絶対断言できるね。彼女は本当に人類大好きだから。人類がいない世界で生きるぐらいならいっそのこと死を選ぶ、って昔言ってたし」

「嘘だろ?」


 俺のイメージと全然違うんだが。


「嘘じゃないよ。だから彼女がただ単に人類を守ろうとしてるって可能性も十分あるだろうね。今までだってそうだっただろうし。まあ、今回もそうだとは限らないだろうけどさ」

「……なるほど」


 つまり場合によってはジル・ニトラが味方になる、という可能性もあるのか。

 もしそうなったとしたら。仮にジル・ニトラ以外で敵を想定するとしたら……?


「どうしたのイグナート?」

「いや……なんでもない」


 ジル・ニトラ以外で敵なんて考えたくもないな。色んな意味で。

 っていうかそもそも敵なんてどこにもいない可能性だってある。

 もちろんその逆も然りだ。変な先入観はなしでいこう。


「そういや、ルカは黒い星に関して思うところはないのか?」

「思うところ? ……ないかな」

「興味ないか」


 ルカもヴィネラと同じように自分の命とか最初から度外視してるから、興味ないのだろうか。


「うん。ボクはこれから命を捨てに行くようなものだし……そもそも随分先の話だしね」

「先の話?」

「そうだよ。だってまだ数千年は猶予があるんでしょ? そんな先の話されても実感湧かないよね」

「………………は?」


 数千年は……先?


「それって、黒い星が落ちてくるのに数千年の猶予があるってことか?」

「もちろんそうだけど……え? 聞いてなかったの?」

「まったく聞いてない」


 そういや具体的な期間は聞いてなかったけど、まさかそこまで先の話だとは思わなかった。

 っていうかおい、誰か言ってくれよ。

 こんなの絶対すぐ直近の話だと思うじゃん。

 勘違いするじゃん。


 確かにアイリスもそこまで焦ったような雰囲気じゃなかったから、今すぐじゃなくて多少の猶予はあるんだろうなとは思ってたけど、にしても猶予期間が長過ぎるだろ。

 いや……そもそもこれ魔術師ギルドの人間とか、アイリスとかは知ってるのか?


「場合によっては今後の対応がガラッと変わるぞこれ……」

「そうなの?」

「そうだよ」


 俺はジル・ニトラと連絡を取るため無限袋からギルドカードを取り出した。




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