第百七十話「アーカーシャ」
楽には殺さない。
アタシがそう決めた優男を、形だけの弟子にしてから数日後。
『ヴィネラー! 古龍の角、貰ってきたぞー!』
『…………なんですって?』
無理難題を吹っかけた優男が戻ってきた。
その、吹っかけた無理難題をクリアして。
『この角……本当にあの古龍の……どうやって倒してきたの?』
巨大な紫色の角を撫でながら優男に聞く。
この角の持ち主は世界創世から存在する老雷龍で、まともにやり合えばアタシですらただでは済まない。
おそらく決着をつけるのに昼夜を問わず戦い一ヶ月……後のことを考えず短期決戦を挑んでも最低、二週間は掛かるだろう。
どう考えてもたった数日でどうにかなる相手じゃない。
『倒してきたのって、物騒だなぁ。だから貰ってきたんだって。話し合いで』
『話し合い……?』
あのプライドの塊みたいな古龍の、まさにその象徴である角を、話し合いで?
それこそありえない。むしろそっちのほうがありえない。
『そうそう。俺も普通の再生魔術には自信があるからさ。ここらで古い角は捨てて、新しい角にしてみたらどうかなって提案したんだ。新しい角がいかにカッコイイか力説しながらね』
『そんなことで……?』
『もちろん。あ、いや、他にも結構色々と話はしたけど』
『……何を話したの?』
十中八九、そっちの話が本命だろう。
自分の生きた年月の象徴であり、魔力を蓄える大事な媒体でもある角を古龍がそう簡単に手放すはずがない。
『世間話』
『…………何?』
『だから、主に世間話。古龍のジイさん退屈してたみたいでさ。久々に他人と話して楽しかったみたいだな。俺の話で大爆笑してた』
『……………………』
一筋縄ではいかない強敵だった老雷龍のイメージが、アタシの中で地に落ちた。
『なぁなぁ、これで霊体の再生魔術、教えてくれるんだろ?』
『……まだよ』
というより、そもそも最初から教えるつもりなんてない。
霊体の再生魔術は秘術中の秘術だし、魂や霊体を扱う魔術を得意とするこのアタシでさえ、記録や記憶を消した状態では初歩の段階まで進むのに百年以上は掛かるほど難しい術だ。
この分野を苦手と言うような人間に習得できるはずがない。
それでなくともアタシはこの男に対して業腹なのだ。
当然、教えるわけがない。
『次はそうね、一年を通して青いマグマが吹き出す火山があるのだけれど、そこの奥底に……』
今度こそ音を上げさせてやる。
●
数週間後。
『ヴィネラー!』
『はいはい、なによ……って、もう帰ってきたの!?』
アタシは優男を二度見しながら恐れ慄いた。
この男、あれから幾度となく無理難題を吹っかけても数日で解決してくるので、今度という今度はどうやっても無理であろう難題を課したはずだったのに……!
『こんな……たった数日で……!?』
『あ、光粒子生命体を使って永久機関を作れって話なら、ぜんぜんだから。まだ手掛かりすら見つけてないし』
『えっ……あ……そ、そうなの……』
優男の言葉に心底ホッとしつつ、じゃあなんでコイツは帰ってきたのかという疑問が頭の中に浮かんできた。
そんなアタシの内心を知ってか知らずか、優男はどこか気まずそうな表情で後頭部を掻いた。
――失くしていたはずの右手で。
『それで、実はさ……』
『ちょっとアナタ、その右手……!?』
『あ、気がついた? そうなんだよ、ちょうどこれの話をしようと思ってたんだけどさ』
優男は右手のひらを広げて前に突き出すと、苦笑いしながら言った。
『ごめん、霊体の再生魔術……教わる前になんとかなっちゃった』
『なっ……!?』
『移動中ちょっと暇だったから色々と試してたんだけど、俺もまさか成功するとは思わなくて……はは……』
『ウソでしょ……これ、本物なの……?』
優男の右手を掴み探査魔術を掛けるが、おかしなところは何も見つからない。
どうやら本当に霊体ごと再生して右手を治したようだった。
『もちろん本物だよ。でも俺、ヴィネラに教わりたいことまだまだ沢山あるからさ、だから……まだヴィネラの弟子でいても、良いかな?』
『…………は?』
弟子も何も……この数週間、教えたことなど何ひとつとしてないのに何を言っているのだろうか、この男は。
しかし、この男に対して何の報復もできていないアタシにとってはむしろ都合が良い。
『別に、構わないけれど……』
『やった! さすがヴィネラ! なんだかんだで優しいのは世界が変わっても一緒だな!』
『…………』
なぜか喜ぶ不可解な優男を見ながら、アタシは思案に耽った。
色々とわけがわからない。
けれど、ひとつだけハッキリしていることがある。
この男は――異常だ。
このアタシですら今まで魔術の腕は天賦の才能どころではなく、突然変異のバケモノとして扱われてきた。
しかしこの男は、そんなアタシが比べ物にならないほどの速度で新しい魔術を獲得し、成長している。
これは単に才能の一言では片付けられない。
人間の処理速度には限界がある。何かカラクリがあるはずだ。
アタシはそう考え、この日から優男の異常性、その秘密を探ることにした。
●
そして数日後。
優男本人からの回答でその秘密はあっさりと判明した。
『俺が異常? ……ああ、そういえば前に君じゃないほうのヴィネラが俺のことを『生まれつき幽星界を通じてアーカーシャに通じてる』とか言ってたなぁ。だからかな?』
『なんですって!?』
アーカーシャ。
それは過去、現在、未来、全宇宙すべての現象を記録していると言われている巨大な霊的情報集合体だ。
その真偽はともかくとして、このアタシは『それ』のことをそう呼称している。
となれば、別のアタシが言っているのも『その』アーカーシャだろう。
『なによそれ……つまり、常に万能の情報源から答えを引き出せるってこと?』
『いや、アーカーシャがある世界と俺がいる世界は次元的にかなり離れてるから、引き出すのには結構時間が掛かってるっぽい、ってさ』
『時間が掛かってるだけで結局引き出してるんじゃない』
つまりアタシなんかが自力で問題の答えを解いている横で、コイツはカンニングペーパーを片手に答えを写していたわけだ。
『完全にズルじゃない、それ』
『いやー、でも答えがわかるって言っても断片的にひらめくことが多いってだけだから、自分でもちゃんと考えてるんだけど……』
『でもズルよね』
『はは、いや、まあ……うん……確かに!』
親指を立てて爽やかに言った優男が妙に腹立たしかったので、その顔面にファイアボールを放った。
そんな不意打ちの無詠唱魔術を優男が瞬時に張ったバリアで防ぐ。
アタシは更に腹が立ったので、無数のファイアボールを用意して乱れ打ちを始めた。
『はは、怒るヴィネラって新鮮だなぁ……なんだか楽しい……けどちょっと待った、これ以上は……待って待って、シャレにならないシャレにならない』
『だったら大人しく……焼かれなさい……!』
『うえぇ!? ビックリするほど大人げない!?』
焦り始めた優男を見ると多少愉快な気分になったので、それからしばらくは優男をファイアボールの的にして遊んだ。