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第百六十九話「記憶」

 ルカと共に街道を進むこと約半日。

 小屋で長いこと話をしていたからか、夜になっても貿易都市はおろかそれよりもっと前にある中継地点の村にもたどり着かず、俺たち二人は街道脇にある森の中で野宿することになった。


「なあルカ、ちなみにまた小屋とかは……」

「作らないよ。エネルギー温存」

「……だよな」


 そう言うと思ってた。

 しかし、それならそれで今度は俺が土魔法を使って家を作れば良いだけの話なので問題はない。

 むしろ土魔法で何か作るのは久し振りなので楽しみだ。


 そんなことを考えながらルカが作った小屋を頭に思い浮かべ、土魔法を発動。

 そこらへんの土にアニマを込めて形を変形させたのちに硬化させ、表面をツルツルにコーティングして衛生的にしていく。


「へぇ、上手いもんだね」

「うーん……まあ……」


 パッと見た感じ、外観は焦げ茶色のそれっぽい小屋になった。

 でも窓はガラスが嵌ってないから穴が空いてるだけだし、ドアも細かい部分が作れてなかったのかドアノブを回したらドアが丸ごと外れた。


「ダメだな、ぜんぜん作れてない」

「あはは、普通の土魔法でこれだけ作れたら十分だよ。そもそもボクは雨風がしのげれば良いし」

「元皇帝なのに随分と慎ましいんだな」


 豪勢な暮らしに慣れてたら野宿なんてつらそうに思えるが。


「別に慎ましくなんかないよ。ただボクは基本、どこで寝ても自分の能力で快適に保てるから」

「そういうことかよ……って、そこはエネルギー温存しないんだな」

「肉体のパフォーマンスを保つのは大切なことだからね。まあ大して消費もしないからなんだけど」

「なるほどな」


 そんな他愛もない会話をしつつ、無限袋から魔王討伐の旅で使っていた毛布などを取り出していく。

 ちなみにルカは自分の能力を使えば壁を背に座るだけで快適快眠、朝スッキリらしい。


 羨ましいような羨ましくないような。

 そんな感想を抱きながら俺は毛布にくるまって床についた。




 ●




 今も繰り返し夢に見る。

 それは遠い、遠い過去の記憶。


『やあヴィネラ、久しぶり』


 生い茂る森の中。満月の夜。

 その優男は開口一番、そう言ってアタシに笑いかけてきた。


『あらアナタ……アタシのこと知ってるの?』

『それはもちろん。……あれ? 君は俺のこと知らない?』


 白いローブを纏った魔法使い風の優男は、そう言いながら首を傾げた。


『おかしいな。今回の次元転移はちゃんとできたから、極端に時間は経過してないはずだけど……』

『なんのことを言っているのかわからないけれど、アタシにはまったく心当たりがないわね』

『えぇ……? 冗談とかじゃなくて?』

『冗談は好きよ。でも残念ながら今回は本当に知らないわね』


 アタシがそう言うと、優男は悲しそうな顔で笑いながら手に持った長い木の杖を見せてきた。


『そっか。じゃあこの杖に見覚えはないかな? 君に貰った杖なんだけど』

『アタシに?』

『うん。だいたい三百年ぐらい前に』

『知らないわねぇ……』


 何百億年も前だったらともかく、三百年やそこらの記憶だったら『捨てている』はずもない。

 それは別の世界にいる『アタシ』たちも同じだ。


『そっか……じゃあ、君は俺が知ってるヴィネラと記憶を共有してないヴィネラなんだな』

『……は? なに言ってるのアナタ? 記憶を共有していないアタシなんて……』


 心底残念そうに言った優男に若干カチンときて反射的に言葉を続けたが、途中である可能性に思い当たり口を閉じた。

 ……記憶を共有していない『アタシ』。


『可能性としては……ありえるわね……』

『あれ? 君は自分がどこで元の自分と『分かれた』か知らないのか?』


 それはアタシの内側に容赦なく土足で踏み込んでくる無神経な一言だった。


『……………………さぁね。忘れたわ』


 瞬間的に焼き殺したくなった衝動を抑えながら答えて、アタシは決意した。

 コイツは――楽には殺さない。

 ゆっくり、じっくりと料理したあと、魂と意識を石に封印して、永遠に近い時の流れをアタシの亜空間で過ごさせてやる。

 アタシが飽きるまでずっと、ずっと……!


『君は……なんだか、随分と感情が豊かなんだな。俺が知ってるヴィネラとは全然違う』

『あら、アナタが知っているアタシはそんなに不感症なのかしら?』


 煮えたぎる殺意を胸に秘めながら、なんでもない風を装って会話する。

 じっくり料理するにあたって、素材のことをもっとよく調べるために。


『不感症っていうか、何億年も生きてるせいかすっかり達観しちゃっててさ。何事にも動じなくて、表情が変わるところなんてほとんど見たことないよ』

『何億年……? アナタが知ってるアタシはたったそれだけしか生きてないの?』


 ということは、間違いなくその『アタシ』は、このアタシの起源じゃない。

 拍子抜けだった。


『たったそれだけって、十分だと思うけど……じゃあ君はどれだけ生きてるの?』

『さぁね……記録が途中で切れてるから正確な年数はわからないわ』

『記録? 記憶じゃなくて?』

『記録よ。膨大な情報を記憶しておくのはつまらないから、千年より前の情報は亜空間に記録として保存してあるの』


 加えて、自分の感情を司る部分はあえて鋭敏化させてある。

 この優男が知っている『アタシ』はその結論に至っておらず、ただ記憶をすべて自分の中に留めているのだろう。

 まだ若いからか、それとも『大本』から派生した関係でこのアタシとは性質が異なっているからかは知らないけれど。


『えぇ……? なんでわざわざそんなことを?』

『言ったでしょう? つまらないからよ。一度見たもの、知ったこと、経験したことは新鮮味が薄れる。だから長年生きていると何事もつまらなくなってくるの。個体差はあるだろうけれど」

『うーん、わからないなぁ』


 優男は腕を組みながら唸った。


『どれだけ生きても知らないことはあるし、どれだけ力を持っても自分にできないことは尽きないと思うんだけど……そんなにつまらなくなるかな?』

『さぁ、どうかしら。可能性は高いと思うけれど……でも、アナタはそんなこと気にしなくても大丈夫よ?』

『え? なんで?』

『フフフ……なんでかしらねぇ……?』


 満面の笑みでそう答えると、優男はぎこちない笑顔を浮かべながら言った。


『ハハ……意味深だなぁ。ちょっと怖い』

『フフフ……これからどんどん、どんどん怖くなるわよ?』

『うわぁ、ヴィネラが冗談言うなんて新鮮だな。なんかこう、グッと人間味が増してる感じで』

『あらそう?』

『うん。俺、君のファンになりそう。握手してもらっても良い?』

『ええ、もちろん』


 そう言いながら優男の手を握る。

 直後、その手首部分までを切り取ってアタシの亜空間へ次元転移した。


『なっ……うえぇぇぇ!? 手が……ちょ、うそぉ!?』

『あら、冗談よ、冗談』


 アタシはクスクスと笑いながら宙を舞った。

 優男がうろたえる姿を見て、ほんの少しだけ溜飲が下がる。


『いったぁ……冗談キツイよ……あれ、おかしいな。再生魔術が効かない……?』

『ああ、霊体ごと断絶して次元転移したから、普通の再生魔術じゃ治らないわよ?』

『えぇ!? ど、どこに転移したの!?』

『さぁ? 知らないわ。次元の狭間あたりじゃない?』


 本当はアタシが作った亜空間だけれど、もちろん正直には言わない。


『そ、そんなぁ……俺の右手が……』

『あらあら、霊体の再生はできないのかしら?』

『そっち系統の魔術は苦手分野で、一切手をつけてないんだ……参ったなぁ……』


 優男は右手首の傷口を治癒魔術で止血したあと、無事なほうの手で頭を掻きながらため息をついた。


『これだと研究の効率が下がっちゃうよ……』

『フフフ……もしアタシの言うことをなんでも聞くのなら、霊体の再生魔術に関して教えてあげても良いわよ?』

『……なに?』


 うつむいていた優男の肩がピクリと震える。


『あら、怒った?』

『怒っただなんて……とんでもない! ぜひお願いします!』

『あ……あら……?』


 予想外の反応にガクリとくる。


『アナタ、随分とプライドがないのね……』

『ヴィネラに魔術を教えてもらえるなら、俺の安いプライドなんてタイムセールで叩き売りさ!』


 優男は輝かんばかりの笑顔で爽やかに言ってきた。

 ……あまりに爽やかで若干イラッとくる。


『あらそう。……なら、ついてきなさい』

『やったぜ! いやぁ、右手なくして良かったなぁ! ツイてる!』

『……そうね、ツイてるわね、アナタ』


 コイツ……無理難題を吹っかけて音を上げさせてやる。










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