第十六話「防衛戦」
格好つけて戦場に向かったのは良いがぶっちゃけ俺は内心ビビりまくっていた。
なぜなら今回の防衛戦は『今までに無い規模の戦いになる』ともっぱらの噂であり、ただでさえ厳しい戦いを強いられていた戦況がさらに絶望的になるとの見通しだったからだ。
とはいえここの虫型魔物を相手にした防衛戦は俺が転生する前の世界における『戦争』とは違い、基本的に死傷者というものが少ない。
優れた治癒魔術がある上に人類自体の戦闘能力も決して低いわけではなく、しかも戦いにおける考え方が基本的に『数』より『質』という傾向があるため、戦闘中は常に『命を大事に』みたいなスタイルで戦うのが基本となっている。
命さえあれば兵士は治癒魔術ですぐ前線に復帰することが出来るし、熟練の剣士や槍士というのはそう簡単に替えがきかない存在だからだ。
普段ろくに鍛えてもいない一般市民がたとえ百人集まったとしても、極めて硬い装甲を持つグバルビルには傷一つ付けることさえ出来ないが、アニマで己を強化した熟練の剣士や槍士だったら五人程度でグバルビルを討伐出来るのだ。
つまりこの世界において人類は強さの格差が非常に激しく、有事の際だからといっていくら一般市民を徴兵したところでほぼ戦力にはならない。
戦力になるのは幼いころから戦闘の英才教育を施されている貴族か、国をまたいで戦いを生業とする傭兵だが……どちらも人口の比率としては非常に少ないうえに、そもそも分母としての人類の総数自体が前の世界とは比べものにならないぐらい少ない。
その中でも比較的小さい国であるディアドル王国に至っては、全国民合わせても十万を僅かに超えるほどだという。
そりゃ『数』より『質』という戦い方になって当然だ。
そういった背景もあるため、いくら俺が最前線で味方を鼓舞するため派手に戦う役割を担っているとはいえ、自分の身が危なくなったら後方へと下がっても誰も文句は言わない。
強い戦闘能力を持つ個人の死亡はこの世界において兵士の士気を著しく下げる要因であるからだ。
だからこそ少しでも危なくなったら俺はむしろ積極的に後方へと下がるべきなのだが……。
(これは……滅多なことでは下がれないなぁ……)
長城を抜けた先の戦場にて。
俺は百十数名の傭兵集団から一人離れ、大きく前に出ていた。
これが十メートルやそこらだったら俺が傭兵集団を率いているようにも見えるかもしれないが、残念ながら距離は百メートル以上離れている。
うーん、なんだか魔物をおびき寄せる『エサ』みたいだな俺……。
ギルド長との打ち合わせ通りとはいえ、思った以上に孤立感がある。
まあこれぐらいしないと『圧倒的な戦闘能力を披露して味方軍勢を鼓舞する』という役割を充分に果たせないからな。
しかし、どうせ来るなら早く来てくれないかね。
魔術師連中の話では魔物の群れがすでにこちらへと向かって来ているらしいが、もう所定の配置についてから一時間は経っているだろう。
さすがにもう来てもいい頃なんじゃ……。
そんなことを考え始めた時、遠くの方から微かに地響きのような音が聞こえてきた。
来たか。
「…………って、おいおい……ウソだろ……」
しばらくしておおよそ三百メートルほど先にある森の端から出てきたグバルビルの群れを見て、俺は思わず呟いた。
多い。
数が多すぎる。
通常で数百という数が、どう少なく見積もっても数千には達している。
文字通り桁が違うのだ。
こちらの連合軍も今回は倍以上の魔物が襲来すると予測して、普段は出来る限り精鋭で固めていた軍勢五千ほどに加え、修行中の少年兵や一般市民よりは腕の立つ自警団など各方面から兵士の工面をしてやっと総数一万程度なのだ。
先発隊であるグバルビルの集団が数千ということは、本隊である虫型魔物の数はさらにその三、四倍。
そうなると虫型魔物の総数が下手すれば人類側と同数か、それ以上になってしまう。
個人じゃ太刀打ちできない虫型魔物を相手に、数で勝ることさえも不可能となれば人類は……考えるまでもない。
絶望的だ。
(はぁ……俺って本当に、こんなのばっかりだな……)
なんだろう、あまりにも規模がデカすぎて実感がわかないのか、感覚がマヒしているのか、普通だったら恐怖のあまり逃げ出してもおかしくない状況なのに思考はクリアで頭はビックリするほど冷静だ。
諦念の境地に至ったということだろうか。
戦闘前にあれだけビビりまくってたのが嘘のようだ。
(あ、今になって足が震えてきた……)
ホント勘弁してほしい。
背後には一万近くの連合軍。
意識を向ければ予想以上の魔物の数にどよめく兵士たちの声が聞こえる。
今ここで俺が一目散に逃げ出せば、ただでさえ下がっている士気がどん底に陥るだろう。
下手すれば戦闘開始前から戦線崩壊だ。
そして長城を越えた先には約九万人の市民がいる。
(……ここで逃げ出したら後味が悪いってレベルじゃないからなぁ……)
おそらく一生後悔し続けるだろう。
つまりここはやるしかないってわけだ。
俺は大きく深呼吸をしたのち、三千か、四千か、五千か……最早どれだけの数がいるか検討もつかないグバルビルの群れに、雄叫びを上げながら全力で走り出した。
「――ウオオオオオオォオオォ!!」
走りながらハルバードにまとうアニマを圧縮するように溜めていく。
(これだけ密集してたら……良し、『アレ』が使える!)
グバルビルの群れに接触した瞬間、圧縮していたアニマを解放して、ハルバードでゴルフのフルスイングするように地面を上空へと向かって打ち上げる――!
「ハアッ!!」
爆発音と共に目の前の地面が炸裂して、グバルビルの中でも比較的小さい個体が凄まじい勢いで上空へと吹っ飛んでいく。
六匹ほど、五十メートルは飛んだだろうか。
「フンッ!!」
続けざまに今度は左下から右上に向かって先程と同じように地面を炸裂させハルバードを打ち上げる。
『溜め』が少ないのでさっきよりはグバルビルも吹っ飛ばないがそれでも三匹ほど、三十メートルは飛んでいる。
比較的小さい個体を狙ったとはいえ、虫型魔物の中でも最強種であるグバルビルがハルバードの一振りで吹っ飛ぶ光景はインパクト絶大だろう。
アニマを上手く使えばこんなことも出来る。
セーラのところで助手を始めてから一年間、なにも俺は魔術の修行や魔物の捕獲だけにかまけていたわけじゃないのだ。
まあホントは殲滅する場合、普通にハルバードで薙ぎ払った方が効率が良いんだけど、ここは圧倒的な強者を演じるために派手にいかないとダメだからな。
そんなこんなで三撃目、四撃目、五撃目とグバルビルを吹っ飛ばした辺りで、後方から「てめぇら何やってる! イグナートに続けええええ!!」とギルド長の怒号が戦場に響き渡った。
それにやや遅れる形でそこかしこから鬨の声が上がる。
(始まったか……!)
これで俺の果たすべき役割のうち一つはクリアした。
あともう一つは……ただひたすらに、グバルビルだけに狙いを定め、長城に向かう個体の数を出来る限り減らすことだ。
「おらあああ! かかって来いや虫けらどもがあああ!」
俺は戦場全体に聞こえるよう啖呵を切ってグバルビルを薙ぎ払った。
ここからは時間との勝負だ。
一度魔物の巣で死にかけて以来、それ以前から膨大であったアニマの総量は底が見えないほどに増大している。
だが今回は魔物の数も桁が違う。
それに戦闘開始時から前回とは比べものにならないぐらいのアニマを消費している。
(俺のアニマが尽きるのが先か、魔物どもを殲滅するのが先か……)
いずれにせよ、殲滅速度が遅ければ遅いほど犠牲が増えるのは間違いない。
(出し惜しみはしない……全部出し切ってやる!)
そして俺はより効率的にこいつらを屠るため、無数のグバルビルをかきわけ群れの中心地へと単身乗り込んで行った。