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第百六十八話「計画」

 ルカが作った小屋を出て、帝国に向かう街道を二人で進んでいく最中。


「それで結局、俺はこれから何をすれば良いんだ?」


 目の前を歩くルカに質問する。

 色々と聞くことが多くて肝心なことを聞いてなかった。


「ああ、そういえば言ってなかったね。これからイグナートにはまず、帝国の地下迷宮にある宝玉を取ってきてほしい」

「帝国の地下迷宮にある……宝玉?」

「うん。『神の心臓』って呼ばれてる琥珀色の宝玉なんだけど……あれ? 知ってる?」

「いや……」


 その宝玉とやらは知らないが、『帝国の地下迷宮にある』という点が気になる。

 なぜなら、つい先日ジル・ニトラから似たようなことを言われたばかりだからだ。


「あれ……ジル・ニトラからも取ってきてほしいって言われたの?」

「ああ。取ってくる代物は聞いてなかったが」

「なるほど……それは気になるね。もしかしたら……」

『話は聞いたわ』


 ルカが言葉を続ける前に、俺の身体から半透明のヴィネラが出てきた。

 ……心臓に悪い。


「へぇ、やっぱりそうなんだ……」


 そしてルカはヴィネラを見つめながら突然うんうんと頷き始めた。

 何がどう『やっぱり』なのかはサッパリわからない。


「でも、だとすると……ああ、うん。わかった。確かにそうだね」

「ん? おいルカ、おまえなに言って……」


 そこでハッと気がついた。

 ルカおまえ、ヴィネラと念話してるのか?


「っておい、なんで俺をハブるんだよ!?」

「え? イグナート聞こえてなかったの?」

『それじゃルカ、あとはよろしく』


 ヴィネラは最後だけこちらにも聞こえるよう言ってから、俺の中に戻っていった。

 ……絶対わざとやってるだろ。


「あはは、わざとだろうね。でも大したことは言ってなかったよ?」

「じゃあなんで俺だけ……いや、それはともかく、ヴィネラはなんて言ってたんだ?」

「ジル・ニトラの計画を利用するってさ」

「……は?」


 それどういうことだ?


「うん、それがさ、どうやらジル・ニトラのやろうとしていることはヴィネラがやろうとしていることと途中まで被ってるっぽいから、どうせならその『途中』まではジル・ニトラの計画を使わせてもらおう、って話」

「なんだよそりゃ……」


 一気にきな臭くなってきたな。


「ジル・ニトラもヴィネラも、いったい何をやろうとしてるんだ? その『途中』って何のことなんだ?」

「ヴィネラのやろうとしてることは言えないし、ジル・ニトラがやろうとしていることは見当もつかないけど、別にその『途中』までに関しては悪事じゃないよ。……多分」

「多分ってなんだよ」


 そこで歯切れが悪いのはダメだろ。


「じゃあ絶対」

「おい」

「まあまあ、どっちにしろ今となってはキミに選択肢はないんだからさ。気にしたところで意味ないよ」

「それにしたって、事前に知っておいて損はないだろ」


 地雷があったら回避したいし、もし絶対に踏まなきゃいけない地雷があるのならそれはそれで踏み方というものがある。

 覚悟も必要だしな。


「あはは、心配性だなぁイグナートは」

「いや、言っとくが至極真っ当な思考だからな?」


 マゾじゃないんだから。

 いくら変なところで楽観的になってドツボにハマることに定評がある俺でも、今回はさすがに楽観視できない。

 ジル・ニトラ案件とかもうそれだけで嫌な予感しかしない。


「イグナートは随分とジル・ニトラを嫌ってるんだね?」

「あたりまえだろ。俺の記憶読んでみろよ」

「そんなに? ん……あー……なるほどね、そういう感じかー……」


 ルカは俺の記憶を読んだのか苦笑しながらそう言うと、腕を組んで唸り始めた。


「うーん……確かにキミの性格上、ジル・ニトラのことは許せないだろうけど……」

「俺の性格上……?」


 むしろ自分で言うのもなんだが、俺はそこそこ多様な価値観に寛容なほうだと思うが。

 普通だったら千年荒野で見殺しにされかけたり、魔王討伐の前情報が詭弁だらけだったりした時点でアウトだろ。


「うん、それなんだけどね。千年荒野で結果的にジル・ニトラはキミを見殺しにしかけたけど、それでも最初は助けようとしてたし……魔王討伐の情報が詭弁だらけだったっていうのも、キミや勇者たちに動いてもらうために必要なことだったって推測できるし、ボクはそこまで彼女のことを邪悪だとは思わないんだよね」

「……嘘だろ?」


 それらに加えて当時、勇者だった魔王ゼタルの妻子を、目の前で笑いながら見殺しにしておいてか?


「ゼタルは……当時の魔王を倒して、自分が魔王になる呪いを受け継いでなお、人類を守ろうと奔走して……その上で裏切られて、妻子を殺されたんだぞ?」

「知ってるよ。ボクは皇帝位を譲って隠居してから、ついこの間までずっと眠ってたから現場は見てないけど、歴代皇帝たちの記憶はすべて読んできたから」

「読んできた……?」

「歴代皇帝が代々受け継ぐ神器があって、それ経由でね。まあ代々受け継ぐって言ってもボクが作ったんだけど」

「……だったら」


 ゼタルを裏切って妻子を殺した皇帝の記憶を読んだなら。

 その事件を知ってるのなら、ジル・ニトラの邪悪さはよくわかってるんじゃないのか?


「ジル・ニトラのことを邪悪に思うかどうかは、それは彼女を見る人間の価値観と立場によると思うよ」

「そりゃ勇者の妻子を人質に取って殺した皇帝にとってはさぞ頼れる守護竜だったろうよ」

「うーん……そういうことじゃなくてさ」


 ルカは言い方を考えるように少し間を置いたあと、続きを話し始めた。


「その事件の発端はさ、ゼタルが帝国主導の戦争を止めようとしたのがキッカケでしょ?」

「ああ。当時の魔王が倒された瞬間、人類側が手のひらを返して今まで協力関係にあったエルフやドワーフ、獣人たちに侵略戦争を仕掛けたって聞いたぞ」

「そうだね。それは事実だ。でも、それらの亜人たちが人類に敵対する(きざ)しがあった、っていうのは知ってる?」

「…………いや」


 それは初耳だ。


「当時の皇帝もね、別に野心や私利私欲だけで亜人たちに侵略戦争を仕掛けたわけじゃないんだよ。もちろん、そういう面がまったくなかったわけじゃない。けど、一番強く考えていたのは帝国、ひいては人類全体のことだった」

「でもよ、敵対する『兆し』だけで戦争を起こすのは……いや、違う」


 俺はそんなスケールのデカいことで議論をするつもりはない。


「あくまでジル・ニトラのこと、でしょ? わかってるよ。でも、どっちにしろ彼女に悪意はないと思うんだよね、ボクは」

「……そっちのほうがタチ悪いだろ」


 人を人とも思わず、殺人に面白がって加担し、それを嬉々として語る悪意のない、人の姿をした化物。

 それがジル・ニトラだ。

 背景にどんな大義があったにせよ、直接手を下してないにせよ、アイツは間接的に人を殺している。

 下手すればジル・ニトラの場合、自分で『そうなるように』仕向けた可能性だってある。


「キミが考えていることは理解できるよ。でもさ、そもそも彼女は元から『人間』じゃないんだ。人を人とも思わないのはしょうがないんじゃないかな」

「しょうがないで済んだらそんなのやりたい放題だろうが」


 っていうか、なんでルカはそんなにジル・ニトラのことを庇うんだ?


「それはだって、彼女をこの世界に召喚したのはボクだから」

「……なに?」

「当時、まだ帝国が完全に出来上がるまでは人類もかなり大変な時期でね。魔王軍に幾度となく侵攻されて今にも滅びそうな勢いだったんだ。でも魔王っていうのはこの世界における大きな『システム』みたいなものでね。いくら昔のボクでもそこに手を出すのは危険だったから、代わりに人類を守ってくれる存在を作り出そうとした……んだけど、ヴィネラに『召喚のほうがコスパが良い』って言われて、異世界から元神竜だったジル・ニトラを召喚したんだ」

「マジかよ……」


 淡々と話すルカの言葉を聞いて、俺は大きくため息をついた。


「なんでよりによって、あんなヤバいやつ召喚したんだ……?」

「いや、ボクが当時探した中では一番条件に合ってたんだよ、彼女。『人間が大好き』とか『人間を食べない』とか『人類を守っても良い』とか」

「…………」


 そりゃ世の中には『人間が大好き』な殺人鬼もいるだろうからな……。


「それに彼女が元々いた世界は当時、寿命で崩壊しそうになってたから異世界に転移するのにも乗り気だったしね」

「それ……自分が死にたくないから口からデマカセ言っておまえの召喚に応じたんじゃないのか?」

「それはないよ。全盛期のボクはジル・ニトラの心だって読めたからね。それに召喚の際には彼女にスヴァローグの力で『魂の制約』だって掛けたし」

「それってもしかして」


 ジル・ニトラが言ってた『人を傷つけられない』とか、『千年荒野より向こう側に行けない』とか、そういうヤツか?


「うん、そうだよ。だから彼女はどうやっても『人類』に危害は加えられないんだ。まあ彼女はもとから心底人間が好きだから、そもそも敵対する動機もないし」

「……どうだかな」


 当時はそうだったのかもしれないが、さっきの言いぶりだと今のジル・ニトラはルカでも心が読めないんだろ?


「それはそうだけど、でも目が覚めたあと一回会いに行った時は変わらなそうだったよ」

「それはルカが見てそう思った、ってだけだろ」


 俺からしたら、アイツが腹の中では人類滅亡とか、それに類することを企てていたとしてもまったく違和感はない。

 でなければわざわざフィルにあんな『賭け』みたいなことまで頼まない……って、そういえばそれがあった。


「俺はジル・ニトラのことをまったく信用してない。だからアイツに対する予防線みたいなものを張ったんだが……」

「そうなんだ? ……へぇ、なるほど……その手があったか。すごいこと考えるね」


 俺の考えていることを読んだのか、ルカが感心したように声を上げた。


「別にそうすごいことでもないが、上手くいくかどうかが問題でな」

「そうだね。いくらヴィネラが協力しても、『向こう』が応じるかどうかは別問題だもんね」

「ああ。だが可能性は十分ある」


 だからフィルに頼んだその『計画』をヴィネラにも話したいんだが。


「ヴィネラ、聞いてるんだろ? 話したいことがある。出てきてくれ」

「うん、ボクからもちょっと話したいな。ヴィネラもジル・ニトラのことはそこまで問題視してないだろうけど、でも彼の言う通り予防線を張っておいても損はないんじゃないかな」


 俺のあとに続いてルカがヴィネラに呼びかける。

 そしてヴィネラの応答を二人で待つ。


「…………返事がないな」

「スヴァローグの調整が佳境に入ってるんじゃない? まだまだ帝都に着くまでは時間があるから、そのうちまた話せるよ」

「できる限り早く準備を進めてほしいんだけどな」


 でも返事がないんじゃ仕方がないか。

 こちらはお願いする立場だ。

 下手にしつこくして機嫌を悪くでもされたら困る。


「うん、だね。じゃあ今は先を行こうか。その『計画』に関しても詳しく聞きたいし」

「記憶を読めば良いんじゃないのか?」

「たまに上辺だけ読んで情報を勘違いしてた『読み違い』があったりするからね。答え合わせみたいなものだよ」

「なるほど」


 それなら念入りに打ち合わせはしておいたほうが良いな。

 実行段階においては至極単純な話だから大丈夫だとは思うが、念には念を入れて。


 それから俺はルカと口頭で『計画』の内容を話しながら、帝都に向かって街道を歩き進めていった。




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