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第百六十七話「影武者」

「立ち話もなんだから、座りなよ……って、このイスじゃあキミは座れないか」


 ルカは小屋の中にあった二つのイスのうち、片方に座りながら苦笑した。


「ちょっと待って。大きめのイスを作るよ」

「いや大丈夫だ。床に直接座る」


 俺はそう言いながら床にあぐらをかきながら座った。

 背が高すぎるから座った状態でもルカを見下ろす形なのだ。

 イスには座らないほうがちょうどいい。


 それにルカの能力は消耗も激しいらしいからな。

 これから俺たちがどんな役割を担うのかわからんが、協力者である以上は消耗させないほうが良いだろう。

 消耗が激しいって話自体、本当かどうかはわからんが。


「本当だよ?」

「……考えてることを読まれるってのはやりにくいなぁ」


 もしルカが敵だったら、これもうほとんど詰みだろ。

 隙を見て分子分解、とかやられたら何もできんぞ。


「ああ、分子分解はアニマの密度が高いと通用しないから、心配しなくていいよ。イグナートには絶対に効かないさ」

「そういうもんなのか」


 じゃあいざって時にジル・ニトラやヴィネラを分子分解、とかはできないわけか。


「うん、そういうこと。ヴィネラはそもそも分体が無数にあるみたいだから、ひとり潰したところで意味ないし」

「マジかよ……」


 じゃあどうやったって勝てないじゃんか。


「あはは、勝たなくて良いんだよ。敵じゃないんだから」

「……本当にヴィネラは敵じゃないのか?」


 今まで何回も命を助けてもらっておいてなんだが、最後にサクッと捨てられるのではないかという不安だけは拭い切れない。

 王国でもさんざん暗躍してたっぽいの目撃してるし。


「うーん、どうだろう……ボクが知る限り、ヴィネラって気分屋なところがあるから絶対大丈夫とは言えないけど……でも、ボクは彼女のことを信用してるよ。まあ、まだボクのことを信用し切れないキミにボクが言うのも意味ないかもしれないけど」

「いや、それは……まあそうだな」

「あはは、正直だね」

「考えてることが読まれるんだったら取り繕ってもしょうがないからな」


 それはともかくとして聞かなければならないことが沢山ある。


「そういえば色々と話しの途中だったね。まず大体の予想がついてるって話したヴィネラの目的なんだけど……これはボクの口からは言えない」

「なんでだ?」

「キミの後ろでヴィネラが睨みを利かせてるから」

「っ!?」


 後ろを振り向くと、そこには腕を組んで空中に浮かぶ魔女、ヴィネラがいた。


『イグナート……世の中にはね、知らなくて良いこともあるのよ?』

「わ、わかった……あんたの目的は詮索しない」

『なら良いわ』


 ヴィネラは短いやりとりをしたあと、今朝と同じく再び半透明になって俺の身体の中に入り込んでいった。

 ……これじゃ四六時中ずっと監視されるようなもんだな。


「あはは、大丈夫だよ。多分だけど、ヴィネラの目的はボクたちとか、他の人間が被害を被るような内容じゃないから。別に放っておいても問題ないさ」

「だと良いけどな……」

「それにもし万が一ボクらに被害が出るような目的だったとしても、相手がヴィネラじゃどうしようもないからね。考えたところで無駄さ」


 ルカは爽やかな笑顔でとんでもないことを言った。

 いや確かにそうだけれども。


「ただまったく情報がないんじゃこれから先の行動で困るだろうから、当たり障りない範囲でまずボクとキミの役割だけ伝えておくよ。端的に言うとボクは『カギ』で、キミは『扉を開けておく人』だ」

「扉?」

「うん。本当は当時ボクが……というよりボクのスヴァローグが、その両方の役割を担うはずだったらしいんだけど……色々あって失敗してね」


 ルカは苦笑しながら肩をすくめた。


「まあ結論だけ言うと、ボクのスヴァローグは失敗作だったんだ。この世界においてボクのスヴァローグは当時、限りなく全能に近かったけど……そのエネルギーは無限じゃなかったし、そもそも人間の器に収まり切るようなものじゃなかった。結果、ボクは途中でその力を暴走させて……一度壊れた」

「暴走……」

「あ、もちろんキミのスヴァローグはそういうことにはならないはずだよ。ボクの改良型だからね。その代りボクみたいな『神の力』そのものに近い能力は封印されてるけど、その分ボクより吸収力、成長力、安定性が著しく向上してる」


 サラッと衝撃的なことを言うルカ。


「え、つまり本当は俺もルカみたいに、さっきの分子分解とか食べ物出したり家作ったりとか、大抵のことはできる的な能力があるってことなのか? 封印されてるだけで」

「そのはずだよ」

「…………」


 メッチャ封印解きたいんだが。


「それは……やめておいたほうが良い」

「なんでだ?」

「全能の力は人を狂わせる」

「ルカは狂ってるように見えないが」


 少なくとも今のところは。


「あはは……ボクは一度壊れて、リセットを掛けられたようなものだからね。でもそうは見えないだけで、きっとボクも狂ってるんだと思うよ。でなきゃ何千年も掛けてわざわざ自殺まがいなことしないさ」

「……自殺まがいなこと?」


 何やら不穏な言葉が飛び出してきた。


「うん。……キミはなぜ、異世界から転生してきたボクがこの世界の初代皇帝なんかになったか、わかるかな?」

「そりゃ、スヴァローグの力を持ってたからじゃないのか?」


 あんな風に食べ物出したり家作ったりできるんだったら、初代皇帝どころかそれこそ神様扱いされてもおかしくはないだろう。


「ううん、違うよ。ボクはね……影武者だったんだ。初代皇帝のね」

「…………は?」


 影武者?


「そう。当時、ちょっとしたことでその時あった国の第七王子と仲良くなって、背丈が似てるからって理由でその王子の影武者になってね。それでなんやかんやでその第七王子が初代皇帝になったんだけど……ほら、身代わりのペンダントあったでしょ? まだ最初の頃はスヴァローグの力を上手く使えなかったから、よくアレを使って影武者をやってたんだ。キミと同じように『あの』写真をペンダントに入れてね」

「……つまりおまえは、本当は初代皇帝じゃないってことなのか?」


 じゃあ初対面の自己紹介は嘘じゃんか。


「うーん、嘘って思われるのも心外だなぁ。だってこの肉体はちゃんと初代皇帝のものだし、中身は別人でも初代皇帝歴はアルよりボクのほうがよっぽど長いから、どちらかと言えばボクのほうが限りなく初代皇帝だと思うんだけど」

「いや、色々と意味不明なんだが」


 特に肉体は初代皇帝のものってあたりが謎すぎる。

 脳みそ乗っ取りでもしたのか?


「はは……逆だよ、逆。ボクは初代皇帝を『押し付けられた』んだ。ボクは一度スヴァローグの力が暴走して壊れたって言ったでしょ? その時にアル……もうひとりの初代皇帝がヴィネラに自分の肉体を提供したんだ。勝手にね。おかげでボクは死ねず、アルが残した仕事をやらなきゃいけなくなった」

「おまえ、それは押し付けられたっていうより……」

「押し付けられたんだよ」


 ルカは断言した。


「残されたこっちはたまったもんじゃないよ。本当にいい迷惑だったさ。本当にね。心底うんざりした。せっかくの二度目の人生が台無しだったよ。どれだけ文句を言っても足りない」

「……そうか」

「そうだよ。だから今度はボクが――ああ、ごめん、ちょっと熱くなりすぎたみたいだ」


 気がつくとルカ自身から高熱が放たれており、小屋の中は空気が歪むほどに熱くなっていた。


「熱くなりすぎたって、本当に文字通りだな」

「ボクの能力はイメージが重要というか、本来は想像したことをそのまま具現化するような力だからね。当時はひどかったよ。なまじ出力があって制御も効かなかったから良いことも悪いことも、ちょっと考えただけで現実になったりしてさ」

「うわ……」


 それはカオスだな。

 人間、常に良いことばっかり考えられるかっていえばそんなことはないだろうし。

 しかも特定のことを思い浮かべないように意識すると、逆に思い浮かべちゃったりするんだよな。


「そうそう、そうなんだよ。それがひどくってさぁ……」


 それからルカは当時、自分がどんな風にこの世界へ転生して、どのような経験をしてきたかを語り始めた。

 時に面白おかしく、時に悲痛な面持ちで。


 そして不思議なことに、ルカの話を聞いているうちにまるで俺は自分がルカになってその過去を追体験しているような気にさえなっていた。

 しかも少しの間こうして話を聞いているだけで、まるで十年来の親友の近況を聞いているような気さえしてくる。


 ……なんか俺、ルカに変な能力を使われてるんじゃないだろうな。

 相手は客観的に見て怪しい要素しかないのに、我ながらあまりにも警戒心が薄れ過ぎだ。


「だから、ボクとキミは魂の性質が瓜二つなんだって。自分に警戒心持つ人なんていないでしょ?」

「いや、俺は俺がいきなり出てきたらメッチャ警戒心持つけど」


 それに同族嫌悪って言葉もあるし。


「っていうかそもそも魂が瓜二つって言っても、俺とルカって性格ぜんぜん似てなくないか?」

「魂の性質が似てるからって性格も似るってわけじゃないからね。人間の双子だって見た目は瓜二つでも性格は別だったりするでしょ?」

「そういうレベルの話なのか? ……いや、ちょっと待て、話が脱線しすぎだ」


 なんか色々話しているうちに結構な時間が経ってる気がするぞ。

 雨の音もとっくのとうに止んでるし……先を進まなくても良いのか?


「ああ、大丈夫だよ急がなくても。どっちにしろヴィネラの最終調整が終わらないと先には進めないからね。それにどうしても急がなくちゃいけなくなったら空を飛ぶなり、空間転移するなりすれば良いし」

「ルカって空間転移もできるのか……」

「大抵のことはできるって言ったでしょ?それこそ全盛期は世界で起きる事柄すべてを同時に見通し、死者を蘇生して、時の流れさえ操ったんだよ」

「マジかよ……」


 そこまでか。

 スヴァローグ初代の力って本当に全能だったんだな。

 俺がそんな感想を抱くと、ルカは苦笑しながら言った。


「とはいえ、未来を予知して時の流れを操ってさえ自分の破滅は避けられなかったんだから……結局は全能じゃなかったんだろうね。いや、使う人間の問題だったのかな。早めにスヴァローグ初代の欠陥に気づいてヴィネラに改良を依頼していれば、あるいは……」

「…………」

「……あはは、意味のない仮定はやめておこう。さて」


 ルカはイスから立ち上がると、俺の横を通り過ぎて小屋のドアを開けた。


「急がなくても良いんだけど、ここに留まっている理由もないからね。先に進もうか。話は歩きながらでもできるし」

「ああ、わかった」


 そう返事をして立ち上がったら、俺の頭が天井にぶつかり、そのままぶち抜いた。

 ……言わずもがな、自分の身長と天井の低さを忘れていたためである。










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