第百六十五話「初代と二代目」
目が覚めると、辺りは明るくなっていた。
自分を覆っていた白い糸もなくなっている。
どうやら変身は無事に終わったようだ。
目線も懐かしい人外並みの高さになっている。
「うわ……服が……」
王国大の制服がビリビリに破けて足元に落ちていた。
そういえば着ている服のことをすっかり忘れていた。
代わりの制服は何着かあるから問題はないが、もったいないことをした。
しかし……アレだな。
足元に破け散らばる女学生の制服。
立ち尽くす全裸の大男。
……これ、はたから見たら完全に事案発生だな。
って、そんなこと悠長に考えている場合じゃない。
俺は素早く無限袋の中からイグナート時代の冒険者服を取り出し身に着け、東の空を見上げた。
太陽は王城のやや上あたりに位置している。
まだまだ早朝といった感じだ。太陽が出てからそう時間は経っていないだろう。
しかしヴィネラからは『日の出と共に出発』と言われているから、急がねばならない。
最後に破け散らばった制服を無限袋の中に収納し、俺は王都の北門へと向かった。
○
北門に着くと、そこには門番が二人いるだけで他には誰も見当たらなかった。
これはおかしい。ヴィネラは『北門で協力者が待ってるから』と言っていたはずだが……。
そう思いながら辺りを見回していると、こちらに向かって一人の少年が歩いてきた。
「やあ、遅かったね。待ちくたびれたよ」
俺はその少年に見覚えがあった。
いや、見覚えがあるどころの話じゃない。
「うっわ……話には聞いてたけど、キミってヤバいくらいにデカいね……普通の建物とか入れなさそう」
女だったら高いほうだろうが、男としては低い身長。
中性的な顔立ちをした金髪碧眼の美少年。
平民というには小奇麗で、貴族というにはややラフ過ぎる格好。
そいつは――俺が昨日見た、『ここにいるはずのない人間』だった。
「おまえは……いったい誰なんだ?」
「ああ、ボク? ボクはね……」
少年は小さくうつむき、何処か陰のある表情で笑いながら言った。
「ボクの名は……ユリウス・フラウィウス・ウァレリウス・アルカディウス一世。神聖ルエヴィト帝国の、初代皇帝だよ」
「…………やっぱり、そうか」
俺の見間違いでも、勘違いでもなかった。
コイツは俺がジル・ニトラから身代わりのペンダントを受け取った時に変身する金髪碧眼の少年、そのままの見た目なのだ。
つまりジル・ニトラがペンダントを渡すとき俺に嘘を付いたか、もしくはこの少年が初代皇帝を騙る単なる超絶そっくりさんとかでない限り、コイツは初代皇帝本人ということになる。
前世だったら飛躍したとんでもない発想だが、神竜やら魔女やらが色々と暗躍しているこの世界ではそう考えたほうがしっくりくる。
「やっぱりって……ボクのこと知ってるの?」
「ああ、ちょいと縁があってな」
俺はそう言いながら無限袋から身代わりのペンダントを取り出した。
楕円形の虹色に光る石がはめ込んである、美しいロケット型のペンダントだ。
「この中に……これだな」
「あっ! その写真!」
ロケットを開けて中に入っている初代皇帝の写真を取り出して見せると、少年は驚いたように目を見開いた。
「まだ残ってたんだ!」
「覚えてるのか?」
「もちろん! 懐かしいなぁ……! ちょっと貸してくれる?」
「……はいよ」
特に減るものでもないので素直に差し出す。
少年は写真を受け取ると目を細め、感傷に浸るよう呟いた。
「あぁ……あの頃は楽しかったなぁ……冒険者ギルドを作って、城を改造して……」
「……冒険者ギルドっておまえが作ったのか?」
てっきりジル・ニトラが作ったと思ってた。
確かどっかでそんな風に聞いた気がするし。
「そうだよ。もちろん、実際に動かしたりギルドカードの術式を作ったりしたのはジル・ニトラだけど、一番最初に考えたのはボクさ」
「へえ……そりゃすごいな」
適当に相槌を打ちながら少年をよく観察する。
この得体の知れない自称、初代皇帝は本当に信用できるヤツなのかどうか。
まあ信用できるにせよできないにせよ、ヴィネラが言うなら協力者として今後は付き合わなきゃならないんだけど。
しかしそもそも本人からまだヴィネラが言ってた協力者だとは聞いてないし、まずはそこから確認しなければならないのだが……と、そんなことを考えている間にも少年はこちらの内心などお構いなしに当たり障りない話を続けてきた。
「何もすごくないよ。だって魔王と勇者がいるような世界だったら冒険者ギルドなんて鉄板というか、常識の発想じゃん?」
「まあそれはわかるが……」
……って、いや、え?
「待て、もしかしておまえ……」
「そうだよ」
「いやまだ何も言ってないんだが」
「異世界からの転生者か? って言いたいんでしょ? だからそうだよって」
少年はサラッと衝撃的なことを言ってのけた。
「マジか!?」
「マジマジ。キミと同じ世界の出身じゃないけどね。でも多分、キミの世界と限りなく近いところからの転生だよ」
「限りなく近いところからって……なんでそんなことわかるんだ?」
ヴィネラからの情報か?
「ううん、ヴィネラからの情報じゃないよ。ボク、人の記憶が読めるからさ。だからわかるだけ」
「へえ、人の記憶が読める……」
……マジで?
「マジだよ」
「…………」
アイリスといいコイツといい、この世界、人の心とか記憶とか読めるヤツ多すぎだろ……。
もしかしたら意外とポピュラーな能力なのか?
「いや、ぜんぜんポピュラーじゃないよ。それにそのアイリスって子は普段、アストラル体の『揺らぎ』でなんとなく人の心を読んでるだけでしょ? ボクは普通に人が考えてることや過去の記憶から直接読んでるから、根本からして違う能力だよ」
「もっとタチが悪いじゃねえか」
リアルタイムで過去の記憶も今の考えも読むとか、チートにもほどがある。
「まあね。だからキミがさっき身代わりのペンダントをジル・ニトラから貰った時のことを思い出したり、ボクのことを信用できるか疑ってたりしてたのも全部読んでたよ」
「……そうか」
どうやらコイツは本当に俺が考えていることをまるっと読んでいるようだ。
しかし、そうなるとひとつ疑問が生じる。
「なんで自分からその能力のことを話すのかって?」
「そうそれ」
「それは……キミの過去を読んで、キミなら話しても問題なさそうだってボクが判断したから。最初は話すつもりなんてなかったんだけどね」
「その判断基準がよくわからないんだが……」
俺は人畜無害だとでも思われたのだろうか。
「あはは、そうだね、それもあるけど……何より、キミはボクとすごくよく似てるから」
「……どこがだ?」
まったく似てないと思うぞ。
「見た目とかの話じゃないよ。魂の話さ」
「魂?」
「うん。……さて、先は長いから、ここからは歩きながら話そうか」
少年はそう言いながら北門に向かって歩き出した。
○
ふたりとも北門をくぐり街道に出る。
そして当然のように先を行く少年の後ろをついて歩きながら、俺は話の続きを促した。
「それで、魂が似てるってのはどういうことなんだ?」
「そのままの意味だよ。キミさ、ジル・ニトラから身代わりのペンダントを受け取る時、彼女に『初代皇帝と魂がよく似ている』って言われたでしょ」
「あー……そういえば言われたような気もするな」
確かこの世には同じ顔をした人間が三人はいるって言われるように、そっくりな性質を持つ魂の人間も三人ぐらいはいたりする……みたいな話だったか。
随分前の話だから記憶がおぼろげだが。
「うん、それそれ」
「あ、思い出した。そういえば一番最初に身代わりのペンダントでおまえの姿になった時、なんか妙にしっくりくるなって思ったんだよ」
遠い昔に戻ったような、懐かしいような……そんな感覚になったことを覚えている。
それも魂が似ているからか?
「そうだね……その可能性もありえなくはないけど、それ以上にキミは『二代目』で、キミのスヴァローグにはボクの記憶とか経験とか諸々が受け継がれてるから、そっちの影響じゃないかな」
「……ちょっと待て、色々とわけがわからん」
俺が二代目?
「そうだよ。そしてボクが初代、スヴァローグの宿主。厳密にはボク以前にも以降にも多くの実験型スヴァローグがあったみたいだけど、完成形としてはボクとキミぐらいらしいから、やっぱり初代と二代目っていうのが正しいかな。作った当人のヴィネラは『アナタの』とか『あっちの』とか言ってるから、ちゃんとした名称はないみたいだけど」
「あー、ちょっとよくわからないんだが……それってつまり、俺の中にいるベニタマ……じゃなくてスヴァローグは、もともとおまえの中にいたってことか?」
そして次に俺の中に入ったから二代目、ってこと?
「いや、そうじゃないよ。今もボクの中にスヴァローグはいる。だからボクの初代スヴァローグを元に違うコンセプトで作られたのが、キミの中にいる二代目スヴァローグ、って感じだね」
「ああ、そういうことか」
詳しい事情は一切わからないが、初代と二代目の意味は理解した。
「俺とあんたの関係性については初代と二代目ってことでよくわかったが……結局のところ、スヴァローグってのはいったい何なんだ?」
聞くことは山ほどあるが、まずはそこをハッキリさせておくべきだろう。
「それに関しては、すごく長い話になるんだけど……」
「じゃあひとまず先に結論から頼む。わかりやすく一行で」
「わがままだなぁ」
少年は苦笑すると、こちらに向き直ってから言った。
「スヴァローグはね……人工の『神』――その複製だよ」