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第百六十三話「可能性」

「イグナートさん! 逃げないでください!」


 逃げる俺をフィルが全力で追い掛けてくる。

 本当なら身体能力にものを言わせてガチで走って距離を取るか、前回みたく風魔法でこの場を離脱するなどして逃げたいのだが、それらを実行するにはいかんせん人目が多すぎる。


 まあ勇者であるフィルに追いつかれないほどの速度で走ってる時点で、もはや色々と手遅れな気はするが……もう少しだけ現状維持して、それから全力を出すことにしよう。


「もーー!! なんで逃げるんですか!?」

「なんでって……」


 走って逃げながらフィルの言葉にふと考える。

 ……よくよく考えたら俺、特に明確な理由があって逃げてるわけじゃないな。

 もともとは『厄介事に巻き込まれそう』って理由で避けてただけだし。


 そう考えると……さっきみたいにフィルと手を繋いだところを多数の人間に目撃されるのは論外だが、人気のないところで話をするぐらいは問題ないか?

 このままだとちゃんと話をするまでいつまでも追い掛け回されそうだしな。


「……わかった! 逃げないからもう変なことはするなよ!

「そう言ってまた逃げるつもりなんでしょ!?」

「逃げないって! 人気のないところで話すから!」


 俺は走りながらそう言って、寮の方へと向かった。

 そして自室のドア前にたどり着くと、周囲にフィル以外の人間がいないことを確認してから寮の屋根へと跳躍した。

 それから屋根の中ほどまで移動すると、当然のように跳躍してついてきていたフィルに向き直った。


「それで……なんでおまえは俺のことを追っ掛け回すんだ?」

「なっ……!? それはこっちのセリフですよ! なんでイグナートさんはボクから逃げるんですか!?」


 フィルが憤慨したように詰め寄ってくる。


「それは……厄介事に巻き込まれたくないから」

「なんで厄介事に巻き込まれる前提なんですか!? 巻き込みませんよ!」

「おまえ今さっき自分がやった行動は厄介事じゃないっていう認識なのか?」


 勇者に公衆の面前で手を恋人繋ぎされるとか、厄介事じゃなかったらなんだってんだよ。

 もとから変な噂が色々と立ってる俺でもさすがにアレは看過できないぞ。


「あ、あれは……そんな、イグナートさんがそこまで嫌がると思わなくって……ごめんなさい」


 フィルは明らかに落ち込んだ様子で謝罪しながら、生真面目に頭を下げた。

 ……ちょっとキツく言い過ぎたか。


「あー……こっちの姿の時は色々と他にしがらみがあってな。あんまり目立ちたくはないんだ。別に、元の姿だったら手ぐらいいくらでも繋いでやるんだけどな」


 元の姿ではさんざん悪目立ちしてるし。

 まあ『強欲のイグナート』状態時の手はフィルの手より何十倍も大きいから、繋ぐっていうより掴むって感じになるだろうけど。


「そうなんですか? ……わかりました! じゃあイグナートさんと手を繋ぐのは、元の姿の時だけにしますね!」

「お、おう……」


 しかしそれ、はたから見ると男同士で手を繋いでる気持ち悪い絵面になるんじゃないか?

 俺から見たらフィルは美少女だから別に構いやしないっていうか、むしろ嬉しいぐらいなんだが。


「まあそれはいいとして……これだけ追っ掛け回すってことは、何か俺に用事でもあるのか?」

「え? いえ、特にこれといった用事はありませんが……?」


 キョトンとした顔で首を傾げるフィル。


「は? 何もないのか? じゃあなんで俺を追っ掛け回したんだよ」

「それは……だって、久しぶりの再会なのにイグナートさんが逃げるから……」

「…………」


 マジか。

 じゃあ俺が最初から普通に話してれば、こんな騒ぎになることもなかったって感じなのか。


 くっ……俺としたことが、厄介事を事前に回避しようとして逆に厄介事を生み出してしまうとは……。

 そんな風に頭を抱えていると、屋根の下から赤髪少年レオの声が聞こえてきた。

 フィルも当然聞き取れたようで、その表情が訝しげなものに変わった。


「なんか聞こえてきますね」

「……多分あの声、俺の知り合いだ。ちょっと待っててくれ」


 そう言って屋根の端まで歩き下を覗き込んでみると、レオが寮のドアを叩きながら控えめな声で俺を呼んでいた。


「先生ー、おーい、先生ー……」

「……なにやってるんですかあなたは」

「っ!?」


 屋根の上から声を掛けると、レオはギョッとした顔でこちらを見上げた。


「なっ……先生、なんで屋根の上に?」

「色々とありまして。それで、あなたはなぜこんなところに?」


 今の時間帯は人がほぼ居ないとはいえ、ここ男子禁制だぞ。


「いや、なんか噂で先生が勇者と仲良さそうに手を繋いでたって聞いて……目撃情報を辿ったらこっち方面だったから、もしかしたら寮に居るかなーと……」

「…………」


 もうこれ……完全にストーカーだよなコイツ……。

 当初はまだ微笑ましいと言えたが、ここまでくるともう完全にアウトだ。

 早急に対策をしなくてはならない。


 うーん……とはいえ、どうすればいいんだろうな。

 地味に根性あるんだよな、レオって。

 半ば俺が鍛え上げた結果ではあるんだが。


「な、なぁ先生……先生と勇者が恋人同士だって噂、まさかホントじゃないよな?」


 レオが不安そうな顔で聞いてくる。

 ここでピンときた。そうだ。

 フィルが俺を利用したように、俺だってフィルを利用すればいい。


「いえ、ホントですよ」

「だ、だよなぁ! そんなはず……えぇ!?」

「実は勇者と私は幼い頃から接点がありまして。ここ最近はしばらく離れていましたが、以前まではずっと一緒でした」

「ず、ずっと……一緒?」


 レオはゴクリ、と喉を鳴らした。

 どんな想像をしているのかはわからないが、まさか『以前までずっと一緒でした』の『以前』が魔王討伐の旅をしている時期だとは思いもしないだろうな。


「そ、そんな……ウソだ……」

「信じ難いのもわかりますが、これは――」

「ホントだよ」


 話の途中で後ろからフィルがやってきて、言葉を続ける。


「ボクと彼女はすごく深い仲でね。もう何年も前の話だけど、意見の衝突からお互い刃物で刺し合ったことだってあるんだよ」

「ゆ、勇者さまと刃物で刺し合い!?」


 レオが顔を青くして後ずさる。

 そりゃそうだよな。刃物で刺し合いってどんなヤンデレカップルだよ。怖すぎるわ。

 実際は当時『刺し合った』というより、ガチンコバトルの末にフィルが俺を『刺した』が正解だったと思うが。


「そうだよ。ボクたちは結構、過激なところがあってね。……ところでキミ、彼女に付きまとってるんだって? それは良くないなぁ」


 フィルはニッコリと笑いながら手のひらを頭上に掲げると、これ見よがしに雷球を生み出した。

 手のひらの上に浮かんだ雷球がバチバチと放電しながら、徐々に大きくなっていく。


「しつこいファンは良くない。良くないよ。本当に良くない。迷惑だよ」

「あ、ああああのっ、ゆ、勇者さま?」

「ボクそういうの好きじゃないな。好きじゃない。嫌いかも。むしろ目障りかな。魔族と同じぐらい。もしかすると魔族の斥候なのかも? だったら消し炭にしちゃっても良いかな?」


 フィルが雷球を更に激しく放電させると、レオは顔を恐怖に染め上げ、思い切り回れ右して逃げ出した。


「ししししし失礼しましたぁああぁああああ!!!!」


 寮からダッシュで離れていくレオ見て、フィルがにこやかに手を振る。


「もう来なくて良いからね~」

「……やりすぎじゃないか?」

「え、でもイグナートさん迷惑してたんですよね?」

「まあ……」


 それはそうだけど。


「じゃあ良いじゃないですか。それにこれぐらいしないと諦めませんよ。特に男のファンは」

「なんか経験あるみたいな言い方だな。……まさか、しつこい男のファンもいるのか?」

「いますよー結構。意味わかんないですよね。ボクは男って認識されてるはずなのに……勇者のネームバリューはすごいですよねぇ」


 フィルはそう言いながらため息をついた。

 ……色々な趣味の人がいるからな。

 もちろん勇者のネームバリューが強いのは間違いないんだろうが。


「そういえばフィルってお忍びで王国に来たのか?」

「え? 違いますよ。なぜですか?」

「いや、なんか勇者が来るってなったら普通、もうちょい前から噂になるんじゃないかって思ったんだが」


 俺が噂を聞いた時にはすでにフィルは到着しているという話だった。


「フフ……急に来てて驚きました? 実はですね、転移魔法陣を使わせてもらったんですよ」

「転移魔法陣?」

「ほら、千年荒野で使った魔法陣があったじゃないですか。あーゆーのですよ」

「……ああ!」


 スラシュがジル・ニトラ直伝の転移魔法陣を描いたが、欠陥があって地脈とやらのエネルギーが吸い取れず、最終的に俺が死にそうになるまでアニマを供給することになったアレか!


「アレ、まだ動いてたのか?」

「まだ動いてたっていうか、すごい活用されてますよ? なんでも最初にパスが繋がれば比較的あとはアニマを通しやすいみたいなので、今は近くの地脈を繋げて動かしてるみたいです。千年荒野付近には獣人の村とかもありますし、今後もずっと使われるんじゃないでしょうか。まあ今回ボクが使ったのは千年荒野付近の転移魔法陣じゃなくて、帝国にあるやつですけど」

「帝国にもあるのか」


 それは反則的に便利だな。

 青い猫型ロボット定番のドア型道具並に需要が高そうだ。


「それって誰でも使えるのか?」

「許可証がないとダメですね。一般公開はされてません」

「ってことは許可証があれば転移魔法陣自体は誰でも使えるのか?」

「だと思いますよ。アニマとか全然ない商人とか使ってるみたいですし」

「なるほど」


 それならもしヴィネラやジル・ニトラの陰謀っぽいものに巻き込まれても、いざとなれば王国に転移魔法陣で逃げ帰るのもアリだな。

 ……問題は逃げ帰ること自体が阻止されないかどうかではあるんだけど。


「イグナートさん転移魔法陣を使いたいんですか?」

「ああ、いざという時のために……」


 そこまで言ってふと、黒き星やアイリスたちが準備している巨大魔法陣のことを思い出した。


「なぁ、フィルって黒き星のこと……知ってるか?」

「黒き星? あれのことですか?」


 フィルは雲ひとつない青い空を指差しながら言った。

 ……俺には何も見えない。


「最近出てきましたよね、あの星。昼間でも見えるので不思議だなぁって思ってたんですけど……イグナートさん、あの星がなんなのか知ってるんですか?」

「あれは……」


 一瞬、内容が内容なので続きを話すことに躊躇したが、結局俺はフィルにすべてを話すことにした。


 黒き星がこの世界を飲み込もうとしていること。

 魔術師ギルドが巨大魔法陣を大陸の各地に用意して、黒き星に対策を練っていること。

 それにはジル・ニトラが関わっていること。

 そして俺は……ジル・ニトラのことがいまいち信用できないこと。


 フィルは俺の言葉を与太話だと片付けはせず、驚きながらも真剣に話を聞いてくれた。


「イグナートさんはなぜ、ジル・ニトラさまのことが信用できないんですか?」

「それは……」


 俺は以前、ジル・ニトラが語ったことをフィルに話した。


 魔王ゼタルは昔、勇者として自ら守ってきた人類に裏切られ、皇帝に妻と娘を人質に取られて殺され、ジル・ニトラはそれを見殺しにした。

 そして、それを俺にとても『楽しそうに』語った。


「あいつは言ったよ。私は『人類の守護竜』で、『人間の守護竜』じゃないと。人間という『種』が守れればそれでいい。人間一個人がどうなろうと私の知ったことではない――ってな」

「ジル・ニトラさまがそんなことを……」

「あいつは『人類の守護竜』とか言ってるが、間違いなく『人間の味方』じゃない」


 下手すれば人間が世界であと残り数人になっても『人類は生き残っているから問題ない』とでも言いそうな気がする。

 だから今回ヤツが言った『何も悪さはしていない』という言葉がどうしても信じられないのだ。


「そうなんですか……ボクは正直、ジル・ニトラさまとそこまで親しくはありません。なので全面的にイグナートさんの言葉を信じたいと思います。イグナートさんがそんなウソをつくはずありませんし」

「フィル……」

「それでは、一緒にジル・ニトラさまのところに行きましょう!」

「……え?」


 なぜに?


「ジル・ニトラさまを問い詰めて、真実を明らかにするんです!」

「あー……それ、『悪さしてる』って白状したら?」

「成敗します!」

「白状しなかったら?」

「問題なしです!」


 フィルはニコニコしながら元気よく言った。


「あ、でも『問題なし』っていうのは一時的な意味で、何かあったら成敗しに行きますよ?」

「……誰が?」

「それはもちろん、ボクとイグナートさんが」


 当然じゃないですかー、と笑いながらフィルは俺の背中をバンバン叩いた。

 背中メッチャ痛い。


「え……フィルって忙しいんじゃないのか? 勇者なんだから」

「今までは忙しかったんですけど、ボク今ちょうど各国を挨拶回りして帰ってきたところで、しばらくはお休みなんです。とはいえ今までお休みなんてずっとなかったし、いざ自由になると何やったらいいのかわからないので、特に予定もなくて……だから悪党を成敗しに行くならいつでも付き合えますよ! 一ヶ月ぐらいは!」

「あー、なるほどな……うーん……その提案はとてもありがたいんだが……」


 正直、俺とフィルの二人がかりでもジル・ニトラは倒せるかどうか微妙だ。

 全力で不意をつけばチャンスはあるかもしれないが、戦力的には足りない気がする。


 色々と何をしてくるか得体が知れない上に、ヤツにはあの戦女神ディナスの剣を真正面から片腕で止めるほどの防御力がある。

 戦力はいくらあっても足りないだろう。


 そういえばディナスのヤツ、今頃どうしてるんだろうか。

 魔王ゼタルが召喚した邪神とやらにバルドと一緒に飲み込まれて以来、まったく見ていない。


 まさか死んだのだろうか?

 ……いや、ないな。あいつは不死身だ。


「ったく、戦力になってほしい時に限っていないとか……役に立たねえ不死身だよな……」

「なんのことですか?」

「ああいや、ディナスのヤツがいたら、助太刀を頼もうと思っただけで……」


 そこまで言ってハッと気がついた。

 もしかすると『ありえる』かもしれない、ひとつの可能性に。


「イグナートさん?」

「……フィル、おまえに頼みたいことができた」


 ジル・ニトラの思惑とヴィネラの目的。

 俺の中にいるベニタマ、黒き星と巨大魔法陣、そしてこの世界の行く末。

 今のところわからないことだらけだが、ひとつだけハッキリしていることがある。


 ――俺はこの世界を失いたくはない。


「場合によっては命の危険があるかもしれないが……聞いてくれるか?」

「フフ……イグナートさん、ボクは勇者ですよ?」


 フィルは堂々と胸を張りながら答えた。


「任せてください。成し遂げてみせますとも」

「……まだ内容は言ってないんだけどな」


 思わず苦笑する。だが頼もしい。

 俺は魔女ヴィネラのことを説明したあと、『ありえる』かもしれないひとつの可能性と、それを実現するための計画をフィルに伝えた。










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