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第百六十二話「勇者の彼女」

 態度を急変させたジル・ニトラを見て、俺は背筋が凍った。

 これはマズい。対応を間違えた。

 嫌な予感とかそういうレベルじゃない。

 このままだと間違いなくバッドエンド直行だ。


「ま……待て待て、待ってくれ、絶対に無理ってのは言いすぎだった」

「……ほう?」

「実は今、ヴィネラのヤツに呼び出しをくらってて……いや、正確には『もうそろそろ呼び出す』って言われててだな」


 俺の言葉にジル・ニトラの眉がやや興味深そうにつり上がる。


「ふむ……ヴィネラに……?」

「そうなんだ。俺、アイツには命を握られててな、どうしようもないんだよ。だから今はその、あんたの頼み事は受けられないってだけで」


 ジル・ニトラの機嫌を損ねないよう丁寧に説明する。

 コイツのことは好きじゃないが、できることなら敵に回したくはない。

 真正面からの力技では倒せなさそうな気がするし、もし倒せたとしてもコイツは実質的な帝国の最高権力者だ。

 敵対したら俺とその関係者全員が追われる立場になりかねない。


「だから、ヴィネラの用事が終わったらあんたの頼み事は引き受けるから、今はだけは勘弁してくれないか?」

「……ふむ」

「ヴィネラの用事が終わったらすぐ連絡するから、な?」


 なんとか妥協してもらえるよう下手に出て一生懸命、説得する。

 そんな俺の姿勢が功を成したのか、ジル・ニトラはフッと小さく笑って答えた。


「まあ……いいだろう。『創世の魔女』がどのような形で事を成すのか、興味はある。今回は引き下がろう」

「お……おお! そうか!」

「ただし、その用事が終わったらちゃんと、すぐに連絡してくれたまえよ?」

「ああ、もちろんだ」


 ジル・ニトラの引き下がる宣言にホッと一息つきながらイスに深く座り込む。

 ……表面的にはタメ口での交渉だが、内心はぶっちゃけ命乞いをしているような気分だった。

 実際、あのまま俺が理由も説明せずにただ突っぱねてたら、次の瞬間バッドエンドになっていてもおかしくないような雰囲気だったからな。


「あー……ちなみに、あんたさっき『あるもの』を取ってきてほしいって言ってたけど、なんのことだったんだ?」

「気になるか?」

「そりゃもちろん」


 命に関わるような危険なブツを取りに行くって話だったら、対策を練っておかないとだし。


「フフ、キミが何を考えているのか手に取るようにわかるな。安心したまえ。危険なものを取りに行かせるわけではないよ」

「本当か? だったら最初から自分で取りに行けばいいんじゃないか?」

「それができたらキミにこうして頼みはしないさ。私は初代皇帝との間で交わしたいくつかの古い盟約に縛られていてね。その中のひとつに『帝国の地下迷宮に立ち入らない』というものがあるんだ。そして今回取ってきてほしい『あるもの』はその地下迷宮にある、というわけさ」


 俺が頼み事を拒否した直後とは打って変わって、ジル・ニトラは機嫌よさそうに語った。


「それにキミ以外の人間でもダメなんだよ。というより、キミ以外の人間にもかなりの人数に依頼したんだが……誰ひとりとして帰ってこなくてね」

「おい」


 それダメなやつじゃん。

 なにが『危険なものを取りに行かせるわけではない』だよ。

 取りに行く『もの』自体が危険じゃなくても、道中が危険だったら意味ないんだっての。


「ハハ、大丈夫だよ。帝国の地下迷宮はそれなりに罠や魔物がひしめいているが、キミほどの傑物であればまったく問題はない。キミが前に行った『渇望の地下迷宮』より少しだけ難易度が高いぐらいさ」

「なんで俺が行った地下迷宮のこと知ってるんだ……?」

「キミのことはなんでも知っている……とまではいかないまでも、大体のことは知っているさ。キミのことは気に入っていると言っただろう?」


 ジル・ニトラはどこか不穏な雰囲気を感じさせる笑みを浮かべながら言った。


「もちろん……キミがシルヴェストル伯爵家の養子になったことも、知っているよ」

「……っ!」

「おっと、それに関しては報告で聞いただけだったが……どうやらその様子だと、随分とあの夫婦に入れ込んでいるみたいだね? ふむ……では、今度からあの夫婦を交渉材料にしようかな? そうしたら随分とやりやすそう――」

「――やめておけ」


 努めて冷静に言う。


「それをすれば俺は完全にあんたの敵に回る。やりやすくはならない」

「ほう? それは試してみなければわからないと思うが?」

「試してみるか?」


 その時は俺も覚悟を決めざるを得ない。


「フフ……冗談だよ。私もキミを敵に回したくはない」


 ジル・ニトラはそう言いながら指を鳴らした。

 すると周囲の景色が再び一変し、俺とジル・ニトラは元いた校舎前に移動していた。


「さて、私の話は終わりだ。次は勇者と話すがいい。……連絡を待っているよ、イグナート」


 そしてジル・ニトラはニヤリと笑ってからこちらに背を向け、その場から立ち去っていった。


「あ、イグナートさん! 今までどこに行ってたんですか!?」

「さぁ……?」


 こちらに近寄ってきたフィルに対し、肩をすくめて返答する。

 どこに行ってたのかは俺にもわからん。


「さぁって……」

「そんなことより場所を移そうぜ。ここだと目立ってしょうがない」


 俺はそう言いながら周囲を見回した。

 もう講義などが始まっている時間であるはずなのに、大勢の生徒たちが俺とフィルを取り囲んで見ている。


 いつの間にか現れていた複数の教員たちが生徒たちを抑え、散らそうとしているが……このままだと埒が明かないだろう。

 こんなところじゃ落ち着いて話もできない。

 そんなことを考えていると、近くで呆然としていたミランダ先生がぷるぷると震えながら何かをブツブツ呟いていた。


「ゆ、ゆゆゆ勇者さまに、たたたタメ口、ししししかも男口調で……はわわわわわわわ……」

「…………」


 俺は死ぬほどテンパってるミランダ先生に取りあえず無言で治癒魔法を掛けたあと、生徒包囲網の薄そうな部分を目指してスタスタ歩き始めた。


「ちょっとイグナートさん! 待ってください!」

「待たぬ」


 こちらの腕を掴もうとしてくるフィルの手を自然な動作で避ける。

 コイツ……自分がどんな立場かわかってるんだろうか。

 気軽に腕とか掴もうとするなよマジで。頼むから。


「……えいっ!」

「はぐっ!?」


 突然、背中に電気が走って変な声が出た。

 いや比喩じゃない。マジで電気が走った。

 フィル……コイツ、至近距離から雷撃食らわせやがったな……!


「なに考えて……!」

「これで逃げられませんよ」


 そう言ってニッコリと笑うフィルの右手には、俺の左手が握られていた。

 しかもこう、指と指を交互に組み合わせる、言わば恋人繋ぎというやつだ。

 次の瞬間、周囲の女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。

 直後、俺はあまりにもフィルの思考が理解できなくて、普通に質問してしまった。


「フィルって……バカなの?」

「ひどいこと言いますねイグナートさん……ちなみになぜですか?」

「いやだって、こんなことしたら常識的に考えて、周りにどんな風に見られるかって……」

「え? どんな風に見られるんですか?」


 フィルはポカン、とした顔で首を傾げた。

 コイツ、マジで言ってるのか?

 一瞬そう思ったが、いや待てよ、と考え直す。


 ……よくよく考えたらフィルって、五歳ぐらいから勇者やってるんだっけ。

 そして戦闘訓練、修業三昧の毎日を経て、すぐさま魔王討伐に出発。

 それからは魔物を倒して、サバイバルして、魔物を倒して、サバイバルして……ああ、なるほど。


「ただ単にマジで常識がないだけか……なんか逆にすまん」

「よくわからないけど、失礼なことを言われてることだけはわかります」


 俺は憤慨している様子のフィルに小声で重大なことを伝えた。


「あのな……フィルは今、男として周囲から見られているわけだろ?」

「そうですね」

「んで俺は今、不本意なことに女として周りからは見えるわけだが……男女がこーゆー手の繋ぎ方をしてるとな、恋人同士だと思われてしまうんだよ、不思議なことに」

「ああ、そうでしょうね」

「そう、そうなんだよ……うん?」


 ……そうでしょうね?


「あはは、さすがのボクもそこまで世間知らずじゃないですよ。さっきはわざと惚けてみただけです」

「……はい?」


 ではなぜこんなことを。

 そう俺が口を開く前に、フィルは嬉々として話し始めた。


「いやー、実はもう女の子のファンが面倒で面倒で。他の国でもそうですけど、この国だとより一層追い掛け回されるんですよ。だからイグナートさんがボクの恋人って噂が立つんだったら、それはそれで追っ掛けが減って助かるかなーって思いまして」


 フィルは爽やかに笑いながら言った。


「それに他の人だったらともかく、イグナートさんだったらボクの正体も知ってるから変なことにならないでしょうし、強いからファンの子たちが何しても危なくないでしょ?」

「…………は?」


 いや、そういう問題じゃないだろ。

 なに言ってんの?

 え、この子なに言ってんの?(二回目)

 人にメチャクチャ迷惑が掛かることわかっててこの笑顔……サイコパスなのかな?

 いや、単にそこまで重大だと思ってないだけか?


「どっちにしろ付き合ってられん……」

「いいじゃないですか、ちょっとぐらい。自分で言うのもなんですけど、勇者の彼女って結構自慢できると思いますよ?」


 ニコニコと笑いながら繋いだ手を楽しそうに振る勇者フィル。

 何がそんなに楽しいのかは一切不明。

 俺にとっては何も自慢できない。

 むしろ切腹モノの恥である。

 ゆえに俺は報復として、繋いだ手のひらからフィルに対し雷撃を食らわせた。


「うわっ!?」

「さらば」


 そして雷撃で怯んだ隙に手をほどき、俺はその場からダッシュで駆け出し逃げていった。










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