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第百六十話「入ってます」

「…………」

「入ってます」

「あ……うん」

「なので、他をあたってください」


 俺はそう言いながら黄色髪のショートカットな少女、勇者フィルからタルの蓋を取り返した。

 そしてフィルが呆然としている隙にその蓋を自分が入ってるタルに被せる。


「え……あ……ど、どうしよう、他に空いてるタルはっ!?」


 フィルが慌てたように言いながら、パカパカと他のタルを開ける音が聞こえてくる。

 何をそんなに慌てているんだか知らないが、早くどっか行ってくれないかな……。


「あぁ、やっぱりここしかない! ごめん! ボクも入れて!」

「はい!? ちょ、ちょっと!?」


 いきなりフィルが俺の入っているタルの中に突入してきた。


「ごめん! ホントごめん! でも他が空いてなくって!」

「いやいや無理です! 絶対無理ですから! いくらなんでもこれ以上は入らないです!」

「大丈夫大丈夫! 多分きっといける! ほら、ボクがこうして後ろに回れば……!」

「ちょ……やめっ……ちょっと! どこ触ってんですか!?」


 フィルは強引に俺の背後に回って両足を開いた。

 そして両足で俺を挟み込むような形で無理やりタルの中におさまると、そのまま素早く蓋を閉めた。


「ごめん、ごめんね! 少しだけ、ほんの少しの間だけだから!」

「狭い! 痛い! 足が折れっ……むぐっ!?」

「お願い! 見つかっちゃうからちょっとだけ黙ってて!」


 フィルはそう言いながら俺の口を手で塞いできた。

 誰に見つかっちゃうのかは知らないが、俺もこの状況で誰かに見つかったら色々と困るため、仕方なく押し黙る。

 すると数秒後、『勇者さま~!!』という黄色い歓声と共に裏路地を慌ただしく駆け抜けていく足音が聞こえてきた。


 ……なるほど、なんとなく状況が掴めてきた。

 コイツ女のファンに追っかけ回されてるんだな。


「ねぇ、ここらへんにあるタル、なんか怪しくない?」


 裏路地を駆ける足音のひとつが、ちょうど俺とフィルが入っているタルの前で立ち止まって言った。

 おいおい、どんな勘の良さだよ。

 いくらなんでもピンポイントすぎるだろ。


「ハァ!? 勇者さまがそんな汚いタルの中に入ってるわけないでしょ!? アナタ勇者さまをバカにしてるの!?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「ならくだらないこと言わないで! 早く手分けして探すわよ!」

「わかったよ……ゴメンって……」


 そんな感じで、強気な少女と勘の良い少女はタルの前から去っていった。

 そして裏路地から人の気配がすべて消えるのを察知した俺は、ぎゅうぎゅう詰めなタルの中でゆっくりと立ち上がった。


 危なかった……強気そうな少女が盲目的で救われたな。

 勘の良い少女はドンマイ。


「あ、あの……ごめん! ボクは、その、怪しい者ではなくって……」

「勇者さま、でしょう?」


 慌てて弁解しようとするフィルの前で、俺は手のひらでパンパンと着ている制服の埃を払った。


「え、どうしてそれを……」

「今さっき追いかけてる子たちが言ってたじゃないですか。『勇者さま~』って」

「あ……あはは、そういえばそうだったね!」


 フィルは今気がついた、という風に笑いながら言った。

 コイツに会うのは随分と久しぶりだが、相変わらずの天然っぷりだ。

 ……それにしても、なんというか、アレだな。

 中身はともかくとして、身体はかなり成長しているっぽい。


「うん? どうしたの?」

「いえ……なんでもありません」


 フィルから目を逸らして答える。

 タルの中ではあまりにもギュウギュウ詰めで逆に気がつかなかったが、フィルのやつ、胸もかなり成長している。

 これでなぜあれだけ熱狂的な女性ファンが沢山いるのだろうか。

 昔ならまだ中性的だったからわからなくもないが、今は完全に見た感じ女なんだが……謎である。


「あの……さっきはホントにごめんね! 一緒のタルに無理やり入っちゃって、匿ってもらう感じになっちゃって……」

「……本当に無理やりでしたね」

「ご、ごめん! そうだ! 何か食べたいものとかある? お詫びに何か、ご飯でも……」

「いえ、結構です」


 そういうのいらないです。

 っていうかお詫びにご飯とか、ナンパかよ。


「いや、でも……」

「かなりキツくはありましたが、所詮は一緒のタルに入っただけですし。男女だったらともかく、女同士ですし。大したことではありません」

「……え?」


 フィルが驚いたように目を見開きながら言った。


「キミ……ボクが女に見えるの?」

「はい? どこからどう見ても女にしか見えませんが……」

「…………ボクさ、女だって『見破られた』こと、今まで二回しかないんだ」


 フィルはそう言いながら首の鎖を持ち上げ、服で隠れていた胸元から藍色に輝くペンダントを取り出した。

 いつだったか、フィルが親の形見と言っていたペンダントだ。


「これ親の形見なんだけど、実はアーティファクトでもあってね。装備している人間を周囲に『男性』だって認識させる効果があるんだ」

「……は、い?」


 ちょっと待て。

 なんだそれは。初めて聞いたぞ。


「これが効かなかったのは今までジル・ニトラさまと、あともうひとりだけ」

「…………」

「そのもうひとりがどうも最近、行方不明らしくて……まーた前みたくアーティファクトで姿を変えてるのかなぁって、予想してたんだけど……」

「なんの話かまったくわかりませんね。ちなみに私は用事があるので、失礼します」


 話をぶった切って踵を返す。

 しかし、ガシッと腕を捕まれ止められた。


「なんで逃げるのかな……イグナートさん?」

「人違いです。離してください」

「もうね、前の時も言いましたけど! ところどころ仕草が被ってるし、目線とか雰囲気とかでわかるんですってば!」


 フィルはガッシリと俺の腕を掴んでそう言った。

 どうやら確信を持っているようだ。

 言い逃れはできないらしい。


「……仕方がない。これだけは使いたくなかったが」

「なんですか? 観念してください」


 ジト目で見てくるフィルの前で大きく深呼吸をする。

 そして……超高速で腕を振りほどく!(力技)

 それから縮地を使い一瞬で距離を取り、即行で風魔法を使い空へ飛び立つ!


 下からフィルの叫ぶ声が聞こえるが気にしない!

 雲を突き抜けどこまでも高く飛び上がる!


「…………ふぅ」


 そこそこ高度を稼いだところで止まり、一息つく。

 さすがの勇者さまでも、空の上までは追ってこないようだ。


「……帰るか」


 なんだかドッと疲れた。

 俺は人目を避けながら街の外れへと降り立ち、そこからは徒歩で寮へと帰っていった。





翌日の朝。

周囲にフィルのアニマがないか気配を探りながら準備を整え、さあ登校しようかと寮のドアを開けたその時。

ゴンッ、とドアに何かがぶつかる音がした。


「お、おはよう、ございます、ミコトさん」


ドアの向こうには黒髪を頭でまとめたメガネの女性、王国大の教師であるミランダ先生がいた。

急いでいたのか肩で息をしている。

ドアに頭をぶつけたのだろう、おでこが赤い。


「おはようございます、ミランダ先生」

「ミコトさん、今すぐ来てください。緊急事態です」


朝の挨拶もそこそこに、ミランダ先生は俺の手を取って歩き出した。










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