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第百五十九話「タル」

「迎え、か……」


 苦々しく呟きながら寮の自室へ戻ると、二段ベッドの下段に栗色のウェーブがかった長髪の少女、モニカが見えた。


「……モニカ? 寝てるんですか?」


 なぜか枕に顔を押しつけながらベッドでうつ伏せになっているモニカに声を掛けるも、返答はない。

 セーラから届いた手紙の内容を秘密にしていた件で拗ねているのだろうか。

 それとも単に二度寝だろうか。

 ……今日は休日だし、時間帯的にもまだ朝と言えるし、二度寝の可能性もあるな。

 寝てるのを起こすのは悪いから放っておくか。

 一応、一回声は掛けたし。


 そんなことを考えながら二段ベッドの脇にある自分の机に向かう。

 今さっきヴィネラに再度言われて気がついたことだが、そのうち俺に迎えがくるということは、このまま大学に通うことはできないわけで。

 つまりは色々と準備しておかなきゃいけない。

 具体的には長期休学の準備とか、伯爵と夫人に出す手紙とか。


「さて、と」


 椅子に座って背伸びをする。

 伯爵と夫人とは普段から手紙のやり取りをしているため、便箋と封筒はある。

 あとは内容を書くだけだ。


「心配するだろうな……」


 やむを得ない事情があり長期休学します、という内容の手紙を書きつつ、これから先のことを考える。

 いったいヴィネラにこれから何をさせられるかわからないが、今の姿のままで『それ』をやるのはマズい。

 場合によっては伯爵と夫人に迷惑が掛かる。

 それどころか、二人に危険が及ぶ可能性すらあるかもしれない。

 変身後一年間のインターバルはかなり痛いが、その時がきたら一度『真実の指輪』を使って元の姿に戻らなければ。


「…………あ」


 そういえば、もうそろそろ大学の学園祭でアイリスをエスコートする約束があった。

 ヴィネラの言う『そのうち』がいつ頃かはわからないが、もしかするとアイリスとの約束は守れないかもしれない。

 事前にアイリスと会えるなら直接謝って次の機会にと伝えるんだが、アイツは神出鬼没だからな。

 ……仕方ない。それも手紙で書いておくとしよう。


 そんな感じでサラサラと二通の手紙を書いた。

 一枚は伯爵と夫人宛てで、もう一枚はアイリス宛てだ。

 しかし、伯爵と夫人宛ては冒険者ギルドの郵便サービスに出しておけばいいが、アイリスの住所はわからないな……困った。


「いや、モニカに頼めばいいか」


 どうせアイリスも学園祭には現れるだろうから、その時にモニカから渡してもらおう。


「ミーコートー……」


「あ、モニカ、起きたんですか。ちょうどよかった。実は頼みたいことがあって」


「さんざん放置しておいてシレッと頼み事とか……もうミコトなんて知らないんだからぁぁぁ!!」


「ちょ、モニカ!?」


 モニカは泣きながら部屋を飛び出して行った。

 そのあと俺は即行で彼女に追いつき、なんとか頼み込んでモニカからアイリスに例の手紙を渡してもらうことを約束した。

 報酬は今からモニカにホットアイスを奢ること。

 ……相変わらずチョロいモニカだった。




 ○




 翌日。

 普通に大学へ行き一通り講義を受けてから、さあ帰ろうと校舎を出たところ、赤髪の少年が目の前に現れた。

 ヘタレ系貴族少年のレオだ。

 ……いや、そういえばコイツは過酷な試練を乗り越えたから、もうヘタレとは言えないな。


「先生、久しぶり」


「誰ですかあなたは。知らない人ですね」


「ちょ、ひどくない!?」


 冷たく一蹴すると、レオはオモシロ顔で目を見開いた。


「ひどくないです。もう関わらないでくださいと言ったでしょう」


「いやそんな、冗談……」


「冗談じゃないです。というか、なんの用ですか? 私は忙しいのですが」


 忙しい。これは事実だ。

 俺は今すぐ帰って寮に引きこもらなければならない。


「それは……近況報告というか、なんというか……って、先生はなんでそんな忙しいんだ?」


 それは大学で『つい先日から勇者がこの国に滞在している』という、凄まじく嫌な予感がする情報を耳にしたからだが……レオにそれを言ったところでなんの意味もないし、理解できないだろう。

 勇者は厄介事を運んでくる因果律の塊。

 これは多分俺だけが知る、俺だけの法則だ。


「……秘密です。そこを退いてください」


「まあまあ、そう言わずにさ。オレと先生の仲だろ?」


「どんな仲ですか。勘弁してください。退かないのなら、押し通るまでです」


 そう言いながらレオを押し退けて先を進もうとした時、ふと周囲から聞き捨てならない話がいくつか聞こえてきた。

 その中でも『レオ様がミコト様と絡んでる!?』『先生ってもしかして』『あの本の……』という言葉が特に気になった。


「……時にレオ。あなた、周囲から注目を浴びているようですが」


「ああ、そうだ。その話もしたくてさ。……実はオレ、あのあと自費出版で本を出してさ。それが結構売れて、話題になったんだ」


「…………あれからまだ一ヶ月も経ってないと思うのですが」


「本自体は三日で書き上げたんだ」


 照れくさそうに鼻を指で擦りながら、レオは言った。


「題名はさ、『愚民どもよ『土』を食え。話はそれからだ』っていう本なんだけど」


「……………………」


 目眩がした。


「本が売り切れて話題になったからか、大手出版社からも契約の話がきてさ。これも先生のおかげだから……って、先生!? ちょ、どこ行くんだよ先生!?」


 俺はレオから一刻も早く離れるために、無言でその場から駆け出した。







 それから俺は猛ダッシュで寮に帰り、引きこもった。

 しかしレオとの会話が原因なのか、何人もの同級生が寮の部屋を訪ねてきてヤツとの関係性を聞いてくる。

 噂が拡散したのか部屋を訪ねてくる同級生が後を絶たなかったので、仕方なく俺は少しの間だけ外出することにした。


 どちらにせよ寮に食べ物がなかったから、買い物にも行かなきゃいけなかったし。

 なに、ほんの数十分ぐらいだったら勇者と遭遇するなんてことはまずないだろう。

 いくら俺が巻き込まれ体質だとは言っても、確率的にミラクルすぎる。


「……なーんていうのは、甘い考えだったなぁ」


 寮を出て移動を始め、しばらくした後。

 俺は商店街の裏路地に隠れながら、虚ろな目で呟いていた。


「この気配、絶対アイツじゃん……」


 遠くのほうに勇者フィルの気配、もといアニマを感じる。

 どうやら俺は自分の運命力を侮っていたらしい。

 まあ、勇者フィルとは元のイグナート姿でしか会ってないし、アイツは俺が『真実の指輪』で変身したことも知らないから、会ったところで何も起きないとは思うが……。


「いやいや、油断は禁物だ」


 今まで何回それで厄介事に巻き込まれたことか。

 何か起きる可能性は低くとも、ここは徹底的に避けるべきだ。


 そんなわけで、俺は裏路地を歩いて寮へのほうに戻り始めた。

 寮に食べ物はないが、よくよく考えたら俺は一食や二食抜いたところで特に問題はない体質だ。

 モニカには『外で食べてきた』とでも言って夕飯は抜こう。

 よし、そうしよう……と思った矢先。

 俺は超スピードでこちらに向かってくる勇者フィルの気配を察知した。


「くっ……なんでこうなるんだ!?」


 一瞬もうダメだと思いかけるも、ふと視界の端に映ったものを見て気を取り直した。

 いや、あきらめるにはまだ早い。

 俺はすぐさま近くにあったタルの蓋を持ち上げ、中を覗き込んだ。


「っよし! ツイてる!」


 幸運にもタルの中身はなく、空だった。

 俺は即行でタルに入って中から蓋を閉め、息を潜めた。

 それから数秒後。

 勇者フィルの声が聞こえてきた。


「ええっと、どこか身を隠すところ……あっ、これだ!」


 慌てた勇者フィルの声と共にタルの蓋が持ち上げられ、視界に光が差し込む。

 そして膝を抱えてタルの中に入っている俺と、勇者フィルの目が合った。


 ……どうしてこうなるんだ。










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