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第十五話「属性持ち」

   

 

 レゲエみたいなボサボサの頭に、ずんぐりむっくりとした体格。

 服は小汚い布をまとっており、ぱっと見た感じ浮浪者を連想させる。

 俺が不審者認定したおっさんはそんな外見をしていた。


(いや、でも俺の早とちりってこともあるからな)


 実はミサの知り合いでした、とか、道を聞いてるだけ、とか。

 なので耳をすませて会話を聞いてみよう。

 俺の現在位置はミサとおっさんから大分離れてはいるが、前に魔物の巣で死にかけてからなぜか聴力、視力ともに人外クラスまで能力アップしているため、ここからでも意識を集中すれば会話ぐらい聞こえるのだ。


 どれどれ……。


「あ、あ、あ、アメちゃん、アメちゃんやるから……な、な?」

「い……いやです……やだ……」


 あ、これダメだ。

 これダメなヤツだ。


 俺はミサを助けようとレゲエおっさんに向かって歩き出し、ふと思った。


(……そういや俺、悪く思われないとダメなんだった)


 ってことは普通に助けるのはアウトだな。

 だがミサを見捨てるという選択肢はもちろんない。

 ようは善意で助けたと思われなければ良いだけだ。


「おい」


 俺は出来るだけドスを効かせた声でレゲエおっさんに声をかけた。


「おっさん、邪魔だ。どけ」

「な……な、なんだオメェ……?」

「ああ? 『オメェ』だと?」


 そして偶然通りかかった体を装ってレゲエおっさんに因縁をつける。


「この俺に『オメェ』たぁ、良い度胸してるじゃねぇか」

「う、うええ? そ、そそそそんなつもりじゃ……」

「ああ? 聞こえねぇよ……チビが、踏み潰してやろうか?」

「……ふ、ふええ? こ、この子は関係ないべや!」


 いやお前だよ。

 ミサのことじゃねぇよ。

 確かにミサの方がチビだけどさ。

 話の流れ的にどう考えてもミサ関係ないだろ。


「え……わ、わたし……? ひぃ!」


 いや違うよ。

 ミサじゃねぇよ。

 しかも『ひぃ!』って。ビビり過ぎだろ。


「だ、大丈夫だぁお嬢ちゃん。お、オラァな、これでも戦士なんだ。暴漢なんかにゃ負けやしねぇ!」


 はあああ!?

 誰が暴漢だよ、誰が!


「おい、お前な……」

「お、お、お嬢ちゃんはオラが守る!」


 聞けよ。


「……ああ、もういいわ。バカバカしい。今すぐ俺の前から失せろ、おっさん。それで今日のところは許して……」

「隙ありだぁ!」


 話している途中でレゲエおっさんはその見た目にそぐわぬ速さで背中から斧を取り出し、俺の腹に向かって手に持った斧を思い切り振り下ろした。


 結果、斧は砕けた。


「――だから許してやるって言ってんだろがあああ!」


 そして理不尽に攻撃された俺の堪忍袋の緒も切れた。


「ぐ、ぐえええ!」

「……ッハ!?」


 気がつけば俺は右手でレゲエおっさんを握り締め、宙に持ち上げていた。

 慌てて手を離すが、もう遅い。


「ぐ、ぐうぅ……な、なんて怪力だべ……オラとしたことが、肋骨持ってかれちまっただ……」

「お、おじさん!」

「お……お嬢ちゃん……逃げるんだぁ……オラじゃコイツにゃ勝てねぇ……」


 レゲエおっさんは砕けた斧の柄を地面に突き立て、それを支えにしながら立ち上がった。

 ずんぐりむっくりな体を覆っていた小汚い布がはだけ、肩の露出した茶色の鎧があらわになる。


「だけんど、お嬢ちゃんは……お嬢ちゃんだけは、命に代えても逃がしてみせるかんな……」

「おじさん……!」

「へへ……お、オラにも昔、娘が居てな……今も生きてりゃ、お嬢ちゃんぐらいの年だった……!」


 ……あれ? なんだこれ?

 いつの間にか俺がガチで悪役になってる。不思議。


「そこまでよ!」


 聞き覚えのある声がした、次の瞬間。

 視界が炎に包まれた。


「うおお!?」


 なんだなんだ!?

 おいおいヤバイぞこれ燃えてるよ俺!

 燃えてる燃えてる! 熱い死ぬ……ん?

 いや、熱くないぞ?


 ……あ、硬化のアニマをまとってるんだ俺。

 そういやレゲエおっさんに声をかける前から念のため硬化してたんだった。

 ビックリしたぁ……。


 全身を炎に包まれてはいるが、ダメージが無いのであればどうということはない。

 そうとなれば状況確認だ。


 ちょい離れたところでこっちに両手のひらを向けてるのは……アリスか。

 視界が炎で揺らめいてわかりにくいが、あの背格好と今さっき聞こえた声からして間違いないだろう。


 ということはこの炎を放ったのはアリスか。

 あいつ容赦ないな。俺じゃなかったら死んでるぞこれ。

 っていうか炎のデカさといい、無詠唱でいきなり発動した術といい、もしかしてアリスって……。


「う、うそ……あたしの炎が効いてない!?」


 気がつけば俺を覆う炎は消えていた。

 アリスは口を開けて愕然とした顔をしている。

 全身を炎に包まれていたのに無傷で、しかも悠然と立っている俺が信じられない、という感じだ。


「お、おおお? オラの肋骨……全然痛くねぇ。治っちまっただ! ありがとよお嬢ちゃん!」

「い、いえ……わたしにはこれぐらいのことしか、できませんから……」


 さっきまで息も絶え絶えだったレゲエおっさんがその場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

 見た感じ治したのはミサだろう。

 無詠唱で即座に治癒術……これは、まさかミサも……?


「ミサ! 下がって! コイツまだ死んでない!」

「……え? ……そ、そんな……なんで……ひぃ!」

「ミサッ!」

「お、お嬢ちゃん!」


 俺と目が合い腰を抜かすミサ。

 そのミサを立たせ、逃がそうとするアリスとレゲエおっさん。

 三人ともその表情は真剣そのもので、今まさに生きるか死ぬかの瀬戸際にいるように見えた。


 ……さっきから俺、ただ突っ立ってるだけなんだけど。

 しかし、どんどん面倒なことになっていくな。

 炎も消えたし、良い区切りだ。

 今のうちに離脱しよう。


「おい、アリス、ミサ」

「な、なによ!? ついに化けの皮が剥がれたわね! 最初からあたしは危ない奴だと思ってたんだから!」

「キャンキャンうるせぇガキだなお前は。そう突っかかるんじゃねぇよ」

「ガキって! あたしもう六歳なんですけど!」

「……六歳はガキじゃねぇのか? まぁいい。そんなことよりお前ら、属性持ちか?」


 アリスは俺の問いに黙り込んだ。

 答えるか答えまいか逡巡しているようだ。


「……だとしたら、なんだっていうのよ!」


 そしてアリスはしばらくしてから、噛み付くように答えた。


「……ふん、やっぱりそうか」


 俺はちょっと意味深に呟いてみる。

 これはただの演出だけどな。


 属性持ち。


 人間は基本的にアーツ(媒体魔導具)を用いて、詠唱をしなければ術を使えない。

 それゆえ人間が使う術は魔術。

 精霊や魔族が媒体無し、無詠唱で使う術は魔法と呼び方が区別されている。


 だが例外として、人間でも媒体無し、無詠唱での術……魔法を使うことの出来る者が稀に存在する。

 それが『属性持ち』と呼ばれる人間だ。


(なるほどな、やっとこの二人が防衛戦に加わってる理由がわかった)


 いくら後方支援とはいえ、さすがに六歳の子どもが防衛戦に参加しているのはおかしいと思っていたのだが、属性持ちなら納得だ。


 属性持ちは生まれつき膨大なアニマを備えていることが多いため、子どもでもそこら辺の兵士なんかよりよっぽど戦力になったりするという話だからな。

 その分貴重な人材ではあるから、どっちにしろ子どものうちは前線に立つことはないだろうが。


「な、なんなのよあんた! 何が目的なの!?」

「んん……? おいおい、なんか勘違いしてるみたいだなアリス。俺はただ、足元にゴミがあったからそのまま踏み潰して歩こうとした、それだけだぜ」

「なっ……なんですって……!」

「ははっ……だが、属性持ちは貴重だからな。踏み潰しちまうのはちょいと勿体ねぇ」


 俺は三人に背を向け、そのまま踵を返して歩き始めた。


「有能に育ったら俺の手足として使ってやってもいいぜ。属性持ちは便利だからな。ははっ……まぁ、それまでせいぜい頑張れや」


 そして俺は右手をヒラヒラと振りながらその場を立ち去って行った。




 ◯




 自分のテントに戻ったあと。


「…………ふぅ」


 俺は盛大に溜息をついた。

 今回はリーダーが作った台本にある、『傭兵イグナート汎用セリフ集』に書いてないアドリブのセリフも結構あったので、随分と神経を使った。

 まあそれでも約半分ぐらいはリーダーの考えたセリフを流用しているのだが。


 しかし、ずっと『傭兵イグナート』を演じてなければいけないってのはやっぱり疲れるな。

 役を演じるのに慣れていないというのもあるかもしれないが。

 早く評判を定着させて素の自分に戻りたいもんだ。




 ○




 あとから聞いた話だが、ミサに絡んでいたレゲエおっさんは傭兵ギルドでも有数の実力者で、小さな子どもによくアメ玉を配っているという一部の界隈では有名な人物だったらしい。


 あの時は手元に物が無く、アメ玉のある自分のテントにミサを連れて行こうとしていたそうだ。

 まったく、紛らわしいのにも程がある。

 実際ミサは最初半泣きで嫌がってたしな。


 俺という恐怖の対象が現れすったもんだあった結果、最終的にミサがレゲエおっさんへ抱く好感度はプラスに転じたみたいだが。


 そして俺の行動は徒労に終わったわけだが、またこれで『傭兵イグナート』の悪名が広がるだろうからまあ無駄ではなかった……というより、むしろ良かった。

 ……そう思うことにしとこう。




 ◯




 レゲエおっさん事件からさらに三日後。

 ディアドル王国軍、傭兵ギルド、冒険者ギルド、魔術師ギルドからなる連合軍の間には緊迫した雰囲気が漂っていた。

 いつ襲来してもおかしくない数が集まっているはずの虫型魔物たちが、襲って来ないのだ。


 そして森を監視している専任魔術師によれば、虫型魔物の集結は未だ続いているらしい。

 それはつまり、今度の防衛戦には通常を遥かに超える数の虫型魔物が襲来するであろうことを意味する。


 虫型魔物の集結は森の深部にて行われるので正確な数はわからないが、毎度防衛戦にて厳しい戦況に置かれている連合軍は今非常に強い危機感を募らせていた。




 ○




 それからさらに一日後。

 魔物集結の報を受け、長城に厳戒態勢が敷かれてから七日目の朝。

 虫型魔物がこちらに向かって動き出したことを知らせる鐘の音が辺りに鳴り響いた。


「…………来たか」


 俺はテントの寝床から起き上がり、この日のために鍛冶屋に仕上げてもらった特注品のハルバードを手に取った。

 全長三メートル、斧部分は片刃だが幅一メートルと、普通では考えられないほど巨大なハルバードである。


 全体が鈍色に光る、非常に硬いフォグレイドと呼ばれる金属で作られたこの斧槍は装飾の類が一切なく、極端なまでに実用性を重視した代物だ。

 一見すると無骨にも思えるほどシンプルな造形をしているが、よく見れば非常に洗練された完成度の高いフォルムであることがわかるだろう。


 こういった武器は飾らないモノほど美しい。

 まあ単に俺の趣味なんだけどな。


「さてと、じゃあ行くとするか、相棒」


 テントから出て、肩に担いだハルバードにそう呟きながら、俺は戦場に向かって歩き出した。










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