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第百五十八話「黒き星」

『……イグナート。キミは『黒き星』が見えるのか?』


「その口ぶりだと知ってるみたいだな」


 大陸中で進行している土地や動植物が瘦せ細り死滅するという異変は、世界中の地下に存在する巨大魔法陣のせいだとアイリスは言っていた。


 そしてその巨大魔法陣は『黒き星』から人類を救うために世界規模で何十年も前から準備され、やっと今稼働しているのだという。


 だとするならば帝国の頭脳兼、人類の守護竜として何百年も生きているというジル・ニトラが知らないわけはないはずだ。


「なら、『あっち』の方も知ってるな?」


『ウィズダムが各地で進めている巨大魔法陣のことか?』


「ウィズダム?」


『ウィズダム・ノモス・ドゥーム・レディアント。アドリア王国の公爵で、魔術師ギルドの会長を務めている男だ』


「魔術師ギルドの会長……」


 アイリスの親父さんか。


『そういえば、今はそっちにアイリスも行っていたな』


「アイリスのことを知ってるのか?」


『もちろん知っているとも。なにせ彼女は私の……おっと、口が滑りそうになった。いけないな、これは秘密にしておいた方がいい』


「……もしかして、アイリスの母親って、あんたのことなのか?」


 よくよく思い返せば、肌の白さや髪の色などもよく似ている。


 ジル・ニトラの髪が白に近い白銀であるのに対し、アイリスは太陽の光によって淡い金色だったり淡い銀色だったりにも変わるからまったく同じではないが、基本は大体似たような色だ。


『ハハッ、そんなわけがないだろう。彼女は人間だぞ。元神竜である私と彼女では、人間と地を這うワームほどに差がある』


「たとえがひどいな。もうちょっと言い方考えてくれよ」


『なぜだ? 単なる事実だろうに』


 ギルドカード越しに悪びれず言うジル・ニトラ。


「事実ね……しかし、だったらアイリスはあんたにとっての何なんだ?」


『それは秘密だと言ったろう?』


「さっきなんでも話すって言ったのに?」


『例外はあるさ。だがまあそうだな、少しだけ事情を話すと、私はアイリスが生まれる前から彼女の両親とは懇意にしていてね。その関係で昔からそこそこ交流はあったのだよ』


「……そうか」


 結局ジル・ニトラとアイリスの関係はよくわからなかったが、問題はそこじゃない。


「アイリスのことはもういい。話を戻すが、結局『黒き星』ってのはなんなんだ?」


『それはわからないな』


「えぇ……」


 わからないのかよ。


『アレが何処からきて、何処に向かい、どういった目的を持っているのか……本質的な部分は何もわかっていない。ただ結果だけを見てわかることは、アレが通った跡には何も残らない、ということだ』


「何も残らないって……」


『アレは次元を超えて世界を渡り、やがて渡った先にあるものすべてを消滅させる。そしてしばらくするとまた違う世界へと渡り、同じことを繰り返す。私が観察した限りでは、そういった性質を持っている』


「世界って……星を丸ごとひとつってことか?」


 なんだそれ。

 いくらなんでも規模がでかすぎるだろ。


『いや、星ではないな。キミの概念で言うと『宇宙』だ』


 星ひとつどころじゃなかった。


『アレは無数にある宇宙の中、特に『中身』が詰まっているものを選んで渡り、消滅させ、今度はまた違う宇宙を消滅させるべく移動する。その度にエネルギーが増大しているから、単に消滅させているのではなく『飲み込んでいる』のかもしれないが……いずれにせよ、世界の終焉という意味では同じことだ』


「……とんでもない話だな」


『フフ、私も最初に見た時は信じられなかったよ。だが事実、そういう現象が観測できるのだから仕方がない』


「観測、ね……」


 何をどうやって観測しているのかサッパリわからないが、詳しく話されてもどっちにしろ俺には真偽を判断できない。

 ここは話半分に聞いておくぐらいがいいだろう。

 なにせ他の人間だったらともかく、相手はジル・ニトラだからな。

 嘘とまではいかないまでも、意図的に俺が勘違いをするような話し方をしていてもおかしくはない。


『なんだ、私の言葉を疑っているのか?』


「まあ……正直言うと、ちょっと疑ってるな」


『自分から色々と聞いておいて、ひどい男だなキミは。私は今までキミに本当のこと以外、何も言ったことがないというのに』


「堂々と嘘をつくな」


 確か魔王討伐のあと、事前に聞いてた話と全然違う件について問い詰めたら『それは見解の違いだな』とか言ってのらりくらりとかわされた記憶がある。


『ハハ、私を嘘つき呼ばわりするとは。これだけ気安くされるのは初代皇帝以来だよ』


「気安いってのとはちょっと違うけどな……」


 単に俺がジル・ニトラに対して遠慮がないってだけで。


『だが安心したまえ。今まで話した内容に関しては、嘘や見解の違いが入り込む余地などない。私が私自身に誓おう』


「そうか」


 じゃあ話半分じゃなくて、話四分の三ぐらいは信じておくか。


「あ、そういや、ジル・ニトラは魔女ヴィネラって知ってるか?」


『ああ……創世の魔女だろう? もちろん知っているとも。何十年かに一度、一緒にお茶をするぐらいには仲が良いからな』


「マジか!?」


 影でメッチャ暗躍してそうな人物同士、意外なところで繋がった。


「じゃあ、アイツの目的って何かわかるか?」


『ヴィネラの目的、か……』


 ジル・ニトラは勿体ぶった様子で言葉を一度止めたあと、しばらくしてこう言った。


『……個人情報だからな』


「いやいやいやいや、俺、絶対に誰にも言わないから」


 下手すりゃ俺の命に関わる情報だ。

 ここは聞いておきたい。


『そうだな……では、これでキミに貸しひとつ、ということで良いかな?』


「う……」


 ジル・ニトラに貸しひとつ?

 いやいやいや、それも下手すりゃ俺の命に関わるぞ。


「…………契約的な貸し、じゃなければ大丈夫だ。つまりもし返さなくても利息はなしで、ペナルティも何もない、単なる口約束なら『貸しひとつ』でいい」


『ハッハッハ! そこまで私に借りを作るのが嫌なのか?』


「嫌だよ。あたりまえだろ。自分の行いを振り返ってみろよ」


 悪魔に魂を売るのと同じぐらい嫌だよ。


『仕方がないな。それで良しとしよう。いずれにせよ、私もヴィネラについてすべてを話せるわけではない』


「なんだよ……貸しとまで言っておいて」


『私としては話さなくても構わないんだが?』


「嘘ですゴメンナサイ知りたいです」


『よろしい』


 ジル・ニトラは満足そうに言ってから話を続けた。


『さて、端的に言ってしまえば、アヤツの目的はひどく個人的で規模が小さい。やっていることが大きすぎて、誰もそうは思わないがな」


「……なるほど?」


 話が抽象的すぎてサッパリわからん。


『まずそもそもからして、私がこの世界に召喚されたこと自体、アヤツの実験による副産物に過ぎん』


「実験? それって……いや、ちょっと待ってくれ。その前にアイツの目的ってなんだ?」


 話が逸れて戻ってこれなくなる前に、それだけは聞かなくてはならない。


『アヤツの目的か。それはだな、言ってしまえば神のだい――おっと』


「どうした?」


『いや、一気に言い切ってしまおうと思ったのだが……やはりダメだったらしい。ハッハッハ』


 ジル・ニトラは楽しそうに笑ったあと、小さくため息をついて言った。


『さて、私が話せるのはここまでだ。ヴィネラがこちらに現れたのでね。まだ死にたくはないので私は黙ることにするよ。やれやれ……言いたいことも自由に言えないのは悲しいものだ。神竜時代の私であればこんなことはなかったというのに。まったく、アルカディウスも厄介な世界に召喚してくれたものだよ。……ん? なんだいヴィネラ? ああ、黙れって? ハハ、まあ待ってくれ。それじゃ最後に少しだけ。イグナート』


「なんだ?」


『キミが懸念しているのはウィズダムやアイリスが嘘をつき、あの巨大魔法陣を使って人類に害のあることをしようとしているのでは? という点だろうが……安心したまえ。彼らは純粋にあの『黒き星』から人類を救おうとしているし、嘘もついていない。私自身も、この件に関しては彼らに計画のほとんどを任せている』


「……ほとんどってことは、一部関わってるってことだよな」


『フフ、その一部で私が何か悪さをしていないか、と疑っているのかな? 残念ながら悪さはしていないよ。私が関わっている一部というのは魔術式の提供ぐらいで、それにも何か仕組んでいるということはない。無論、『黒き星』に関する情報などは惜しみなく魔術師ギルドに提供しているが、その情報にも悪意のある歪曲などはまったくないよ』


「随分と親切に色々教えてくれるんだな」


 最後に少しだけ、と言った割には全然少しじゃない。


『魔王討伐の時は後日、まるで私が嘘をついていたように言われたからな。今回はそういったことがないよう、ちゃんと説明しているのさ。毎回言っているが、キミは私のお気に入りだからね』


「そんな気に入られるようなことをした覚えはないんだが」


『フフ、しているさ。キミは私好みだ。見ているだけでも楽しい。ちなみにヴィネラの目的は神……ハッハッハ、冗談だよ、冗談、言わないさ。……さて、ヴィネラが本気で怒る前に通信を切るとするよ。ではなイグナート。健闘を祈る』


 そこでブツッとギルドカード通信が途絶えた。


「ヴィネラの目的は……神?」


 なんだろう。

 神になる、とかだろうか。

 いや、でもその前に『神のだい――』って言ってたよな。

 じゃあ神になるは違うか。


「神のだい……なんだ?」


「余計なことは詮索しないことほうが身のためよ」


 俺のすぐ後ろからヴィネラの声が聞こえてくる。

 ……おいおい、ジル・ニトラのほうに行ったんじゃなかったのかよ。


「時を待たずして死にたくなければね。それとも……死にたい?」


「死にたくないです」


 背後から感じる圧倒的な気配に、振り向かないまま答える。

 あのジル・ニトラでさえヴィネラには勝てないのだ。

 ここは恭順一択だろう。他に選択肢はない。


「そう。じゃあ私の言うことに従うこと。いいわね?」


「わかりました。……そうしたら今後、生き延びられる可能性とか、あります?」


「あら、アナタ過去に二回も無茶して死んでおいて、まだ生きたいの?」


「生きたいです。メッチャ生き残りたいです」


 そもそも死にたくて無茶したんじゃないし。


「ふうん、そう。アナタ、あの伯爵家に行ってから変わったわね」


「…………」


「そうね……いいわよ。アナタが今後、私の言うことを素直に聞くのであれば、ご褒美として生かしてあげても」


「え、マジですか? ありがとうございます!」


 すげぇ、やったぜ!

 いやはや、物は試しに言ってみるもんだな。

 前はなんか『時がきたら用済みだから死んでね』みたいな感じだったのに。

 しかもヴィネラってベニタマの創造主みたいだから、そう考えると一番最初の転生で一回、魔物の巣も合わせると合計二回生き返らせてくれて、千年荒野でも瀕死のところを助けてくれたし、俺にとってプラスになることしかしてなくないか?

 

 なんか色々と暗躍してるっぽい雰囲気出してるけど、俺には直接害とかないし、むしろベニタマで力を貰ったり生き返らせてくれてる分かなり得してるし……あれ? ヴィネラって神かな?


「いやホント、ありがとうございます。神様仏様ヴィネラ様って感じですマジで」


「態度が急変したわね」


「よくよく考えたら色々とお世話になってるので」


「そう? ならよかったわ。アナタが自分で動いてくれたほうが私にとっても楽だもの」


 ヴィネラがそう言うと、背後の気配が徐々に薄れていく。


『夜中にも言ったけど、そのうち迎えがくるから、それを待ちなさい。じゃあね、ミコト』


「わかりました」


 返事をしてから振り向くと、そこにはすでに人影ひとつ存在しなかった。










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