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第百五十三話「恩人」

 大学の修練時間でサリナさん、エウラリアさんと再会してから数日後。


 王国大学が定期的にやっているその道のプロを呼んで講義をしてもらうという授業の一環で、俺はなんと現在王国で一番大きいベックマン商会を経営する豪商、ホルガー・ベックマンさんと再会していた。


 ただ今の俺は講義室の一番後ろで頭を下げて顔を背け、なるべく黒板の前で教壇に立つベックマンさんに見つからないよう努力しているため、厳密にいえば『再会している』とは言い難いのかもしれないが。


「なるほどねー、やっぱり一代で王国一の大商人になるような人は言うことが違うね」


「……ええ」


「ちょっと、ミコト? ちゃんと講義聞いてる?」


「……聞いてますよ」


 右隣に座ったモニカが小声で話しかけてくるのを、頭を低くしながら同じく小声で対応する。


「ねぇ……ミコト、なんで顔を隠してるの?」


「隠してません。ただ今日はちょっと眠くてですね……」


「睡眠不足? ……あ、またアイリスがベッドに潜り込んできたんでしょ?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


「違うの?」


「ええ」


「ふーん……ねぇ、ミコト」


「なんですか?」


「アイリスって最近どうしてるの?」


「どうしてる、とは?」


「アイリス、最近ぜんぜん講義出てないみたいだから」


「……そうでしたっけ?」


 言われてみるとそういえば、最近アイリスを大学で見かけていないような気がする。


「え、ミコト気づいてなかったの?」


「はい。元からアイリスは単独行動が多かったですし」


「でも……あんなに仲良かったのに……」


「仲良かった……?」


 あれ……おかしいな。


 俺、ずっとアイリスに付きまとわれてる中で、迷惑そうな態度を取ったことは多々あれど、仲良さげにしてた記憶は皆無に等しいんだけど。


「……ミコトって冷たいよね」


「ちょっと待ってください。それに関しては否定しませんが、アイリスに対してはしょうがないと思いませんか?」


「それは……確かに、あの子は結構色々と問題ある子だけど……でも忘れちゃうのはひどいと思うよ?」


「えっと……忘れてたんじゃなくて、思い出せなかっただけで……」


「それを忘れてるっていうの」


「うっ……」


 ぐうの音も出ない。


 確かに、俺は自分の中で親友だと思っていたスフィとの約束も完全に忘れてたぐらいだし、その点に関してはアイリスだからどうこう、という問題ではないのかもしれない。


「まあそれはそれとして、ミコトってアイリスの家とか知らない?」


「ええと、知りませんね」


「そっか……ミコトが知ってたら、一緒にお宅訪問でもしようと思ってたんだけど……」


 モニカが残念そうに言うと、彼女の前に座ってた女子生徒がチラリとこちらを鬱陶しそうな目で見てきた。

 ……俺とモニカの私語がうるさかったのかもしれない。


「モニカ、講義中ですし、もうそろそろ私語は……」


「はい!」


 そして俺が私語をやめようとモニカに話しかけたちょうどその時、先ほどの女子生徒がベックマンさんに向かって手を挙げた。


「ベックマン氏! こちらのお二人があなたに対して質問があるそうです!」


「質問ですか?」


 ベックマンさんが講義室の左端に座っている俺とモニカの方に視線を向ける。

 これはまずい。


「モニカっ、お願いします、質問してください」


「え、あ、あたし? ……え、えーと、その、ベックマン氏が経営する商会はここ半年ほどで王国一の大商会へと発展したとのことですが、そうなったキッカケというか、秘訣のようなものはありますか?」


 モニカがなんとかそう質問すると、ベックマンさんは「キッカケ、秘訣ですか……」と確かめるように呟いたあと、再びこちらに視線を向けて答えた。


「そうですね、もちろん、我が商会の発展は今まで蓄積してきたノウハウや販売ルート、共に商会を盛り上げてきた社員たちの頑張りが土台となった形ではありますが……やはり一番の要因は、皆さんご存知の針式時計を『王国でどこの商会よりも早く先行販売できた』という点が強いですね」


「な、なるほど……そうですよね、確かにベックマン商会の針式時計が販売された時は、王国民の誰もが欲しがり社会現象にまでなりましたものね。納得です」


「ハハハ、申し訳ない。本当はその先行販売権を、どうやって帝国時計協会から譲渡してもらったのか、という点を聞きたいのでしょうが、これは企業秘密でね。私の恩人が許すのならば、私としては情報開示しても構わないのだが……」


「恩人ですか?」


「そうです。商会がここまで大きくなったのは、ひとえにそのお方のお陰ですからな。いやはや、あの時ほど『人の縁』というものが大事だと思ったことはない」


 ベックマンさんは自分自身の言葉に自ら納得するよう頷いたあと、何かを思い出したように顔を上げて話を続けた。


「ああ、そうそう、『人の縁』繋がりでの話ですが……これから領地経営、もしくは商売に携わるかもしれない皆さまへ、僭越ながら先達として私から大事なことを一つお教えします。それは、『いついかなる時も、どのような時であれ紳士、淑女であること』です。それを常に忘れず、誠実に人と相対していれば、良質な『人の縁』は広がっていき、いずれは己の力になってくれることでしょう」


 そしてベックマンさんは人差し指を立て、茶目っ気のある笑顔でウインクしながら言った。


「もしかしたら、なんでもないと思っている目の前の相手が、帝国の頭脳を動かす人脈を持っている可能性だってありますからね」


「ベックマン氏! それは実体験ですか?」


「ハハハ、どうでしょう。ご想像にお任せしますよ」


 ベックマンさんは生徒の一人が発した質問に笑って答えながら、再びこちらに視線を向けた。


「そういえば、もう一人……そちらの方の質問がまだでしたね」


「…………」


 まずい。これは非常にまずい。


「どうかされましたか? どうぞ、質問を……」


「……あの、すみません、私は大丈夫です」


「ハハハ、遠慮なさらずに。どんなことでも大丈夫ですよ……ん? アナタは……?」


「…………」


「ミコト様……? ミコト様ではありませんか!?」


 ベックマンさんが驚いたように声を上げると、講義室中がざわざわと騒がしくなり始めた。


「いえ……あの……人違いです……」


「なにを仰るのですミコト様! 我が商会の恩人たるミコト様を、私が忘れるはずもない!」


「あの……その……今は講義中ですので……」


「おお、おお! そうでしたな! 申し訳ない! なにせ探しても探しても見つからなかった恩人とここで再会するとは思っていなかったもので……あとでお時間よろしいですか?」


「あ、はい……」


 俺がやむを得ず返事をすると、講義室中でざわめきが広がっていった。


『今や下手すりゃそこらの大貴族より力があるベックマン氏の、恩人……?』


『女王と紅姫にも頭を下げられてたし、本当にミコトって……』


『一体何者……』


『やっぱりミコト様って呼ぶしか……』


「…………」


 なんでこうなるんだ。










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