第百五十二話「女王と紅姫」
レオ少年が無事に大学へと通うようになってから、一週間後。
俺は大学のグラウンドで体育座りをしながら、修練教官の話を聞いていた。
ちなみに自分も含めて生徒たちの服装は全員体操服である。
見た目は白と紺色の上下で、日本にあった体操服とほぼ同じような感じだ。
話を聞くところによると、大学の制服やこの体操服は過去に帝国の初代皇帝が考えて、それから帝国でずっと使われて続けているデザインを王国がそのまま真似て作ったらしい。
それを聞いてふと思った。
帝国の初代皇帝って俺と同じ日本からの転生者だったんじゃないか、と。
……うん、まあ、それに気がついたところで何が変わるってわけでもないんだけど。
初代皇帝って昔も昔、大昔の人だし。
「でも、会いたかったなぁ……」
「え? ミコトが? 誰に?」
隣に座っているモニカが興味津々、といった様子で聞いてくる。
モニカはゆるふわの栗色ショートカットヘアがチャームポイントである、俺のクラスメイトだ。
寮では同室であり、クラスで浮きがちな俺の数少ない友達のひとりでもある。
「ええと……なんでもありません」
「……ミコトってさー、最近ちょっと冷たいよね」
「え……そうですか?」
「そうだよー。冬休みも一緒に遊ぶ約束してたのに、結局一日も寮に戻って来なかったし……この、薄情者ー!」
「ちょ、やめてください、ほら、騒いでると怒られる……」
「おらー! そこ! なーにくすぐり合ってんだ!」
案の定、修練教官(二十九歳男。自称お兄さん)に怒られた。
「くすぐり合ってはいません。モニカが勝手にくすぐってくるんです」
「ああっ!? ミコトが裏切った!?」
「事実ですから」
「んなのどっちでもいいわ! ミコトぉ! お前はアレだ! 今日こそは覚悟しとけよ!」
「何がですか? 毎回毎回大した理由もなく私にイチャモンをつけては修練の終わりに勝負を挑み、毎度ボロ負けする修練教官殿」
「お、おぉ……言ってくれるなぁミコトっちぃ……」
「誰がミコトっちだ」
俺が冷たくツッコむと、周囲のクラスメイトたちからヒューヒューと冷やかすような声が上がった。
『今日も熱いねぇ、教官とミコトは』
『まだまだ教官の一方的な片想いみたいだけどねー』
『いやー、わからないよ。嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃない?』
「…………はぁ」
冷やかしと共に聞こえてくるクラスメイトたちのヒソヒソ話を聞きながら、俺は大きくため息をついた。
本当に勘弁してほしい。
どんなに囃し立てられても、俺にとって修練教官は外見描写すらまったくする気の起こらない完全なるモブキャラであり、心底どうでもいい他人である。
「いいかぁ、ミコトっち。今日こそオレはな、お前をギャフンと……」
「わかりました」
俺は肩を回しながらゆっくりと立ち上がった。
「じゃあもう、今日はとことんやりましょう。もう二度と私に挑むなんて言えないように、体中の骨という骨を粉砕してあげます」
「体中の骨を粉砕!? 物騒極まりないな!?」
「はい。教官殿が懲りないので」
「い、いや……オレはもう懲りたぞ。正直、お前とはもうやり合いたくない。勝てそうにないからな」
「……はい? じゃあさっきの発言はなんだったのですか?」
「フッフッフ、よくぞ聞いてくれた。別にお前を負かすのにわざわざオレ自身が戦う必要はないのだよ、ミコトっち」
「ミコトっち言うなバカ教官」
「おまっ……仮にも教官に向かってバカはないだろう、バカは。普通に傷つくぞ」
「バカ呼ばわりされたくなかったら仕事してください。職権乱用ですよ」
「何を言ってるんだ。オレはキッチリ仕事してるぞ。お前との戦闘だって授業の一環だしな。……さて、それはそれとして、今日は特別ゲストを呼んであるのだよミコトっち」
修練教官はその特徴のない顔に不敵な笑みを浮かべたあと、「おーい! もう出てきていいぞ!」と校舎の方に向けて声を上げた。
「教官ー、どこですか? アタシらに教育させたい生意気な美少女ってのは」
そう言いながら校舎の方から歩いてきたのは、赤髪ショートカットの女冒険者と、茶髪ロングの女冒険者だった。
……っていうかこの二人、俺が西の森で危ないところを助けたCランク冒険者のエウラリアさんとサリナさんじゃん。
「おー、あそこだあそこ。あそこの黒髪ロング」
「見えないですけど?」
「あー、今あの栗色髪少女の後ろに隠れた。おーい、ミコト出てこい!」
「え……み、ミコト……?」
俺の名前が出てエウラリアさんは明らかに動揺しているようだった。
……さすがにこのまま隠れ続けるのは不可能か。
「……はい」
「顔出すだけじゃなくて立ってくれ。いや、まあオレもな、なんだかんだ言ってお前の相手がまともにできなくて心苦しいと思ってたんだよ。だから今日はうちの卒業生の中でもトップクラスで優秀なOGに助っ人で来てもらったんだ。この二人はなんと、この若さでBランク冒険者という一流の……」
「み、みみみミコトさん!?」
修練教官の言葉を遮る形でエウラリアさんが俺の名前を呼んだ。
これは……しらばっくれるのは無理があるな。
「……お久しぶりです、エウラリアさん、サリナさん」
「お、おぉ? なんだ、お前らの知り合いか?」
「知り合いも何も! ミコトさんはまだアタシらがCランク冒険者だった頃に、命を……」
「お二人ともBランクになったんですね! おめでとうございます!」
余計なことを喋りそうだったので無難な話を被せていく。
そして眼力で『喋るなよ』という圧力を掛ける。
「あ……お、おかげさまで……」
「ミコトさん。その節は本当にありがとうございました」
うろたえるエウラリアさんの横でサリナさんがこっちに向かって頭を下げる。
するとクラスメイトたちがざわざわと騒ぎ始めた。
『ミコトがまさかあの『女王』サリナ様と『紅姫』エウラリア様と知り合いだなんて……』
『しかも『さん』づけされてるし。頭下げられてるし』
『私たちなんか、もうこれからはミコト『様』って呼ぶしかないわね……』
「…………」
よくわかんないけど、なんかもう色々と面倒なことになってきた。
帰りたい。
その後は修練教官やクラスメイトたちの熱烈な希望により、エウラリアさんとサリナさんの二人とそれぞれ模擬戦をやることになった。
模擬戦は無難に戦ってなんとか悪目立ちすることは避けたが……最後はあからさまに手を抜いてエウラリアさんとサリナさんに勝ちを譲ってしまったからか、修練教官はかなり不満そうだった。
ただ何かと厄介事に巻き込まれやすい俺としては、そこそこ何事もなく上手くやった方だろう。
それにしても冒険者時代の知り合いが大学にやってくるなんてことは想定外すぎて、当たり前だが何も対策を考えてなかったので非常に焦った。
っていうか変な汗が出た。
まあ、こんなことはこれから先そうそうあることじゃないだろうから、これ以上の心配はしなくてもいいだろうが……と、そんなことをふと考えてしまったからだろうか。
俺はこれから先、大学で次々と懐かしの人物に出会うことになるのであった。




