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第百五十話「期待」

 少年を連れて山に来てから二週間が経った。


 今やもう少年の更生計画も大分ステージが進み、生活環境も相当に改善されてきた。


 三日目は両膝の骨折を治癒魔法で回復。


 一週間目は土食から草食へ。


 二週間目は草食から肉食へ。


 肉食に移る際は、周囲数キロ以内を囲むように作った巨大な土の『壁』を一部壊して魔物を呼び込み、それらと戦って勝ったらその肉を食べていいという方式にした。


 最初は『自分草食系なんで肉とかいらないっす』とか言ってひよってた少年も、無理やり狼系の魔物と戦わせて死闘を繰り広げさせ、最終的に仕留めたその魔物の肉を食う時には感極(かんきわ)まって号泣していた。


 そんな少年の姿を見ていたら、なんだか俺までウルっときてしまった。


 半ば無理やりどころか、あの手この手で完全強制的にやらせた結果ではあるのだが、あのどうしようもないヘタレ少年がここまで立派になったのだ。


 なんだろうか、なんとも言えないこの気持ちは。


 弟子が育っていく師匠の気持ちか。


 それとも子供が育っていく父親の気持ちか。


 ……母親の気持ちというのだけは否定したいな。


「なぁ、先生」


「なんですか? レオ少年」


「……その『少年』ってのやめてくれよ」


 夜。


 少年は焚き火の光に照らされながら、俺の膝の上で不満げな顔をしていた。


 彼は今、人生で初めて魔物を倒したご褒美として俺に膝枕されている最中なのである。


 もちろん『膝枕がご褒美』というのはアイリスの発案だ。


 アイリスいわく、『膝枕は愛』だそうな。


 ……まあ言わんとすることはわかるが、しかし『膝枕は愛』って完全にアイリスの趣味だろ。


 言わんとすることはわかるが。


「少年は少年じゃないですか」


「オレはもう十六で、大人の男だ。少年じゃない」


「なるほど」


 まあこの世界じゃ十三歳で成人だから、間違いではないな。


 前世の感覚では少年だが。


 ちなみに少年は俺が無理やり魔物と戦わせたことで一度プッツンしてしまった影響か、変な敬語から再びタメ口へと戻っていた。


 相変わらず先生とは呼んでくれるし、別に無礼な口の利き方をされているわけでもないので修正はしていない。


「でも私にとってみればあなたはずっと年下ですからね。少年という感じがするのですよ」


「ずっと年下って……どう見ても先生の方が年下に見えるけど。先生っていくつなんだよ」


「ふふ、秘密です」


 俺は少年の頭を撫でながら、そう言って微笑んだ。


 あぁ……これ、立場が逆だったら良かったんだけどな。


 なんで俺が美少女側なんだよ。


 なんで少年側じゃないんだ。


 意味ねぇじゃん。


「なぁ、先生は……」


「なんですか?」


「……先生は、なんでオレにここまでしてくれるんだ?」


「さぁ……なぜでしょうね」


「えぇ……ここは嘘でもオレのやる気が出るようなことを言うべきじゃないの? 先生としては」


「嘘をついてほしいのですか?」


「…………」


「少なくとも、あなたに対して不誠実な嘘をつきたくないと思う程度には、あなたに情が移ってきてますよ」


「なんだよ、それ……」


「ふふ、満更でもなさそうな顔をしないでください。鳥肌が立ちます」


「ひでぇ!?」


「あ、気持ち悪いって意味ですよ」


「補足してくれなくてもわかるよ! 追い討ちかけないでくれよ!?」


「いや、勘違いしてもらっては困るので。あくまであなたに対する情というのは親が子に注ぐような慈愛的なものであって、男女の恋愛的な情ではありませんからね。それは今後も変化することはありません。絶対に」


「だからわかったって! っていうかなんでそこまで過剰反応するんだよ! オレそんな告白的なこと一言も言ってないだろ!?」


「将来的に言われそうな気配を感じたので。ほら、期待してダメだった時ってすごくつらいでしょう? あなたにはそんなつらい目にあってほしくないのですよ」


「期待してダメだった時って……先生も、そんな経験あったのかよ?」


「ありましたよ。いっぱい」


 主に前世での出来事だが。


 こっちの世界に来てからは、そもそもそんな期待できるような状況になったことがない。


 美少女や美女と知り合う機会は多くとも、三メートル超の大男じゃ何をどうやったって期待なんかできないからな。


 もし逆に俺が女だったとしたら、そんな大男に期待されてしまった日にはもう恐怖以外の何物でもないわ。


 現在は身体が女なので期待する、しない以前の問題である。


「先生が期待してダメって……そんな相手いるのかよ。小さい頃とかそういうオチじゃなくて?」


「小さい頃とかじゃないです。というか、この話はやめましょう。終わりです。終わり」


「なんだよ、ケチだな先生」


「そういうこと言うと膝枕もやめますよ?」


「嘘です。スミマセンでした」


「うむ、わかればよろしい」


「……なぁ、先生」


「なんですか?」


「あのさ、ホントにオレが寝るまで膝枕してくれんの?」


「ええ。しますよ」


「オレが一晩中寝なかったらどうすんの?」


「一晩中膝枕してあげますよ」


「マジで?」


「ええ。マジです」


「そっか……へへっ、じゃあ一晩中膝枕してもらおうかな? オレずっと起きてるからさ」


「良いですよ。私はこのまま寝ますけどね」


「マジで!?」


「冗談ですよ。本気にしないでください。……とはいえ、あなたも寝た方が良いのではないですか? ケガは治癒魔法で治しましたが、心身ともに疲れは残っているでしょうに」


「オレは……もっと、先生と話したいからさ」


 少し顔を赤くして、頬を指でかきながら言う少年。


「どんなに話しても私は攻略不可能ですよ?」


「だから、それはわかってるって」


「本当ですかねぇ……」


「う、うるさいなぁ! ちょっと先生、自意識過剰だぜ!」


「そうでしょうか?」


 この反応はかなりあやしいな。


 コイツもう俺に惚れてんじゃねぇか?


 女心は正直よくわからんが、男心はそこそこわかるつもりなのだ。


 ……でもまあ、いいか。


 これから少年に()いる試練を乗り越える頃には、そんな目で俺のことを見ることはできなくなってるだろ。


「まったく、随分と懐かれたものですね」


「……嫌なのかよ?」


「さぁ……どうでしょうね?」


 俺はそう言って微笑み、少年の頭を撫でた。


 多分、大人の男に言い寄られたら嫌悪感が激しいだろうが、レオ少年の場合はまだまだ子供だからな。


 正直微笑ましい気持ちの方が大きい。


 なんだか孤児院の子供たちを思い出してしまう。


「っ……」


「どうしました? 顔が赤いですよ?」


「くっ……わかってて言ってるだろ、先生」


「はて、なんのことでしょう。私にはサッパリわかりませんね」


「嘘だ。顔が笑ってる」


「あなたは見てて面白いですからね」


 最初に出会ってから、これだけ俺に対する変化に富んでるのは今のところレオ少年が一番だろう。


 狂乱して暴れてみたり、逆恨みで俺を殺そうとしてきたり、脅したらガクブルで言うこと聞いてみたり、だけどまた殺そうとしてきたり、自殺未遂してみたり、また殺そうとしてきたり、また脅したらガクブルで言うこと聞いてみたり……と、ここまで山あり谷ありの連続である。


 こうして今までの出来事を並べてみたらとんでもないヤツだなこの少年。


 よくこんななごやかに話せる状態になったもんだよ。


 情緒不安定すぎだろ。


 俺のせいでもあるけど。


「……どうしたんだよ、先生?」


「ん……少し考え事をしていました。大したことではありませんよ」


「…………やっぱり嫌なのかよ」


「え?」


「オレと……一晩中話すのは……」


 むくれ顔で呟く少年。


 ……まったく、本当に子供だなぁ。


「嫌じゃありませんよ、レオ」


「……っ!」


「とはいえ私が話すと、どうしても鍛錬関係の話になってしまいがちなので……レオ、あなたから話してください。一晩中話したいということは、話したいことがいっぱいあるんでしょう?」


「あ……ああっ! いっぱいある!」


 嬉しそうに話し始めるレオ。


 こうしてレオは宣言通り、俺の膝枕の上で一晩中話し続けたのであった。










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