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強欲のイグナート  作者: 霧島樹


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第百四十九話「意地」

 目が覚めると、そこには満天の星空があった。


「んん……」


「やっと目覚めましたか、先生」


「レオ少年……」


 起き上がると、俺のひたいから濡れたハンカチが落ちた。


「これは……」


「先生メッチャ熱出てたから一応、頭冷やしときました」


「……そうですか。お手数おかけしました。感謝します」


「いや、まあ、その…………はい」


 仰向けの状態で顔を背け、照れたように返答する少年。


「私はどれぐらい眠ってましたか?」


「一時間ぐらいじゃないですかね。正確にはわからないですけど」


「そうですか」


「……先生、治癒魔法使うの成功したんですね」


「はい?」


「だって、普通に右腕動いてるじゃないですか」


 少年に言われて気がついた。


 そういえば、右腕が普通に動く。


 試しに両足も動かしてみると、こっちも動いた。


「おかしいですね。私は治癒魔法を使った記憶はありませんが……」


「え?」


「気を失う直前に使おうとして、使えなかった記憶があります。集中力が切れたりすると魔法は使えなかったりしますから」


「いやでも、治ってるじゃないですか。ってことは使えたんじゃないですか?」


「うーん……」


 意識は朦朧としていたが、確かに治癒魔法は発動しなかったという記憶があるのだが。


「……あ、わかりました。自然治癒です」


「自然治癒?」


「そうです。よくよく考えたら、私は生まれながらに自然治癒能力を備えてるんですよ」


「……一時間で骨折が治るぐらいの?」


「さぁ、そこまでの能力だったかはもう随分と昔の話なので覚えてませんが、異常に傷の治りが早かったのは覚えてます」


 治癒魔法を使えるようになってから全然意識することはなかったが、そういえばそんな能力もあったな。


 気を失ってアニマ出力の制限が解除され、おそらくはその自然治癒能力が発動したのだろう。


 アニマ出力を極限にまで抑えている状態で匍匐前進していた時は自然治癒が働かなかったので、多分これも膨大なアニマとベニタマによる副産物的な能力だと思われる。


「先生ってマジでバケモノっすね……」


「否定はしません。……あれ? 悪魔、とは呼ばないんですか?」


「普通に考えて、先生みたいな悪魔なんていないですよ。悪魔はもっとこう……頭が良いと思います」


「どういう意味ですかそれ」


「そのまんまの意味です。先生覚えてます? 匍匐前進で進んでた時、途中で木に頭を押しつけながら前に進もうとしてて、進めてなかったんですよ」


「うっ……」


「それに何度も違う方向に進もうとして……オレ、その度に方向修正したんですから」


「……ごめんなさい。覚えてます」


 俺は素直に頭を下げた。


 当初の予定では俺が前を進み、少年を励ましながら引っ張っていくつもりだったのだが……アニマを制限したせいであんなことになるとは、思いもしなかった。


 でも一度『アニマ補正を無くします』とか大見得おおみえ切った手前、元に戻すこともできないし。


「その節は大変にご迷惑をお掛けしまして……申し訳ありません……」


「いや、先生やめてくださいよ……怖いっす……先生がそんな風に殊勝しゅしょうな感じだと、あとでオレにぶり返しがきそうで怖いっす……」


「そうですか。それでは時間も押してるので気持ちを切り替えていきましょう」


「あ、はい」


「コホン……では、一番最初に」


 俺は少年の頭に手を触れ、優しく撫で撫でした。


「よく、その不自由な手足でここまで辿り着くことができましたね。あなたはすごくがんばりました。えらいえらい」


「…………」


「釈然としない顔ですね。どうかしましたか?」


「……いや、自分より先生の方がよっぽどがんばったと思いますけど」


「そうですか?」


「そうですよ。自分は骨折してからもう一週間以上経ってますけど、先生は折った直後に匍匐前進でしょ? しかもアニマ補正なしで普通の少女並の体力だったんでしょ?」


「ええ、まあ、そうですね。正直な話、死ぬかと思いました」


「そりゃそうですよ……メッチャ熱も出てたし、オレ、本当に先生が死ぬかと思いましたよ……」


「レオ少年……」


「先生が死んでこんな山でひとり取り残されたらどうしようって……凍死とか餓死とか、絶対に嫌だなって……すっげぇ心配してたんですよオレ……」


「…………」


 相変わらず自分本位な少年であった。


 そうだよな。


 コイツ、恐慌状態で俺のことを本当に悪魔だと思ってた時に、『土を食べなきゃリュイを食べるぞ』って脅したら、『魂が穢れるから食べれません』とか震え声で言ってたもんな。


 リュイの命を自分のプライドと天秤に乗せて、しかもプライドの方が重いとか……リュイの為に折れた両膝で土下座した時の男気はなんだったのか、という話だ。


 良い話が台無しである。


「先生、もうあーゆーのやめてくださいよ。今の状況で先生が死ぬとか、無責任にもほどがありますよ」


「あなたの言うことはもっともなのですが、それをあなたに言われるとなんだかモヤっとしますね。なんかすべてを投げ出してこのままあなたを放置して帰りたくなってきました」


「言い過ぎました。スミマセンでした」


「うむ、わかればいいのです」


 根本的なところは相変わらずだが、どうやら今までの積み重ねが生きてきたせいか少年もそこそこ俺に従順になってきたようだ。


 ただ単に今この場を乗り切ろうとしているだけかもしれないが。


「ではがんばったご褒美として、両足を除いた全身に治癒魔法を掛けます。栄養失調や病気になったら困りますしね」


「両足を除いた全身に治癒魔法? ……ってことは」


「そうです。右腕にも治癒魔法を掛けます」


「おおお! やったぁ! ありがとうございます、先生!!」


「あなたが一生懸命がんばった結果ですよ」


 俺はそう言ってにこやかに笑った。


 ありがとうも何も、その右腕折ったの俺なんだけどな。


 なんだか複雑な気持ちである。


「……先生」


「んー、なんですか?」


 俺が少年の胴体と右腕に治癒魔法を掛けている最中。


 少年は夜空を見上げながら俺に問いかけてきた。


「先生は、なんであんなにがんばってたんですか?」


「がんばってた?」


「匍匐前進ですよ。あんな死にそうになってまで……別に自分にはこっそり治癒魔法でも使っておけばいいじゃないですか。後ろにいたらオレにはわかりゃしないんだし」


「それは……意地ですよ」


「意地?」


「色々と思うところがありましてね……まあ、一言であらわせば、男の意地です」


「男って……先生、女じゃないですか」


「む……そうでした。では、女の意地と言い換えましょう」


「は……ははっ、なんすか、それ」


「おかしいですか?」


「おかしいですよ。超おかしいです。先生って天然ですか?」


「…………」


「調子乗りすぎました。スミマセンでした」


「わかればよろしい」


 打ち解けるのは良いんだが、ナメられすぎるとこれから先の進行に影響が出るからな。


 要所要所で釘を刺しておかねばなるまい。


「さて、と」


 治癒魔法で少年の体調と腕を回復させ、二人とも水をたらふく飲んだあと。


 俺は川とは逆方向の、今まで進んできた森方面をビシっと指を指して言った。


「では戻りますか」


「……え?」


「先ほどまでいた場所に戻るのです。また私も両足を折ってからアニマを制限して付き合いますから、互いにがんばりましょう。あ、心配しなくても、今度からは意識が朦朧としてきたら頭部へ治癒魔法を使用することにします。もちろん私だけだと不公平なので、あなたもつらかったら言ってくださいね。頭にだけ治癒魔法掛けますから」


「いや……あの、なんで……」


「なんで戻るのか、ですか? そうですね……調理器具をそのままにしてあったり、せっかく作った焚き火台があるから、とかもありますが、結局のところは今の状態で『大変な思いをしながら這って移動する』という部分が一番の理由ですね。つまり今の両足が不自由な状態で移動すること自体が目的と言っていいでしょう」


「そ、そんな……もうこんな真っ暗なのに……」


「治癒魔法を使ってるから体調は万全、眠気もないはずですよ。大丈夫、一度乗り越えた苦難ですから、二度目からは楽勝です」


「く、狂ってる……あんな死にそうになってたのに……狂ってるよこの人……」


「まあ正直、私も本当はすっごくやりたくないんですけど、これもあなたを更生させる為ですから」


 というのは名目上の理由である。


 なぜならアイリスの計画的には骨折したままの匍匐前進移動は一度達成したら、あとは俺の裁量で適当に切り上げても良いと言われているからだ。


 少年の様子を見て続けても良いし、続けなくても良い。


 だから本当ならここでやめてしまっても計画に大して支障はない。


 ではなんでやめないのかというと、これはもう男の意地である。


 魔王やディナス、その他ほかの天才組などに負けてもまあなんとも思わない俺だが、さすがに今まで大した鍛錬もしたことのない少年に、ボディや骨折具合の前提条件が違うとはいえ負けるのは納得できない。


 すまんな、少年。


 俺が納得できるまで、付き合ってもらうぜ……!


「さぁ、準備はいいですか? よければ私、自分の足を折りますよ」


「……ああもう、ちくしょう! もうどうにでもなれ!!」


「その意気です!」


 それからというもの。


 俺と少年は三日間に渡って、最初の場所と川を匍匐前進で毎度毎度必死になりながら、何回も往復したのであった。










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