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第十四話「作戦」

 


 軍から呼び出し受け俺は対虫型魔物の最終防衛線である長城の元へと来ていた。


(これは……凄いな……)


 国境に沿って何処までも続く巨大な城壁を見上げていると、前方から三十数人の屈強な男たち――傭兵ギルドの面々がこちらに向かって歩いてきた。


「おー、おまえがイグナートか?」


 そのうち一番先頭を歩いていた筋骨隆々としたスキンヘッドの大男が俺を見て手を上げた。


「話に聞いてた以上のデカさだな。オレはディアドル王国傭兵ギルド長をやってるザガンってもんだ。これからよろしく頼むぜ?」


 ギルド長ザガンが握手をするためこちらに向かって手を差し出す。

 俺はそれを鼻で笑い、


「俺には野郎の手を握る趣味はねぇ」


 そう言い放った。

 次の瞬間、ギルド長の背後にいる男たちの表情が剣呑なものへと変化した。


「おかしら、こいつ……」

「まあまあ、抑えろや。オレらの相手は魔物だろうが。傭兵同士仲良くやればいいじゃねぇか。なぁ?」


 ギルド長が前に出ようとした若い男の肩を掴んで引き止め、こっちに同意を求めてくる。


(あー……心臓に悪いなぁこれ……)


 そんなことを思いながらも俺はリーダーが作った『台本』通り、


「っは、知らねぇな。俺は俺で勝手にやらせてもらう。雑魚とつるんで足を引っ張られちゃたまんねぇからな」


 出来る限り傭兵たちをバカにしたような言い方で返答した。

 それに対して再びいきり立つ若い男。


「テメェ……!」

「おー、止めとけ止めとけ。将軍直々の推薦だ。腕は確かなんだろうよ。なぁに、戦闘で活躍してもらえば良いさ」


 若い男の肩をポンポンと叩きギルド長は笑いながら言った。


「……お頭がそう言うなら」

「おー、んじゃおまえら、陣形配置の確認しとけ。終わったらすぐメンバー全員に集合をかけろ。今回は魔物の集まり具合が異常らしくてな。魔術師連中の話じゃ、早けりゃ明日にでも襲ってくるかもしれねぇぐらいの勢いで集結してるそうだ。いつもみたいにノンビリはしてらんねぇぞ」


 孤児院の時とは違い、王都には虫型魔物が何ヶ月かに一度大規模な群れを作って襲撃してくる。

 数が多い分集まるのにも時間がかかるようで、いつもなら森で集結し始めてから一週間前後で襲ってくることが通常だそうだ。


 普段は定期的に、時期が来ると毎日専任の魔術師たちが『遠見の水晶』と呼ばれる魔導具を用いて森を監視しているので、魔物に不意打ちされることなく戦闘準備を整えてから毎回防衛戦に挑むのだという。


「ん……おー、どこ行くんだイグナート? いくらおまえが勝手にやるったって陣形ぐらいは把握しとかんと実戦で困るんじゃねぇのか?」

「困らねぇな。ただ虫を潰すだけの簡単な仕事だ」


 ギルド長にそう返すと傭兵たちの中から俺を嘲笑する声が聞こえてくる。


 今の俺は『遠い島国から海を渡ってやって来た凄腕の傭兵』という設定だ。

 嘲笑している男たちはおそらく『虫型魔物の脅威を知らないな、バカめ』とでも思っているに違いない。


 なぜならこの国を襲う虫型魔物というのは普通の魔物に比べて非常に強く、冒険者ギルドによる評定によれば平均して単体だとAランク、集団だとSランクという脅威度だからだ。これは俺もつい最近知ったことだが。


(そう考えると孤児院のメンバーはみんな精鋭揃いだったんだな)


 幼少から虫型魔物に対しての戦い方を想定して訓練しているためかもしれないが、それでも強いことに変わりはない。


「イッグナートー! 」


 そんなことを考えながら傭兵集団の隣を横切っていると、長城の方から二人の女がこちらに手を振りながら歩いて来た。


「もー、こんなところに居たのー? 探したんだからー」


 ウェーブのかかった金髪美女が甘えるように俺の右腕を掴み寄りかかってくる。


「言われた通りテントに行ったら居ないからビックリしましたよ?」


 もう一人、茶髪のロングストレート美女が左腕を掴み同じく甘えたように寄りかかる。


「おう、すっかり忘れてたわ」

「もー、自分で呼んだくせにヒドイよー」

「ははっ、わりぃな。代わりといってはなんだが……」


 二人をそれぞれ片手で持ち上げ、両肩に乗せる。


「二人とも、これからたっぷり可愛がってやるぜ」

「「キャー!!」」


 美女二人が黄色い声を上げた。


(……なんだかなー)


 もう大体気づいているとは思うがもちろんこれらは全部演技であり、リーダーの作った『台本』通りに喋っているだけである。


 ちなみにギルド長とも話が通じているため今までのやりとりもぶっちゃけヤラセであり、俺の印象操作をするための茶番劇でしかない。


(ああ……ホント申し訳ないというか、ありがたいというか……)


 俺の『人類奉仕ルートに突入したくない』という悩みを解消するためにリーダーが考えてくれた作戦。

 それは『頼み事なんて到底されないような人物を演じれば良い』というものだった。

 そういった人物に『成る』のではなく、『演じる』というところがミソである。

 リーダー曰く『そう簡単に性格変えられるんなら今こうして悩んでないでしょ?』とのこと。

 うん、さすがリーダー。俺のことをよくわかってる。その通りだ。


(だけどこの、『戦闘直前まで商売女とお楽しみ』ってシナリオは……なんだかなー)


 そういうことに対し抵抗があるってわけじゃないが、単なるキャラ作りのためにそこまでしなくても良いんじゃないかと思うのは俺だけだろうか。

 むろん実際にそうするわけではなく、そういった風に周りから思われれば良いというだけの話ではあるのだが。


「イグナート……ちょっと、イグナート?」

「ん? ……あ」


 金髪美女につつかれて気づいたが、思考しながら歩いている間に長城の裏側にある俺専用のテントに着いていたようだ。

 二人の美女を肩から降ろして中腰になりながらテントの中に入る。


「あーやっぱりカツラもダメだわアタシ! 背中が痒くなる!」


 テントの中に入ると同時に、金髪美女は頭の金髪カツラを投げ捨てた。


「アタシ猫の毛アレルギーなんだけど、他人の髪の毛でもジンマシンが出たりするのよね……。まあ、でもちょっと面白かったかな。傭兵さんたち皆、唖然って顔してたもんね」


 金髪カツラを捨て、オレンジ色のショートカットヘアをあらわにした美女の名はシエナ・イーオス。

 今は商売女に扮して露出度の高い扇情的な服装をしているが、普段は軽鎧と長剣を装備して第一線で剣士として戦う孤児院出身の女剣士だ。

 つまり俺の先輩であり、約二年半前、俺がリーダーの背後に迫っていたザンザーラを打ち落とそうとして剣を折ってしまった女剣士その人でもある。


「凄いわねシエナは……私は心臓バクバクだったわ」


 茶髪のカツラを取った美女はイルミナ・フィエスタ。ピンク色の髪にポニーテール、優しげな顔立ちをした幼年クラスの保母さんで、有事の際には優秀な治癒魔術師でもある。


「二人ともありがとうございました。こんなことに付き合わせちゃって」

「良いのよ。どうせアタシたちも防衛戦に参加するから、ついでみたいなもんだし」

「そうそう。それにイグナートにはいつも助けてもらってるもの」


 そのあと俺は一度テントの外に出た。

 彼女たち二人があらかじめ用意しておいた自前の装備に着替えるためだ。


(さてと、あとやらなきゃいけないことは……)


 外で待ってる間、作戦内容を確認するため懐からリーダーにもらった台本を取り出す。


「ねぇ、ちょっと」


 すると数秒も経たないうちに誰かから声を掛けられた。

 目の前に居たのは綺麗な赤毛に気の強そうな顔、そばかすが印象的な少女と、肩まで伸びた黒髪の大人しそうな少女の二人。


 ……誰かっていうか、二人とも孤児院出身の知り合いだった。


「おう、久しぶりだな。アリス、ミサ」

「……あんた、誰?」


 アリスの方が怪訝な顔をして聞いてきた。


「ああ、デカくなってからは会ってないからわからないか? イグナートだよ。ほら、幼年クラスで一緒だった」

「……イグナート……って、誰それ?」


 そもそもデカくなる前の俺すらわからないようだった。

 そうか、よくよく考えたら二歳ごろの話だもんな。

 いくら当時アリスの成長が天才的に早かったとはいえ、幼い頃に少しだけ一緒に居た同級生なんぞ覚えてないか。


「……アリスちゃん」

「大丈夫よミサ。あたしがついてるから」


 しかもミサにいたっては怖がられてさえいる。

 二歳ごろはクラスで一番の甘えん坊で俺にメチャクチャ懐いていたというのに。


「なになに、どうしたの?」

「あら……アリスにミサじゃない。二人ともこんなところで何してるの?」


 テントから軽鎧を装備したシエナさんと白いローブを着たイルミナさんが出てくる。


 どうやら彼女たちはアリスとミサに面識があるらしい。

 イルミナさんは当然か。

 幼年クラスの世話をしてたんだから。

 でもシエナさんはなんで二人を知ってるんだ?


「そりゃー前回の防衛戦で会ってるからよ。ねー? アリスちゃんミサちゃん」


 アリスとミサの肩を抱き二人の顔に頬ずりするシエナさん。

 どうやらシエナさんは幼女好きらしい。

 嫌がられてるけどな。


 それにしても、こんな小さな子たちまで防衛戦に駆り出されてるのか。

 もちろん役割は怪我人の手当てとか後方支援なんだろうけど。

 状況は思った以上に切迫しているようだ。


「そんなことよりシエナ姉、イルミ姉、このデカブツはなんなの? さっきから随分と馴れ馴れしいけど」


 シエナさんの頬ずり攻撃から身をよじって逃れたアリスが、再び俺を睨みつけながら言った。


「デカブツって……アリス、あなたね……」

「イルミナちょーっと待った! イグナートもほら、こっち来て!」


 アリスの口の利き方を注意しようとしたイルミナさんと、それをボーっと突っ立って見ていた俺の腕を引っ張りテントの中に連れ込むシエナさん。


「あのね、イグナート。あの二人はもうキミのこと忘れちゃってるわけでしょ? だったらもういっそのことこのまま正体は明かさないで、リーダーが考えた台本の設定通りに振る舞いなよ」

「……ううん、そうですね」


 忘れられてるとわかった時点で俺もそれは考えていた。

 アリスとミサの年は六歳。

 まだまだ子どもであるし特別俺と深い関わりがあるわけでもない。

 だったらわざわざ情報規制までしてる俺の正体を明かす必要はないだろう。

 リーダーの台本通りに振る舞えば俺は間違いなく二人から嫌われるだろうが、それはしょうがないことだからな。

 人類奉仕ルートから逃れるための代償みたいなもんだ。


「あとさ、これは個人的なお願いなんだけど……アタシに敬語使うのやめてくんない?」

「……はい?」

「いやーなんか、前から思ってたんだけど、気持ち悪いんだよねイグナートが敬語って」

「気持ち悪いって……」


 そういえばこの前リーダーにも『ねぇ、僕に敬語使うのやめない? なんだか違和感がさぁ……』って言われたな。

 普通に敬語を使っているだけで気持ち悪いと言われるのはちょいヘコむが、そういうことなら使わない努力をしよう。

 癖みたいなもんだから矯正するのが大変だが、これから先のことを考えると敬語無しに慣れなきゃいけないのは確かだからな。


 なぜなら俺が演じる『傭兵イグナート』は百戦錬磨、傲岸不遜の大男であり、その実力は一騎当千、一国の王にもタメ口で話す怖いもの知らずの三十二歳……という設定になっているからだ。

 年は俺の精神年齢が三十二歳なので一応それに合わせてある。


 ……いや、本当は最初もっと若い年齢を希望したんだけど、リーダーに『どう見ても十代には見えない。二十代前半も厳しい。頑張って二十代後半、妥当な線だと三十代前半』と言われたので、じゃあもういっそのこと精神年齢に合わせようと思ったのだ。


 肉体年齢は六歳なのに、残念すぎる話ではあるが……。


「じゃあ正体は明かさない方向でオッケーね」


 そういうことで話はまとまり、俺は『傭兵イグナート』としてアリスとミサに接することになった。

 それから。


「なんで二人ともこいつのテントに入ってたの?」


 シエナさんが俺のことを簡単に紹介したあとアリスが訝しげな顔をして聞いてきた。


「それはねー……ヒミツ。でも、イグナートと仲良くなれば教えてもらえるかもね」

「ふーん……じゃあ別にいいわ。仲良くなるつもりなんて無いから」


 シエナさんの返答でアリスはその話題に興味を無くしたのか、そのあとは当たり障りない話を二三したあと、特に俺に関して絡むこともなくミサを引き連れてその場を去って行った。




 ◯




 イルミナさんとシエナさん二人と別れた後。

 今度は冒険者ギルドの集まりや、ディアドル王国軍の陣営に行ってそれぞれ先ほど傭兵ギルド集団の前でおこなったものと似たような印象操作をしてきた。


 そのせいで今現在、『傭兵イグナート』の印象は最悪だろう。

 だがこれで防衛戦において一番先頭に立って勇敢に戦い、兵士たちの士気を高めることになったとしても『英雄』として祭り上げられる可能性は低くなるはずだ。

 そしてもし『英雄』と呼ばれるようなことがあっても、『借りを作れば倍にして返すことを要求する』という強欲な性格だという風に噂を事前に流してもらっているため、人生奉仕ルートはほぼ間違いなく回避できるだろう。


 ディアドル王国を見捨てず、なおかつ目立っても人類奉仕ルートに繋がらない。

 素晴らしい作戦だ。

 演技が少し面倒なのが玉に瑕ではあるが、最初にキッチリとやっておけばあとは放っておけば良い。

 悪い噂ほど早く、根深く浸透するものだ。


 そうなればその後はずっと気を張っている必要もない。

 悪い評判で定着していれば、多少素の自分で接してしまったところで何の問題も無いだろう。

 リーダーがそこまで考えた上でこの作戦を発案したのかはわからないが、俺にとってはこれから先の人生計画にも応用できる最高の案だ。

 本当にリーダー様様である。




 ○




 王国中の戦力が魔物集結の報を受け、長城にて厳戒態勢を敷くようになってから三日が経った。

 通常どおりだとまだ魔物襲来には余裕がある頃だ。

 だが今回は異常なほどに魔物が集まるスピードが速い。

 そのため、現在はいつ魔物が襲来してもおかしくはない状況となっている。


 そんな状況下の昼過ぎ。

 長城の裏、傭兵ギルド群のテントが立ち並ぶ陣営の近くで、俺は何やら事件の香りがする場面を目撃した。

 肩まで伸びた黒髪に白いローブ、大人しそうな顔立ちをした少女――ミサが、不審者に絡まれていたのだ。










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