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第百四十八話「匍匐前進」

「さて、と」


 俺は地面に足を伸ばした状態で座り込み、膝部分を覆うアニマを弱めた。


 そして右拳でアニマの弱まった自分の右膝をちょい力を入れてぶん殴った。


「ぐぅぅ!!」


「うわぁ!? せ、先生!?」


「くっ……あなたと、なるべく同じ条件にしなければ意味がないですからね……」


 続けて自分の左膝、右肘それぞれを今さっきやったのと同じように、今度は左拳でぶん殴って骨折させる。


「はぁ、ふぅ、これで、いいでしょう」


「あわ……あわわ……」


「くぅ……骨を折るのは久しぶりなせいか、予想以上に痛いです……」


 膝とか肘とかをこうして折るのはあれだな、ディナスと夜の戦闘訓練を毎日していた頃以来だな。


 あの頃はディナスが『たとえ四肢が欠損しようとも、戦士は戦い続けなければならない』とか頭のおかしいことを言い始めて、強制的に両手足が折れた状態で戦わせられたりもしたっけな。


 こんなのやってられっかよと思って手足を治癒魔法で治そうとしたら、治したと同時に再度骨を折られたりしたもんだ。


 うん、頭がおかしい。


「せ、先生……?」


「ああ、すみませんね、ちょっと昔を思い出してしまいました」


「昔……ですか?」


「ええ。……いえ、まあ大したことではないです。では、行きましょうか」


 俺はそのままうつ伏せになって、左腕と胴体のみを使って身をよじるように匍匐前進を始めた。


「…………」


「どうしました? ほら、行きますよ。早くしないと辿り着く頃には日が暮れてしまいます」


「は、はい……」


 それから数分後。


「せ、先生……待ってください先生……」


「どうしたんですか?」


「先生……速すぎます……ついて行けません……」


「え? そんなに速くは進んでないはず……あ!」


 少年の言葉で気づいた。


 よくよく考えたら、俺は全身に満ちているアニマをもっともっと制限しないと不公平か。


 アニマの出力を上げるだけでも筋力が相当上がるからな。


 普段からあやしまれないよう抑えてるし、今も全力時に比べたら雲泥の差で抑えてるけど、それでも少年と比べたら段違いのアニマ出力だ。


「失念していました。ちょっと待っててくださいね。今からアニマを全力で抑えます」


「……はい?」


「つまり私のアニマ補正をなくして、見た目通りの筋力、体力にするということです」


 俺はそう言いながら胸の奥に意識を集中して、魂から溢れ出すアニマが肉体へと流れないようイメージした。


 魂がどこにあってアニマがどう流れてるかなんてのは知らないから、本当にただのイメージだが。


「あ……すごい、どんどん体が重くなっていく……」


「先生……?」


「すごいすごいどんどん重く……重く……いたたたたたたたた!? 痛い痛いメッチャ痛い!?」


「ひぃ!?」


「ええええなにこれメッチャ痛いんですけどおおぉぉおおおぉおおお!!?」


 あれ!?


 アニマって痛みに対してもこんなに作用してたのか!?


 アニマ補正これハンパじゃねぇな!


 まさかこんなにまで違うとは!


 死ねるぞマジで!?


「くっ……くうぅ……レオ少年……」


「は、はい!?」


「ちょっと……待っててもらって、いいですか……」


「は、はあ……わかりました」


 数分後。


「ふぅ……少し、落ち着きました……」


「…………」


「大丈夫、大丈夫、大丈夫。よし。……お待たせしました。それでは、行きましょう」


 さっきまでと同じく左腕と胴体を使って、身をよじるように匍匐前進していく。


 そんな俺のあとをついて来るように少年も匍匐前進を始める……が、しかし。


「ま、待って……待ってください……レオ少年……ちょ……速い……」


「え……」


「もうちょっと……ゆっくり……」


「あ、はい……」


「はぁ……はぁ……すみ……ませんね……」


「い、いえ、別に」


 そして更に数分後。


「ふぅ……はぁ……れ、レオ少年……」


「はぁ……はぁ……なんですか……」


「ごめん、なさい……」


「はぁ……はぃ……?」


「以前……あなたの指を、折った時……これぐらいのことで、情けないなんて……言ってしまって……」


 痛みに対する耐性は俺自身がこの世界で(つちか)ったものだと思っていたが、どうやらそれすらもベニタマによる恩恵のひとつだったようだ。


 アニマ補正がない俺はこんなにも痛みに弱かったなんて……想像だにしなかった。


 くやしい。


 今まで何度も何度も死にそうな痛みに耐え、乗り越えてきた自分の精神力に対して、ひそかに自負を抱いていたのに。


 腕が無くなろうが、内臓が無くなろうが、胴体が真っ二つになろうが、最後には立ち上がって前に進んできたのに。


 たかだか両膝と右肘が折れてるだけで、こんなにも心が折れそうになるなんて。


「はぁ……はぁ……先生……」


「はぁ……はぁ……なん……ですか……」


「はぁ……先生、オレに情けないなんて……そんなこと……はぁ……はぁ……言ってましたっけ……?」


「あれ……心の中で思った……だけでしたっけ……?」


「はぁ……はぁ……オレは知りませんよ……」


「はぁ……ふぅ……ですよね……」


 お互い荒い息遣いで、地道に、しかし確実に前へと進んでいく。


 それからまた数分後。


「はぁ……はぁ……オレ……もう……」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「もう……無理……うげぇぇぇ……」


 俺より少し前を進んでいた少年が、口から土色のゲロを吐いた。


「うっ……もう、もう……無理だ……こんなの……」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「なんで……なんでオレばっかり……こんな目に……」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「先生……もう、オレを殺してください……食べてもいいから……魂を取ってもいいから……オレを、この苦しみから……」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「…………先生?」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「先生……ちょっと、先生……」


「はぁ……はぁ……はぁ……へぁ……?」


「……木に当たってます」


「へぁ……へぁ……?」


「だから、頭が木に当たってます。進んでません」


「へぁ……あぁ……ごめん……なさい……」


「いや、先生どこ行くんですか。ここを真っ直ぐって言ってたじゃないですか。こっちじゃないんですか?」


「あぁ……あぁ……そう……でした……」


「あっ、ちょ……先生、オレもう無理……」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「…………」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「…………」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「……先生、おっそ」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「……………先生、また違う方向に向かってますよ」


「はぁ……はぁ……えぇ……?」


「もうちょっと右、もっと、もっと……ああ、そのぐらいです」


「はぁ……はぁ……はぁ……すみ……ません……」


「…………」


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


「…………どんな悪魔だよ」


「はぁ……はぁ……はぁ……へぁ……?」


「なんでもないっす。速く先に進んでください。方向がずれたら後ろから言うんで」


「はぁ……はぁ……はぁ……すみま……せんね……」


 俺は朦朧とする意識の中で、少年の方向指示を聞きながらひたすら前へと進んでいった。







 ○






 そして夜。


「先生……先生! 着きましたよ! 川です!」


「はぁ………………はぁ………………はぁ………………」


「ほら、先生! あとちょっとだから! がんばって!」


「はぁ………………はぁ………………はぁ………………」


「ほらあとちょっと! あとちょっと! あとちょ……ストップ! 行きすぎ行きすぎ!」


「つ…………着いた……んですね…………?」


「着きましたよ! あっ……ちょっと! 寝ないで! こんな季節にこんなところで寝たら凍えて死ぬっすよ!?」


「でも…………眠くて…………」


「ちょ……先生……うわっ、デコがメッチャ熱いっすよ先生!? ヤバイですってこれ! 早く自分に治癒魔法使ってくださいよ!」


「治癒……魔法……」


 少年に言われた通り治癒魔法を使おうとするも、アニマが形にならず霧散してしまう。


「あ……ぁ……」


「先生! 先生!?」


 少年の声が徐々に遠くへ聞こえ始め――俺はそのまま眠るように、意識を失った。










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