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第百四十五話「怪力」

「起きてください」


「う……ん……?」


 一時間後。


 周囲の安全を確認した俺はまだ起きてこない少年の頬をペシペシと叩いていた。


「ここ……は?」


「山です」


「……どこの山だよ」


「さぁ……」


「さぁ、って……っつ……」


 左手で右肘を軽く押さえる少年。


「……おい」


「はい?」


「骨折の痛みが悪化してるぞ。お前、どうやってオレをここまで運んだんだよ」


「さぁ、どうやってでしょうね?」


「おい、ふざけんなよこのクソ女!」


「え? なんですか?」


 俺は耳に手を当てながら少年の右肘を踏んだ。


「ぎゃああぁああぁあぁああ!?」


「なんだかお行儀の悪い言葉が聞こえてきた気がしましたが……私の気のせいでしょうか?」


「……て、てめぇぐあぁああぁああぁ!?」


 右肘からいったん足を離すも、また少年がお行儀の悪い言葉を使ったので再び右肘を踏みつけた。


「あれ、今まさか『てめぇ』って言いました? ちょっとよく聞こえませんでしたが」


「ああぁあぁあぁぁぁああぁ!?」


「うるさくて聞こえませんね……っと」


 右肘を踏みつけている足を離すと、少年は涙を流しながら俺に向かって抗議してきた。


「や、やめろぉ! これ以上はやめろ! いいのか! 死ぬぞ!? 自殺するぞオレが!?」


「そうですか。それならどうぞご勝手に」


「お、おい! オレは本気だぞ! 本気で死ぬぞ! 覚悟はできてるんだからな!?」


「別に覚悟は疑ってませんよ。本気で死ぬというのならもう止めはしません。ただあなた、今の状態でどうやって死ぬつもりですか? 自由に動かせるのは左手だけですよ?」


「どうやってって……し、舌を噛んで死んでやる!」


「無理ですね。不可能です。その方法はまず成功しません。舌を噛み切るには相当な顎の力と意思の強さが必要です。そしてもし噛み切ったとしても、舌を切った程度で人は死にませんよ。せいぜい切った舌や出血で窒息死が稀にあるぐらいです。大抵は中途半端に舌を切って、もがき苦しむだけですよ」


「ぐっ……!」


「それに、いいんですか? 死んでしまって。あなたが唯一その身を案じたリュイの行先(ゆくさき)は今、私が自由に決められるんですよ?」


「なんだよそれ……どういう意味だ?」


「私はあなたが真っ当に生きるのなら、リュイを表面上返す、と言いました。それは私にとってリュイが必要ないからです。だからもしあなたが死ぬのなら……そうですね、私のお父様にリュイの命令権を渡すとしましょうか」


「お父様……?」


「ええ。多分、あなたも知っていると思いますよ? 私のお父様の名は……『イグナート』です」


「なっ……!?」


「知らないはずないですよね。幾度となく虫型魔物の大侵攻から王国を守ったSランク傭兵である『英雄イグナート』を」


「バカな……英雄だと!? アイツが王国から法外な報奨金を半ば強引にせしめ続けたせいで、王家は困窮したんだぞ!? 『英雄イグナート』なんて聞いたことない! 『強欲のイグナート』の間違いだろ!」


「まあ、そう言われることもありますね」


 俺はシレッと言った。


 うむ、ちゃんと悪評は(とどろ)いてるようだな。


「それにアイツが現れてから王国はボロボロだ! おかしいだろ! ひとりでグバルビル千匹を倒せるんなら、そんなに被害は出ないはずじゃないか!」


「まあ……そうですね」


 一匹を倒すのに掛かる時間とか距離とか攻撃範囲とかをまったく考えなければな。


「しかもアイツが王国に現れてから、あまりにもアイツの都合が良いように事が運び過ぎてる! 今じゃ虫型魔物自体もアイツが操って王国を襲わせてたんじゃないかって、みんな噂してるぐらいだ!」


「…………」


 マジか。


 今はそこら辺の陰謀も全部、俺が関わってる的な噂が流されてるのか。


 凄いな。


 諸悪の根源じゃん(イグナート)


「それにアイツが現れてから……!」


「あなたが私のお父様に対して思うところがあるのは十分わかりました。それでは、先ほどの言葉に対する答えを聞かせてもらいましょうか」


「答えって……」


「いいんですか? リュイの命令権を私のお父様に譲っても」


「…………証拠」


「はい?」


「お前が『強欲のイグナート』の娘だっていう証拠はあんのかよ! 証拠は!」


「証拠、ですか」


「そうだ! どうせ無いんだろ!? 口からデマカセ言ってんじゃねぇよ!」


「ありますよ」


 俺は無限袋から金色のギルドカードを取り出した。


「これが私のギルドカードです。聞いたことありませんか? つい最近まで冒険者ギルドで話題になってたAランク冒険者の通り名を」


「ま……まさか……」


「そうです。私がミコト・イグナート・フィエスタ。通称『二代目イグナート』です。単に『二代目』と呼ばれることも多いですね」


 俺がそう言って金色のギルドカードにアニマを込めると、その表面に『ミコト・イグナート・フィエスタ』の名が浮かび上がってくる。


「そんなの……お前が勝手にイグナートの名を(かた)ってるだけじゃ……」


「この国で私のような少女がイグナートの名を騙り、しかもその娘だ、と公言するメリットがあると思います?」


「うっ……」


 俺の言ってることがもっともだと思ったのか、少年は言葉に詰まっていた。


 ……よし、あともうひと息だな。


「さて、と」


「お、おい……なにをやってるんだ?」


「『傭兵イグナート』といえば膨大なアニマと怪力が有名ですからね。それの証明ですよ。もちろん娘である私も受け継いでいますから」


 俺はそう言いながら全身に纏うアニマを増加させ、近くに生えている大木たいぼくの隣へと移動した。


 そしてその杉に似た長い大木を両手で抱え、地面から思い切り引き抜いた。


「うわあああぁああぁ!? なにやってんだよぉぉぉおぉおおぉお!?」


「なにって……見ての通りですよ」


 ただ全長二十メートル以上はある、非常に長い大木を引っこ抜いて、それに大量のアニマを込めているだけだ。


 とはいえここまで大きいと根っこも長いようで、完全には地面から抜け切れてないが。


「わああぁああぁああぁあぁあぁ!? お前バカバカバカバカ近寄んな死ぬ死ぬマジで死ぬ!?」


「大丈夫ですよ。軽い……とまでは言いませんが、普通に持てます」


 足がメッチャ地面に食い込んでるけど、これぐらいだったら『限界突破オーバードライブ』なしでも余裕である。


 もしかすると俺、力だけなら昔よりも更にパワーアップしてる疑惑だなこれ。


「うん、もうそろそろイケますね。では、よく見ていてください!」


 先の方まで十分にアニマを込めた全長二十メートル以上の大木を、まるでバットでも握っているかのように思い切り振り抜く。


 すると同じく周りに生えている全長二十メートル以上の大木が、凄まじい衝撃と共に次々とへし折られていく。


 ……うーん、自分でやっててなんだが、これ見てる側は凄まじく怖いだろうな。


 とても同じ人間とは思えないだろう。


「どうですかー! これで証明になりましたかー?」


「…………」


「……おーい、レオ少年?」


 大木フルスイングがひと段落ついたあと、俺は少年に近づき声を掛けたのだが……。


「…………」


「……おーい?」


 少年は口から泡を吹いて気絶していた。










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