第百四十二話「真っ当」
リュイに案内されて、王都の外れにある少年の家へと辿り着いたあと。
「……直系ではないとはいえ、仮にも王家に連なる人間の屋敷とは思えませんね」
「度重なる不祥事による財産の没収、爵位の剥奪、新しい旦那様による倹約など、様々な要素が合わさった結果だと考えられます」
俺はまだ昼過ぎなのに薄暗くて、人気の少ない屋敷内を歩きながらリュイの話を聞いていた。
「それはまた……って、あれ、爵位剥奪されてるんですか?」
「はい。生前までレオ様の父君が持っていた爵位はすべて兄君が引き継ぎましたが、軍での横領事件でひとつ残らず剥奪されました。現在残っているのは新しい旦那様の男爵位のみです」
「……ということは」
確かこの国では父親、もしくは本人が公爵でなければ王位継承権は認められない。
「今までさえ『広義』の王族だったのが……それすらないってことですか?」
「はい」
「じゃあレオ少年が『オレは王族だぞ!』って言ってたのは?」
「王家の血を引いているという意味では王族と言えますので、おそらくそのことかと」
「…………」
なんか一気に切なくなってきた。
っていうか大学の図書館にあった資料、情報古いのな。
クラスメイトや先生に聞いても誰も知らないから、図書館で一番新しい『王家の血筋』みたいな本で少年のことを調べたのだが……まさか今はもうなけなしの王位継承権すらないとは。
「切ないなぁ……」
「切ない、ですか?」
「いえ、なんでもないです。彼のご両親はご不在ですか?」
「はい。奥様は最近若い画家の青年に入れ込んでいるので、そちらのアトリエに。旦那様も今日はお休みですが、趣味の狩猟に出掛けております」
「…………」
今夜が峠かもしれない我が子を放置して、かたや若い男とイチャイチャ、かたや趣味の狩猟でリフレッシュか。
「……ええと、今さらですが、ご両親には今の彼の状態を伝えてあります?」
「はい。非常に危険な状態であるとお伝え済みです」
「医者、もしくは治癒魔術師や治癒魔法師の手配は?」
「進言させて頂きましたが、『そのような金はない』と旦那様は仰られました。奥様は『ならしょうがないわね。リュイがなんとかしてちょうだい』とのことです」
「……………………」
どこにも救いがなかった。
ひどいなこれは。
こりゃ死にたくなってもおかしくない家庭環境だ。
「着きました。こちらがレオ様のお休みになっている部屋です」
リュイはそう言ってドアを四回ノックしたあと、少し間を置いてから返事を待たずに部屋の中へと入っていった。
「ここですか……って、せまっ!?」
入った部屋の中はところ狭しとタンスや物が置かれた、六畳一間ぐらいのちょっとした倉庫みたいな空間だった。
奥にベッドが置かれており、天井近くに四角い小窓が設置されている。
「初めは屋敷外にある物置小屋がレオ様の部屋に割り当てられたのですが、そちらの小屋は雨漏りがひどく床も腐っていたことから、レオ様が新しい父君に交渉した末に屋敷内の倉庫を獲得されました」
「どちらにしてもやっぱり倉庫なんですね……」
どうりで窓が小さいわけだ。
「レオ様。ミコト様がいらっしゃいました」
「…………っ」
リュイが声を掛けると汗だくの少年は僅かに目を開き、何かを言おうとして……結局、何も言わなかった。
いや、言いたくても言えないのかもしれなかった。
それぐらい、今の少年は憔悴していた。
「何も喋らなくていいですよ。大人しくしていてください」
俺はそう言って少年の胸に右手を当てて、ゆっくりと身体に浸透させるよう治癒魔法を発動した。
「あなたには幾度となく私を殺そうとした前科があるので、すぐに全回復させるわけにはいきませんが……これで命の危険はなくなったはずです。どうですか? 体調は」
「…………っ!」
少年は虚ろだった目を見開き、上体を起こそうとした。
だが途中で右肘か両膝か、もしくはすべてが痛んだのか、顔を歪めて再び枕に頭を沈み込ませた。
「まだ骨折箇所までは治してません。ですが、あなたの心がけ次第では骨折も治そうと考えています」
「……心がけ?」
「はい。私はあなたの境遇をリュイから聞きました。あなたは今、ひどくつらい状況に置かれていると思います。ですが、だからといって人に迷惑を掛けたり、ましてや人を殺してもいいなんてことにはなりません」
「…………」
「ただ、幸いあなたは結果としてまだ誰も殺めていません。取り返しがつかない罪を犯しているわけではないのです。……そうですよね、リュイ?」
「はい。レオ様はこれまでに殺人の禁忌を犯したことはありません」
「……ということなので、あなたがこれから心を入れ替えて真っ当に生きる、というのならば、私はあなたの骨折をすべて治します。リュイも表面上は返しましょう」
「…………お前の目的はなんだ?」
「目的、ですか?」
「そうだよ。でしゃばってオレの手首折ったり、かと思ったら治したり……んで死ねって言ったと思ったらまた折った骨を治すって言ったり……」
「過程がごっそり省かれているうえに事情も加味されていないので、それだけ聞くと私の頭がおかしい風に聞こえますが、大体はあなたが原因ですよ。でしゃばりだったことは認めますが、それ以外は普通に面倒ごとを避けるため対処した結果です」
「全然普通じゃねぇよ。普通、何度も自分を殺そうとした相手の命を助けたりするかよ。頭どうかしてんじゃねぇのか?」
「どうもしてませんよ。私はただ、私の精神衛生上よくないことを避けているだけです」
「……なんだそれ。どういう意味だよ」
「心の平穏を保ちたいってことです」
「はぁ? オレが死ななかったら、お前は心の平穏が保てるっていうのかよ?」
「昨日の時点では本気で死んでほしいと思ってたので、正直かなり複雑な気分ではありますが……まあ今はそうですね。死なれるよりは生きていてくれた方がいいですね」
また復讐される可能性とか、そういうとこを色々と考えるとプラスマイナスでギリギリ生きていてほしいぐらいの気持ちだけどな。
少年の境遇は可哀想だとは思うが、彼を生かしておけば俺自身や家族、友人に危険がおよぶ可能性があるのだ。
昨日の時点では死の間際で真人間になったかのように思えた少年も、骨折が治って元気になったらどういう行動を取るかはわからない。
一応、リュイへは少年から命令されても人に迷惑を掛けるような指示、俺や俺の周囲に影響をおよぼすような指示は無視するように言い含めてあるが……慎重になるに越したことはないだろう。
リュイの様子を見る限り、大丈夫だとは思うのだが。
「……そうかよ。お前、とんだ偽善者だな」
「否定はしません。それで、どうですか?」
「どうって?」
「さっきの話ですよ。あなたはこれから、真っ当に生きる気はありますか?」
「それはもちろん、真っ当に生きる。……なんて言うとでも思ったか?」
「まあそうですよね、そこはもちろん真っ当に……は?」
「誰が真っ当になんか生きるかよ、バカが」
少年はそう言って光のない、虚ろな目で笑った。