表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/218

第百四十一話「性根」

 次の日。


 大学が終わり校舎から出ると、昨日と同じくリュイが待ち構えていた。


「レオ様の容体が悪化しました。私に可能な範囲での治療ではおそらく、そう長くは持たないでしょう。早ければ今夜が峠になると予想されます」


「……そうですか」


「いかがなさいますか?」


「…………ここではなんですから、少し歩きましょう」


 俺はそう言って大学の校舎に囲まれている中庭へと移動した。


「さて、と」


「…………」


「それで、リュイ。私に指示を仰ぐのはいいですが、あなた自身はどうしたいのですか?」


「申し訳ありませんが、そのご質問にはお答えできません」


「なぜですか?」


「影に個人の主体はないからです。私に自由意志はありません。ゆえに、私自身に行動選択の希望はありません」


「そうですか。徹底してますね。でもあなたにだって感情はあるでしょう?」


「はい。任務に対しての柔軟な判断力と思考力、そしてあるじの意向を対人推察たいじんすいさつ能力を保つため、影として最低限度の感情は持ち合わせております」


「影としてって……まあいいです。それでは、『どうしたいのか』ではなく、あなたが『どう思っているのか』聞かせてください。……あの少年に生きていてほしいのか、どうか」


「私、は……」


 リュイは一瞬、言いよどむかのように口を閉じたが、すぐに再び淡々とした口調へと戻って言った。


「私は、レオ様に生きていてほしいと思っております」


「なぜですか?」


「……申し訳ありません。私は、私自身の感情を上手く説明することができません」


「そうですか。では質問を変えます。あなたはなぜあの少年に従っているのですか?」


「以前のあるじ様がお隠れになった際、影としての存在意義を失っていた私を拾い、自らの影としてくださったからです」


「以前の主様?」


「はい。私は約十年前までこのブレドニア大陸とは別の大陸に存在する、とある王国の第三王子様に仕えておりました。そのお方が以前の主様です」


 リュイは淡々と語った。


 ある日、その王国の軍部でクーデターが起こり、王族は全員皆殺しにされてしまったこと。


 その中で唯一、リュイの仕えていた第三王子のみが国外へと逃げ延びたこと。


 だが追手によってケガを負った第三王子は、船に乗ってこのディアドル王国に辿り着く頃には死亡してしまっていたこと。


 浜辺で第三王子の遺体を前に呆然としていたリュイを、当時の少年レオが見つけて家へと連れ帰ったこと。


「得体の知れない身分である私を家に入れることを、レオ様のご両親は当然のごとく猛反対されました。それでも幼いレオ様が必死になって私を擁護してくださった結果、私はレオ様に仕えることを、レオ様の影となることを許されました」


「…………そうですか」


 俺はその話を聞いてしばらく思案したあと、再びリュイに質問した。


「あの少年は昔からあなたを人ではなく、まるで道具か手足のように扱っていましたか?」


「いえ。およそ六年前、レオ様が当時十歳だった頃までは私個人に対してまだご遠慮がありました」


「なるほど。その頃はまだ、彼はまともな少年でしたか?」


「申し訳ありません。私にはレオ様と同年代の少年を比較して『まとも』か、『まともではない』か判断できるほどの情報量がありません」


「そうですか。では今の彼と比較して、昔の彼はどうでしたか? 今みたいに逆恨みで人を殺そうとするような人間でしたか?」


「いえ。昔のレオ様は、少し我は強いものの人に優しく、法に触れるようなことをされるお方ではありませんでした」


「なるほど」


 俺はあの少年のことを性根が腐ってると思っていたが、六年前まではまともであったということや最後にリュイを自由にしようとしたことなどを考えると、もしかしたら『性根』は腐っていないのかもしれない。


 ここ最近のアイツが腐っていたことは間違いないが。


「リュイ。六年前に少年が変わったキッカケを教えてもらえますか?]


「断言はできませんが、おそらくは父君が王都防衛戦にてお亡くなりになられたのがキッカケかと思われます」


「防衛戦ですか」


 確かにその頃はまだ虫型魔物の大侵攻による死人が絶えなかった時期だ。


「はい。それ以外にも父君が亡くなられる前からあった母君の不倫、軍に属していた兄君の横領事件、それらが王族、貴族社会に知れ渡ることによる大学内での孤立や、新しい父君からの迫害なども、レオ様が変わられた原因と推測されます」


「…………」


 少年は案外ヘビーな環境に置かれていたようだった。


 よくある甘やかされたお坊ちゃんかと思っていたら全然違った。


 正直ショックである。


 それでもあの少年がやったこと、やろうとしたことが帳消しになるわけではないが……情状酌量の余地は十二分にあるだろう。


 少なくとも俺個人としては、死んであの世で悔い改めろ、とまでは思わない。


 少年にはこの三日間ぐらいで何回も殺されそうになったが、俺はほぼ無傷だしな。


 一度リュイに閃光筒とやらで痛い目を見させられたが……それもいい勉強になったし。


「わかりました。彼の家に案内してください」


 俺はリュイに連れられて、少年レオの家へと向かうことになった。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ