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第百四十話「影」

「はぁ……はぁ……はぁ……んぐっ……」


 そのひたいから汗をダラダラと流しながら、少年は左手に持った剣の刃を自分の首に押し当てた。


「早くしろ」


「はぁ……はぁ……いっ……!」


 意を決したように目をつぶった少年の左腕が動き出そうとする。


 だが次の瞬間、少年は顔を歪めて手から剣を離してしまった。


 少年が剣を当てていた喉の皮膚からうっすらと血が滲み出てくる。


「なにやってんだよ……さっきまでの思い切りの良さはどうした」


「うっ……お、お願いがあります……」


「お願い?」


「はい……このままだと……手足の痛みで左手に力が入りません……だから、自害するために、オレに治癒魔法を……」


「ダメだ」


「え……」


「クズに使う治癒魔法はもうない。甘えんじゃねぇよ」


「そ、そんな……うっ……うぅ……」


「いいから早くしろよ。残った左腕まで折られたいのか?」


「じゃ、じゃあ! リュイを! リュイを使わせてください!」


「は……?」


「リュイはオレの手足みたいなもんです! だから、だからリュイにオレを殺すよう命令させてください!」


「手足みたいなもんって……はぁ……ホント、救いようのないクズだな、おまえは……」


「お願いします……!」


「ダメに決まってんだろ。バカが」


「えっ……」


「どうせメイドに命令して逃げるか何かするんだろ? クズだもんな、おまえ」


「しっ、しません! 本当に、もう……!」


「信じられねぇな」


「お願いします……お願いします……!」


 仰向けで動けないまま、顔をくしゃくしゃにして涙を流す少年。


「人生最後のっ……人生最後のお願いです……! お願いします……!」


「…………」


「おっ……お願い、します……!」


「…………はぁ」


 俺は大きくため息をついてから、土魔法を再使用してメイドの拘束を解いた。


「俺もつくづく甘ちゃんだなぁ……」


「あっ、ありがとうございます! ……リュイ!」


「はっ」


 地中から這い出たメイドが素早い動きで少年の隣に膝をつく。


「オレを……殺してくれ」


「…………」


 その言葉を受けて、メイドは少年のそばに落ちている剣に無言で手を伸ばした。


「ま、待て……刃物は、もう嫌だ……違う方法に、してくれ……」


「…………」


「なるべく……痛くないやり方で……」


「…………御意」


 メイドはゆっくりと、少年の首に両手を掛けた。


「ぐっ……くっ……」


「…………」


「おい……力が、弱いぞ……」


「……窒息死は酷く苦しむため、特殊な技術を用いて頸動脈を絞めております。少し時間は掛かりますが、比較的苦痛を感じることなく永眠することが可能です」


「そう……か……」


「…………」


「なんだ……これなら……ぜんぜん苦しく……ないな……」


「…………」


「はは……最初から……リュイに頼めばよかった……」


「…………」


 数十秒、沈黙が続いた


 ……そして。


「…………リュイ」


「……はい」


「……………………ありがとう」


「…………」


 メイドは答えない。


 だが少年は満足したように微笑んで、その目を閉じた。


 少年は、永遠の眠りについた。


 ……かのように見えた、数十秒後。


「…………リュイ?」


「……はい」


「さっきよりも……力が弱くなってるぞ……」


「…………」


「いくらなんでも……これじゃ……」


 そう言って訝しげな顔をする少年の頬にポタポタと水滴が落ちて、流れる。


「…………」


「リュイ……?」


「……申し訳ありません。ご命令を遂行できません。私は影失格です」


 その両目から涙を流しながら、淡々と話すメイド。


「どうか私に自害を申し付けください。あるじの命令を聞き届けられない影など、存在意義がありません」


「リュイ……その涙は……」


「…………」


「…………リュイ、手を離せ」


「…………」


 メイドは少年の首から両手を離した。


「オレ……お前のこと、何でも言うこと聞く手足ぐらいに思ってた……けど……」


「…………」


「でも……手足は泣かないよな……」


「…………」


「オレにも……泣いてくれる人間が……いたんだな……」


「…………」


 少年が目をつぶる。


 そして一度深呼吸すると、今まで骨折の苦痛にあえいでいたとは思えない、しっかりとした口調で言った。


「リュイ」


「はい」


「お前をオレの影から解任する。これからは自分自身の生きたいように、好きに生きろ」


「……私は影として生まれ、影として生きてきました。今から影以外として生きることは不可能です」


「そうか。じゃあ、そこのガキの影になれ」


 少年はそう言って俺に視線を向けた。


「そいつの影になれば多分、オレの時よりまともな生活ができるだろ。それこそうちのクソみたいな母親や、クソみたいな兄貴の影になるよりよっぽどマシだ」


「……御意」


「おい、勝手に話を進めんじゃねぇよ。また骨を折られて泣き叫びてぇのか?」


「いいぜ、折れよ。嬲り殺しにでもなんでもすればいい。その代わり、リュイを頼む。そいつは無口で、無表情で、気が利かなくて、面白いことひとつ言えないけど……超すげぇ奴なんだ。絶対に役に立つ」


「だから勝手に話を進めんなって言ってんだろ。だいたい、それが人にものを頼む態度かよ」


「お願いします……ぐぅぅぅ!!」


 少年は左腕だけで上体を起こし、苦悶の声を上げながら正座した。


 そして前のめりになりながら、左手と頭を地面につけた。


「はぁ……はぁ……はぁ……お願い、します……リュイを……リュイを頼みます……」


「…………」


「お願いします……リュイを……お願いしま……す……」


 少年はそう言いながら、崩れ落ちるように地面へ倒れこんだ。


 どうやら気絶したらしい。


「……勝手なことばっか言いやがって」


(あるじ)様。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


「………………ミコトだ」


「ミコト様。只今より私はミコト様の影となります。なんなりとご命令を申し付けください」


「……その、影ってのは、(あるじ)の命令はなんでも聞くのか?」


「はい。私に可能な事柄であれば」


「そうか。じゃあ、命令だ」


 俺は少年を指差して言った。


「表面上だけ、コイツの影に戻れ。コイツの命令も今まで通り聞いていい。だが他人に迷惑を掛ける命令や、俺や俺の周囲に何かしらの影響を与える命令は無視しろ。そしてそういった命令をされた場合はすぐ俺に知らせるんだ。いいな?」


「…………御意」


「よし。そしたらそいつを自宅にでもなんでも連れて行け。んでそいつが目覚めたあとは、今さっき言った通りだ」


「かしこまりました。治療はいかがなさいましょう?」


「治療?」


「はい」


 メイド……改めリュイが少年の首に手を当てる。


「レオ様の発汗(はっかん)と熱、そして骨折箇所の内出血、炎症から推測するに、適切な治療をせず放置すれば各部の壊死、体力低下により身体(からだ)病魔(びょうま)(おか)されると思われます」


「病魔、か……」


 この世界での病魔とは、前世で言う細菌やウイルスみたいなものだ。


「……その、適切な治療とやらをしてやれ。できるんだろ?」


「はい。ですが私は治癒魔法や治癒魔術といったものは使えません。そのため骨折そのものを治すことはできませんが」


「それでいい。最後の最後にちょっとばかり男を見せたからって、俺はそいつがやったことを許すつもりは毛頭ないからな」


 俺はそう言って、リュイと少年に背を向けて歩き出した。










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