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第百三十九話「死ぬ気」

「嘘だろ……!?」


 事態を理解した俺は即座に少年へ向けて治癒魔法を全力発動した。


 すると少年の首から噴水のように吹き出していた血が、まるで時間を巻き戻しているかのように元へと戻っていく。


 もちろん俺が顔面に浴びた血もすべて元通りである。


 毎度思うことだが、治癒魔法があって本当によかった。


 治癒魔法がなかったら俺の人生、悲劇悲劇&悲劇のオンパレードだっただろう。


 そもそもここまで生きてこれなかっただろうしな。


「あ……れ……?」


「いきなり何をするんですか。勘弁してください」


 俺はそう言いながら少年から剣を取り上げた。


 いやー……しかしまさかこんな即行で自害するとは思わなかった。


 初対面の時や、昨日の情けない姿の印象が強かったから、自害発言が本気だとしてもまぁそんなすぐには実行しないだろうと高をくくっていたのだが……案外思い切りがよかったな。


「いやはや、本当にビックリしました。でもね、正直なところ、私はあなたを見直しましたよ」


「……は?」


「さっきまで私はあなたが、どうせ死ぬ死ぬ言ってグダグダやった挙句、最終的にはためらい傷でも負って終了するんじゃないかと予想するぐらい情けない男だと思っていたのですが、まさかこんなにいさぎよく自害するとは。その思い切りのよさは称賛に値します」


「なん……だそれ。バカにしてんのか……?」


「いえいえ、とんでもない。言葉通りの意味ですよ。あなたは大した男です。何が原因でそんなに自暴自棄になっているのかは知りませんが、それだけの気力があれば大抵のことは解決できるでしょう」


「……解決?」


「そうです。あなたは自害する時、凄まじい勇気を必要としたはずです。今度はその勇気を、気力を、現実の問題に向けてみてください。現実は厳しいかもしれません。もしかしたら心が折れることもあるかもしれません。ですが死ぬ気でやれば、やってやれないことはないはずです。人間、大抵の問題は自分自身の内面にあると言いますからね。自分が変われば世界も変わる。世界が変われば、人生はバラ色です」


「…………」


「さぁ、死ぬ気で前を向いて生きましょう。一度本当に『死ぬ気』になったあなたなら、それぐらい造作も無いはずです。私も陰ながら応援しますよ」


「…………オレを、許してくれるのか?」


「もちろんです。今までのことはすべて水に流しましょう。あなたは一度死んで、生まれ変わったのです。私は、生まれ変わったあなたを祝福します」


 ここで俺は満面の笑みを浮かべる。


 茶番以外の何物でもないが、一応は全部本心からの言葉だしな。


 逆恨みで殺人しようとするクズ野郎でも、まだこれだけ若いのだ。


 いくらでも更生できるだろう。


 俺はそう信じたい。


「…………」


「それでは、私はもう行きますね」


「……待ってくれ」


「はい……っ!?」


 振り向いたと同時に俺の顔面へと投げられたガラス瓶を、間一髪というところで避ける。


 すると地面に落ちたガラス瓶が割れて、その場所にジュワジュワと煙を上げながら泡立つ液体が広がった。


 塩酸系の液体……か?


「……今のは、どういうことでしょうか」


「キレイ事ばっか言ってんじゃねぇってことだよ。『死ぬ気で前を向いて生きましょう』だぁ? ……そんなことができるんだったら、最初っから自害なんてするわけねぇだろ!!」


 目を血走らせながら俺の顔面へと拳を振るう少年。


 その拳を俺が片手で受け止めると、少年は鼓膜が破けるんじゃないかというぐらいの大声量で叫んだ。


「リュイィィィ! やれぇぇぇ!!」


「――御意」


 少年が叫んだ瞬間に距離を詰めたメイドが、俺の左腕を取ってそのまま一本背負いのように投げようとする。


 だがしかし俺は掴まれた左腕を腕力で強引に引き抜き、逆にメイドの左腕を右手に持った剣で斬り飛ばした。


「……っ」


「二人とも動くのを止めなさい。動けば命の保証はありません」


「リュイィ! なにをやってる! 早く殺せ!」


「なっ!?」


 俺に腕を斬り飛ばされ一度は動きを止めたメイドが、少年の命令で再びこちらへ向かって迫り来る。


 動きの衰えないメイドに驚いた俺は慌てて剣を振り、今度は彼女の右腕を斬り飛ばしてしまった。


「くっ……やりすぎました。今度こそ止まりなさい! 特にメイド! 出血多量で死にますよ!?」


「リュイィィ! この役立たずがぁぁぁ! 早くこのガキを――!」


「テメェは黙ってろ!!!」


 少年のあご先に拳を(かす)らせる。


「あがぁぁぁっ!?」


 直後、少年の下顎(したあご)が変形して、その口は閉じなくなった。


 脳を揺らして気絶させるつもりだったが、どうやら威力が強すぎて下顎自体を壊してしまったらしい。


 だが少年を黙らせるという目的は達した。


「あとはあなたです」


 俺はメイドの両足を土魔法で地面に沈み込ませ動きを封じたあと、治癒魔法で彼女の失った両腕を元に戻した。


 両腕を治療したあとは念のため、昨日と同じように土魔法を使い首まで地面に埋めて拘束しておく。


「ふぅ……これでよし、と」


「あがぁ……あがっ……うぁ……!」


「うるせぇよクズ野郎」


「あがぁ!?」


 俺は顎が外れた状態で苦悶の声を上げる少年の顔面を蹴り飛ばした。


 そして手に持った剣を少年の手前に放り投げる。


「おい、クズ。その剣で自害しろ。おまえにはもう更生する余地はない。あと片付けはしてやるからさっさと死ね」


「あがっ……がっ……!」


「なに言ってんのかわかんねぇよクズ」


 再び顔面を蹴り飛ばす。


「あがぁ、あがっ! あがぁっ!」


「なんだ、まだ言いたいことがあるのか。……しょうがねぇな、人生最後の言葉だ。聞いてやる」


 俺は少年の顔面に治癒魔法を使って(あご)を元通りにした。


「あがっがっ……ぐ……う……」


「ほら、言ってみろ。言いたいことがあるんだろ?」


「…………っ言うな」


「んん?」


「オレを……クズって言うなぁ!」


「いや、おまえはクズだよ」


 俺は都合三度目となる前蹴りを少年の顔面に食らわせた。


「ぐべぁ!?」


「いいか。おまえは再三にわたって俺を殺そうとした。しかも逆恨みでだ。それに加えて最後にゃ出血多量で今にも死にそうなメイドを俺に特攻させた。こんなにもおまえに尽くしてるメイドを、『この役立たずが』と(ののし)りながらな。……なぁ、これでおまえがクズじゃなかったら何がクズになるんだ? 教えてくれよ」


 そう言いながら俺は少年の右膝を蹴りつけた。


 顔面に食らわせた軽い蹴りとは違ってそこそこ力を入れた結果、右膝の関節は明らかに通常では曲がらないような方向へと曲がった。


「ぐぁあああぁああぁああぁぁ!?」


「ほら、早く。叫んでないで教えろよ」


 今度は左膝を蹴りつけて、右膝と同じように骨折させる。


「ぎゃああぁああぁああぁぁあああぁ!!?」


「うるせぇなぁ……やっぱり黙まらせるか?」


「あぁああぁ!? まっ、待ってくれ! お願いだ待ってくれぇ!!」


「なんだよ。命乞いはもう受けねぇぞ」


「ち、違う! そうじゃない! 自害する! 自分で自害するから! だから待ってくれ!」


「……ハァ?」


 俺は少年の右肘を蹴り上げて折った。


「ぎぃあぁああああぁあぁぁ!!? なぁっ、なんでぇぇぇ!?」


「自害するから、じゃねぇだろ?」


 足元の少年を見下しながら言う。


「『自害させてください。お願いします』……だろ?」


「あっ……うっ……」


「…………」


「じっ……自害させてください……お願いします……」


「…………いいだろう」


 俺は仰向けになって倒れている少年の左手に、剣の柄を握らせた。










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