第百三十八話「噴水」
自称王族のはた迷惑な少年に絡まれた次の日の放課後。
「レオ様がお呼びです」
「お断りします」
俺は大学を出たところで再び例のメイドに呼び止められていた。
「必ずお連れするように、と仰せつかっております」
「……一応聞いておきます。理由は?」
「お礼がしたい、とのことです」
「…………」
学ばねぇなぁ……。
「……次はない、と昨日と伝えたばかりだと思いますが?」
「はい。ですが、レオ様の命令ですので」
「そのレオ様とやらを守りたいとは思わないのですか? このままだと死にますよ? レオ様」
「私は影です。影は主に従う者。意見をするなど許されません」
「はぁ……そうですか」
この人もあんな少年に従わなきゃならないなんて大変だな。
昨日の夜から気になって今日大学で調べたところ、あの少年は確かに王族だった。
だが血筋は二世代前の国王の三男に連なるものであり、つまり直系ではなく傍系子孫だった。
王位継承権は四十六位。
ここまでくるともう『広義』の王族としか言えず、待遇的にも貴族とほぼ変わらない。
「それにしても、あなたのような達人があの少年に仕えてる意味が理由がよくわかりませんね。あなたの実力であれば王子どころか、それこそ国王の護衛をしていてもおかしくなさそうですが」
「…………」
「なにか弱みでも握られているのですか? それとも先代の当主に恩があるとか?」
「…………レオ様のところへお連れ致します。ついてきてください」
俺の問いには答えず、メイドは前を歩き始めた。
「はぁ……わかりました。どうやら私が甘かったようですね。今度はもう二度と『お礼がしたい』だなんて言えないようにします」
「…………」
「あまり手ぬるいやり方をしていると、あとで足をすくわれかねないですから。これは言わば正当防衛の一種です。もし今後何かあったら、あなたもそう証言してくださいね?」
「…………」
前を歩くメイドに話しかけても一切返事はなかった。
私語はしませんってか。
職務に忠実だね。
メイドについて行くと、昨日とまったく同じ東門を出てすぐの荒野へと連れていかれた。
またここかい。ワンパターンだな。
「遅かったな」
少年は昨日と同じく広い荒野のど真ん中で、イスに座りながら腕を組んでいた。
セリフもワンパターンである。
「二度目はない……と、昨日申し上げたつもりですが? あなた、頭の中身はちゃんと入ってますか?」
「黙れ。お前みたいなガキにいいようにやられてそのままにしておいたんじゃ、死ぬに死ねないからな」
少年はそう言いながらイスから立ち上がり、腰の剣を抜いた。
死ぬに死ねないって……コイツ、近々死ぬつもりなのか?
……勘弁してくれよ。
「俺はなんでこう……面倒なことばっかり……」
「なにをブツブツ言ってるんだ?」
「己の不運を嘆いていたところですよ。さて……」
俺は少年をよく観察した。
少年は気丈に振舞っているが、よく見ればその足は震えている。
目もこちらを睨みつけているようで実は俺の顔から視線を外してるし、昨日の恐怖が演技であったということはなさそうだ。
だがそれでもこうして俺を呼び出したということは、『このままじゃ死ぬに死ねない』という言葉はおそらく本当なのだろう。
もしかしたら最悪の場合、俺に殺されて死ぬことすら覚悟している可能性がある。
昨日も『オレの人生なんてもうどうだっていい』とかなんとか言ってたしな。
ううむ、俺はこの少年への対処を間違えたかもしれない。
痛みに弱そうだから昨日のアレでもう関わってこないと思ったのに。
「ど、どうした! なに黙ってるんだ!」
「いえ、別に。考え事です。……あなたが剣を抜いているということは、あなた自身が戦うのですか?」
「そうだ! 昨日、『報復も人任せとは情けない』ってお前が言ってたからな! もう情けないとは言わせないぞ!?」
「なるほど。良い心構えですね」
それが本当だとしたら、だけどな。
昨日は『バケモノを相手にまともに戦うわけないだろ!』とか言っておいて、今日は自分で戦うとか違和感バリバリである。
俺の背後で露骨に殺るチャンスを狙っているメイドとは別に、何か小細工でもしているのだろうか。
昨日と同じく俺はここに来るまでの道のりで既に『限界突破』を発動している。
つまり最初から本気モードである。
そんな俺が今さら、ちょっとやそっとの小細工で遅れを取るとは思わないが……。
「な、なんだよ! 掛かってこないのか!?」
「考えているのですよ。私が後先考えずに行動すると、痛い目を見ることが多いので」
いや、もうこの状況自体が後先考えずに行動した結果ではあるのだが、それは置いといて。
少年をよく観察する。
手も足も震えている。
汗が凄い。目が泳いでいる。
おいおい、大丈夫かよ少年。
どんだけ俺のことが怖いんだよ。
無理すんなよ……ん?
「今あなた一瞬、地面を見ましたね。そこに何かあるのですか?」
「なっ……!?」
面白いぐらいに狼狽する少年。
ポーカーフェイス下手だなぁ。
「なっ、なに言ってるんだ!? 御託は良いから掛かってこいって!!」
「まあまあ、そう急ぐこともないでしょう」
俺はそう言いながら土魔法を使って周囲の地形を探査した。
……少年のすぐ前にかなり大きな穴がある。典型的な落とし穴だな。
表面上の見た目はただの地面だが、おそらくは何かしらの魔導具や魔術で薄い板のような地面を作ったのだろう。
随分と手の込んだ罠を作ったものだ。
まあ、今から俺が台無しにするけど。
「さて、と」
俺は少年に向かってゆっくりと歩きながら、同時に土魔法を使って前方にある落とし穴の表面を『補強』し始めた。
それを知らない少年は、俺が落とし穴のある場所に足を乗せた瞬間ニヤリと口角を上げて笑った。
だがしかしその笑顔はすぐに消え去った。
落とし穴に落ちるはずの俺が落ちないからだ。
「な、ん……で……?」
「さぁ、なぜでしょうねぇ」
俺はそう言いながら笑顔で少年の構える剣の先に触れた。
「ひっ、ひぃぃ!?」
「あれほど言ったにも関わらず再度ちょっかいを出してきたのです。覚悟は……できていますね?」
「か、覚悟……」
少年はゴクリ、と喉を鳴らしてツバを飲み込んだあと、剣をゆっくりと引いてその刃を自分自身の首に当てた。
……え、マジで?
「覚悟なら……ある」
「……本気ですか?」
「ああ。お前に仕返しできなかったことは無念だが、嬲り殺しにされるぐらいなら……自害する」
「…………」
なんてめんどくせぇ少年なんだ……。
でも止めたらつけあがりそうだしなぁ……。
かといって死なせるのは論外だし……さて、どうしたものか。
そんな風にうつむきながら思案していたら、
「ぐぅっ……!」
前方からくぐもった声が聞こえて、
「…………え?」
気がつけば、俺は少年の首から噴水のように吹き出す血を顔面に浴びていた。




