第百三十七話「バケモノ」
「ま、待て! このオレに何かしてみろ! ただじゃおかないぞ!?」
「……まだ状況をわかっていないようですね」
俺は少年の襟から手を離して言った。
「腰の剣を抜きなさい」
「け、剣?」
「早く抜きなさい」
少年は俺に言われた通り自分の腰に差している剣を抜いた。
「剣に思い切りアニマを込めて、全力で私を斬りなさい」
「は、はぁ?」
「仮にも王族だったら剣の強化ぐらいできるでしょう。早く」
「くっ……やってやらぁ!」
少年は全身にアニマを迸らせ、剣にアニマを込めていく。
だがその速度は非常に遅い。遅すぎる。
こりゃ普段の鍛錬を怠っているな。
実戦にはとてもじゃないが使えない。
「おらぁ!!」
そしてたっぷり数十秒後、剣が俺に向かって振り下ろされる。
ううむ、人を斬るのにこの躊躇いの無さは凄いと思うが、しかしやはり遅いな。
俺は振り下ろされた剣先を右手の人差指と中指で挟み込んで止めた。
「なぁっ!?」
「軽いですね。剣が遅くて軽い。止めるだけなら指一本でも足ります」
「は、離せっ! このバケモノがぁ!」
少年が剣に力を込めるが、剣先は微動だにしない。
「そう、そうですよ。あなたが相手をしているのはバケモノなのです。そこのところをちゃんとわかっているのですか?」
「な……なに?」
「よく見ていてください」
俺は剣先を手のひらで包み込むようにして掴んだ。
そして、剣先を親指で素早く折った。
すると鋭い金属音と共に少年の頬が切れて、その傷口に赤い血が滲み出てくる。
「うっ、うわぁ!?」
「おっと……破片がそっちに飛んでしまいましたね。ワザとではありませんよ?」
俺はそう言いながらニヤリ、と不敵に笑ってみせる。
……いや、本当にワザではないのだ、マジで。
剣先を折ったのはただ脅そうと思っただけで。
しかし危なかった。
目とかに当たったら、治癒魔法で治せるとはいえさすがにやり過ぎだからな。
心臓バクバクだ。
「動かないでくださいね? 今度はそっちに飛ばないように折りますから」
「ぁ……あ……」
「ほら、剣もちゃんとしっかり持って。……でないと、またそっちに破片が飛びますよ?」
「ひ、ひぃ!?」
俺に言われた通り剣をしっかりと握る少年。
随分と怯えているが、まだだ。まだ足りない。
もう二度と関わりたくないと思ってもらうには、もっと恐怖が必要だ。
「ほら、いち、に、さん、よん……」
「ひいぃぃぃ!?」
ひとつ数えるごとに剣を親指で折っていく。
そのたびに鋭い金属音が鳴り、破片がどこかへ飛んでいく。
少年は金属音がするたびに体をビクつかせながら剣の柄を握っている。
自分でやっていてなんだが、これは凄まじいホラーだろう。
親指だけで剣を折っていく少女とか。
俺だったら絶対に関り合いになりたくない。
「……じゅうさん、じゅうよん、じゅうご。……ふふ、剣が、無くなっちゃいましたね?」
「ひ……ひぃ……たっ、助け……」
「どうしよっかなぁー」
俺はそう言いながら少年の左手を右手で掴んだ。
ビクリ、と体を震わせた少年の手から剣の柄が落ちる。
「あっ……」
「私としては、このまま何もなくなるまで、続けても……いいんですけど」
少年の手を握り、その人差し指を親指で優しく撫でながら呟く。
「ひぃっ、ひぁぁ!?」
「さっき、なんて言ってましたっけ? このオレに何かしてみろ、とか、ただじゃおかない、とか、色々と言ってましたよね?」
「あっ……あぁ……あぁぁ……」
少年は地面に膝をついて、その目に涙を浮かべた。
「ゆ、許してくれ……ついカッとなっちまって……」
「え? なんですか? 『許してくれ』?」
「ゆっ、許してください! お願いしますぅ!!」
「んー…………」
ワザとらしく考える素振りを見せながら、少年の人差し指を撫でる。
あんまりやりすぎても逆効果になるかもしれないからな。
ここらへんで終わりにしておくか。
「……いいでしょう」
「あ、ありが……ぎゃああぁあぁあああぁ!?」
俺は少年の人差し指を根本からちぎり、言った。
「今日はこのぐらいで、許してあげます」
「いぃ、痛い! 痛い痛い痛い痛いぃ! 死ぬ! 死ぬぅ!!」
「指がちぎれたぐらいじゃ死にませんよ。大げさな」
「ああぁあああぁぁ……か、返してぇ……オレの指……返してくれぇぇ……」
「どうしよっかなぁー……」
「オ、オレの指……あぁ……め、目が霞んできた……」
少年は指のちぎれた左手を右手で押さえながら、その場に倒れこんだ。
情けないなぁ……たかだか指がちぎれたぐらいで。
俺なんて数えるのもバカらしいぐらいディナスに四肢を斬り飛ばされてるんだぞ。
それと比べたら指なんて……いや、よくよく考えたら俺を基準にしたらダメか。
バケモノだもんな俺。
「では、もう二度と私に関わらないと誓ってください」
「ち、誓いますぅ……誓いますからぁ……」
「そうですか。では……」
ちぎり取った指に治癒魔法を掛ける。
するとその指は少年の左手へ飛び傷口にくっついて、あるべき姿へと戻った。
うーむ、相変わらず欠損した部位が治癒魔法で元に戻る様はシュールだな。
時間を巻き戻してるみたいだ。
「ゆ、指が元に戻った!?」
「本来であれば自分を殺そうとしてきた相手のケガを治すなんてバカバカしい話だとは思うのですが、あなたは王族だとのことなので今回だけは特別です。後処理が面倒ですからね。……でも、本当に今回だけですよ?」
俺は少年の手を取り、起き上がらせながら彼の耳元で囁いた。
「二度目は……ありません」
「ひっ、ひぃ!?」
「返事は?」
「わ、わかりましたぁ!」
俺は泣きながら返事をする少年に頷いて、次に土魔法を使ってメイドの拘束を解いた。
「リュイ……と言いましたね。あなたも、次があるとは思わないことです」
「…………」
無言で地中から這い出たメイドはその場でこちらに向かって小さく頭を下げると、すぐに少年の側へと控えた。
俺はそれを見てから少年とメイドに背を向けて歩き出した。
しばらく歩いて門の近くまで来ると、後方で少年がメイドを罵倒する声が聞こえてきたが……こっちにはもう関係のない話だ。
俺は東門横のドアを守衛さんに開けてもらい、王都の中へと入っていった。