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第百三十五話「思考」

「速いなぁ……」


 凄まじい速度で遠ざかっていくメイドを見て俺は感嘆していた。


 人ひとり抱えてあの速度は超人と言っていいだろう。


 何者なんだあのメイドは。


「ってそれどころじゃなかった!」


「あっ、ミコト!?」


 俺はすぐさまメイドの後を追うため駆け出した。


 モニカの制止が聞こえてきたが気にしない。


「待ってください!」


 猛ダッシュでメイドに追いつき声をかける。


 あの少年がどこの貴族だか知らないが、手首を折ったままにして逆恨みでもされたら非常に困る。


 治癒魔法で手首を治しておけば証拠はないのでなんとでも言えるが、あの状態だと言い逃れができない。


 あの少年が俺に手首を掴まれて泣き叫んでいるのを大勢の人間が見ているからだ。


「その手首、治させ……うえぇぇぇ!?」


 あともう少しで手が届く、というところでメイドが跳躍(ちょうやく)した。


「嘘だろ……?」


 あのメイド、十メートル以上はあるだろう建物の屋根に乗り移りやがった。


 しかも屋根と屋根の間を跳びながら移動している。


「どんな身体能力だよ……」


 そんなことを呟きながら、俺もメイドの後を追って屋根へと跳躍する。


 ……まあ俺も人のことは言えない立場だけどな。


「えー、止まってください!」


「っ!?」


 俺が追跡しながら叫ぶと、メイドはギョッとした様子で振り返った。


「話を聞いてください! 危害は加えませ……うわぁ!?」


 なんとメイドは問答無用でクナイのような形状の刃物を複数投げてきた。


 俺は身をよじりながらそれらを回避し、また違う屋根へと移動しようとするメイドを追う……が、しかし。


「なっ……!?」


 クナイモドキを回避した先で竹の『筒』のようなものが目の前に現れたかと思うと、次の瞬間、爆音と共に視界が真っ白に塗り替えられた。


「………………やってくれる、ぜ」


 破れた鼓膜と、使い物にならなくなった目を治癒魔法で治しながら立ち上がる。


 グラグラする頭も急速に回復していく。


「……俺もまだまだ、か」


 ここ最近ずっと敵なしだった。


 本気を出すこともなかった。


 なにせ通常の状態でも大抵の攻撃は避けられ、なおかつ万が一当たっても効かないのだから。


 油断していたわけではない。


 純粋に、あのメイドにしてやられたのだ。


 俺があのメイドの実力を見誤っていたのだ。


「『限界突破オーバードライブ』……」


 だが二度目はない。


 ここからは――俺の時間だ。







 ◯







 少年を抱えたメイドはいくつもの屋根を移動して王都の中心へと向かい、最終的には王宮の敷地内へと足を踏み入れていた。


 だがメイドは正式に正門から入ったわけではなく、見張りの目を盗んで広大な王宮庭園の一角からコソコソと敷地内に侵入していた。


「安心しましたよ。正門から入られたらどうしようかと思いました」


「っ!?」


 俺が背後から声を掛けると、メイドは即行で懐に手を入れ例の『筒』を取り出した。


 それと同時に俺は『縮地』で一気に距離を詰めてメイドの腕を掴んで止める。


「無駄です。私が本気になった以上、万が一にもあなたに勝ちはありません」


「……どこから現れました? 尾行はされていなかったはずですが」


「さぁ、どこからでしょうね」


 俺はニヤリと笑ってみせる。


 本当は上空で飛行しながら尾行して、王宮庭園に入った瞬間メイドの背後に降り立ったのだが……さすがにこれには彼女も気づかなかったようだ。


「閃光筒は直撃したはずですが」


「私は治癒魔法が使えます。アレぐらいだったら一瞬で治せます。痛かったですけど」


「…………」


「さっきも言おうとしましたが、私はあなた方に危害を加えるつもりはありません。今からその少年の腕を治しますから、抵抗しないでください」


 場合によっては戦いになるかもと、わざわざ『限界突破オーバードライブ』まで使ったが……こうして捕まえることに成功した以上、避けられる戦いは避けるつもりだ。


 俺は戦闘狂じゃないし、そもそもここは王宮庭園だからな。


 騒ぎを起こして見つかったら大変だ。


 ……まあ久し振りに本気を出せると思ってたから、その機会を逃してホンの少しだけ残念ではあるが。


「…………」


「無言は了承と受け取りますよ」


 俺はそう言って治癒魔法を発動した。


 びくり、と微かにメイドの腕が動くが、すぐにこの治癒魔法の光に害がないことを悟ったのだろう、それ以上なにかしてくる様子はなかった。


「ええと、そこの抱きかかえられてる少年。手首はこれで治ったはずです。逆恨みしないでくださいね?」


「…………」


「おーい……少年……?」


「レオ様は意識を失っていらっしゃいます。呼びかけても無駄です」


「えぇー……」


「手首の治療、ありがとうございました。レオ様に代わりお礼を申し上げます」


「あぁ、いいですよ別に。元はといえば私が折ったんですし」


「そうですね」


「はい」


「…………」


「…………」


 うん。


 なんて言ったらいいのかな。


 気まずい。


「ええと……それじゃ、私はこれで。さっきの言葉、彼に伝えといてもらえます? 『手首は治したから、恨まないでくださいね』って」


「かしこまりました。目が覚めたらお伝えします」


「よかった。それでは」


 俺はメイドに背を向けて王宮庭園から出るべく歩き出した。


 もちろん背後は警戒しているが、おそらくは大丈夫だろう。


 今のメイドは話せばわかるタイプみたいだったからな。




 結局、見張りの目をかいくぐって王宮庭園から出るまで背後から例のメイドに何かされることはなかった。


 実際問題ほぼ心配はしてなかったのだが……まあなんというか、拍子抜けである。


 もうね、『限界突破オーバードライブ』まで使って、『ここからは――俺の時間だ』とかカッコつけてしまった分なおさらだ。


 アイリスに精神世界ユウェナリスで記憶を読み取られて以来、俺は自分の思考が大分『カッコつけ』というか、『すかしてる』ように思えてならなくて、実はちょっと気にしていたのである。


 とはいえ本当に『ちょっと』しか気にしてないので、最終的には『こまけぇこたぁ気にすんな』という心の声が優勢になるのだが。


 うん。


 別にいいよな。


 定期的に黒歴史な思い出を生産したって。


 ほら、笑い話になるじゃん?


 人生プラス思考が一番だぜ。


「よし」


 大通りを歩きながら、自分の頬を両手で叩く。


 自分で自分を慰めたところで、そろそろ現実を直視するとしよう。


 とりあえず今の俺にとっては完全放置となってしまったモニカへの事情説明が最優先なのだ。


 もしモニカが王国警邏隊に連絡して、それが実家にも伝わって――となると、伯爵や夫人にいらない心配を掛けてしまうからな。


「さてと、急ぎますか」


 よくよく考えたら歩いてる場合じゃなかったな。


 もう手遅れかもしれないが、とにかくモニカを探そう。


 俺は広場での事件が大事おおごとになってないよう祈りながら、北門前に向かい走って行った。










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