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第百三十四話「リュイ」

「これがホット・アイスクリームかぁ。でもアレだな、これ全然『アイス』じゃないな」


 店主からホット・アイスクリームのカップを奪い取ったのは、貴族然とした服装をした赤髪の少年だった。


 前世であれば高校生ぐらいの年頃、と表現するのが一番適切だろうか。


 その行動からしてもう()して知るべし、という感じではあるが、本人の顔自体も随分と生意気そうな面構えをしている。


 そんな赤髪の少年を前にして今まで笑顔だった店主の顔が、人が変わったように豹変した。


「おい、小僧」


「……あ?」


「ワシはこのお姉さんに『それ』を渡したんだ。返せ」


「はぁ? なに言ってんだ、オッサン」


 赤髪の少年は黄緑髪のメイドを指差して言った。


「『これ』はオレがコイツに並ばせて買わせたの。だから『これ』はオレの。わかったらとっとと引っ込めよオッサン。菓子職人ごとき平民がこのオレに舐めた口をきくんじゃねーよ」


「舐めてんのはお前だ、小僧」


「ああ?」


「これの意味がわからんのか?」


 店主は屋台に貼ってある張り紙を指差しながら言った。


「『お一人様ひとつまで』、『立ち並び代行禁止』」


「……だから?」


「食べたかったら自分で並び直しな。それがウチのルールだ」


「はぁ? なんだそれ。意味わかんねぇよ」


「わからなくてもわかっても、ワシの作ったもんを食べる以上はワシに従ってもらう」


 そう言ってホット・アイスクリームを取り返そうとする店主から、赤髪の少年は身を引いて抵抗する。


「ちょ、やめろよ! ふざけんな! オレを誰だと思ってやがる!」


「ふざけてるのはお前だ小僧! いいか! 貴族だかなんだか知らねぇが、ウチの店では身分で特別扱いしたりはしねぇんだ!」


「やめっ……あぁ!?」


 もみ合いになった結果、少年の手からホット・アイスクリームのカップが離れ地面に落ちた。


 カップは逆さまに落ちたので、もちろん中身は全滅である。


「て、てめぇ!」


 少年が店主に殴りかかる。


 だがしかし店主はやすやすとその拳を受け止め、逆に少年の頭をスパーン! と叩いた。


 それを周りで見ていた観衆の口から、店主を称賛する声が上がった。


「ワシが言うのもなんだが小僧、頭を冷やせ ! 今はもう昔みたいに貴族が横暴をきかせる時代じゃねぇんだ!」


「ぐっ……!」


 頭を叩かれた少年は周囲の観衆に注目されていることに気づくと、顔を真っ赤にして腰の剣を抜いた。


「み、見るなぁ! てめぇら! そんな目でオレを見るんじゃねえぇぇ!!」


 少年は叫びながら剣をデタラメに振り回し、暴れ始めた。


 観衆の中からいくつもの悲鳴が上がる。


「小僧……正気か!? やめろ! 取り返しがつかないことになるぞ!?」


「くっそぉ! みんなオレをバカにしやがって!! ぶっ殺してやる!!」


 話を聞こうともせず、少年が店主に向かって剣を振り上げた瞬間。


「――そこまでにしておきましょう」


 俺は剣を持つ少年の手首を掴んで止めた。


「な……なんだぁ、このガキ! 手を離せ!」


「あなたの方がよっぽどガキです。殴ろうとして逆に頭を叩かれて、その報復に剣を抜くなど……その動機は子供そのものですが、それによる『結果』は子供のケンカじゃすみませんよ」


「うっ……うるせぇ!」


 少年は空いている左手で俺の顔面を殴った。


 ゴン、という鈍い衝撃と共に少年がうめき声を上げる。


「ぐぁ!? か、硬え……」


「……仮にも乙女の顔面を本気で殴るとは、どうやら反省がないようですね」


「ぐぅ……誰が乙女だバケモノが! 離せ! おら、離せぇ!」


 左手を痛めたらしい少年が今度は足を使って俺の腹に蹴りを入れてくる。


 結構容赦ない蹴りだ。


 ……観衆がいるから無抵抗主義を貫こうかと思ったが、ちょっとこりゃお灸を据えないとダメだな。


「まったく反省してないようですので、王国警邏隊が来るまで少しだけ『おしおき』します」


「はぁ? 意味わかん……ぎゃあああぁあぁあぁぁあぁあああ!?」


 少年の右手首を『ちぎれない』程度にギュと握る。


 すると俺の小さな手の中でバキッ、と骨が折れる感触があった。


 どうやら無事に手首の骨が折れたようだ。


 上手く加減できたようで良かった良かった。


 いくら王国警邏隊が来たら治癒魔法でシレッと治すつもりだとはいえ、手首がちぎれてしまったら見た目からしてマズいからな。


 それに比べて折れただけなら、こうして手首を握っていれば誤魔化せる。


 王国警邏隊が来るまでせいぜい泣き叫んでもらうことにしよう。


「あああぁあぁああぁ! 骨がぁ、骨が折れたぁぁぁ!!」


 少年が叫ぶと観衆からドッと笑い声が湧いた。


 誰も信じていないのだろう。


 そりゃそうだ。


 俺みたいな外見の少女に手首を掴まれて、それだけで骨が折れるなんてことはいくらこの世界でも普通はありえない。


 少年には普通じゃない俺に捕まったのが運の尽きだと思ってもらおう。


「うわああぁああぁ! リュイ! リュイィィィ! オレを助けろぉぉぉ!!」


「――御意」


 だが、『普通』じゃないのは俺だけじゃなかった。


「レオ様を離して頂けますか」


 リュイと呼ばれたメイドはそう言いながら、流れるような足さばきで俺の背後へと回った。


 その動きは見えている。


 見えているのに、反応できなかった。


「……嫌だと言ったら?」


「体に言うことを聞かせるまでです」


「へぇ……」


 俺は体を覆う硬化のアニマを増大させた。


「それは怖いですね。痛いのは嫌いなんです」


「痛くはありません。むしろ気持ちいいと思います」


「は? ……ひゃあ!?」


 耳に温かい息が吹きかけられた。


 そしておもむろに制服の中へ手を入れられたかと思うと、背中を背筋にそって優しく、上から下に指でなぞられた。


「あひぃ!? あうぁ……あっ……ってどこ触ってるんですか!?」


 ちょっとボディタッチが看過できないレベルになってきたのでガバッと後ろを振り向くと、メイドはその一瞬で少年を腕に抱きかかえていた。


 って、おおい!?


 俺いつの間に少年の手を離してたんだ!?


「それでは失礼致します」


「あ……ちょっ!?」


 メイドはそう言って少年を抱えたまま、大通り方面へと走り始めた。












 
















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