第百三十話「光」
「自分で言うのもなんだけど、私って史上稀に見る天才なのよ。だから大学にとっては最重要人物というわけ。私が王国大学に通っている、在学しているという事実だけでも大学にかなりの箔がつくから。だからこそハンナは私に近づいた。私と交友を持ち、仲良くしていれば教師連中もハンナを邪険にはできないから。内申も自然とよくなるでしょうね。そしてあわよくば、私が開発したオリジナルの魔術を教えてもらえるかもしれない。教えてもらえなくても、盗めるかもしれない。そんな様々な、とても人間らしい利己的な理由でハンナは私に近づいて来たのよ」
「……それは、魔眼でハンナから聞き出したのですか?」
「そうよ」
「…………」
「ミコト、アナタ何か勘違いしてるみたいだけど、私は最初からわかっていたのよ? 今まで私にあえて近づいて来た人間はみんな『そう』だったもの。言ってなかったかしら? 私のお父様はね、魔術師ギルドの会長なの。だから故郷でも、今ほどの実力がない昔でも、私の立場は似たようなものだったわ。だからね、魔眼を使うまでもなく最初からわかっていたの」
「……ではなぜ、魔眼を使ったのですか?」
「え?」
「最初からわかっていたのなら、わざわざ自分に対して思っていることを魔眼で聞き出さなくてもよかったはずです。……本当は、期待していたのではないですか? 今度は……いえ、今度こそ、自分の立場を利用するのが目的ではない、本当の友達ができることを」
「フフッ、やっぱりミコトは面白いわね。心の奥底では私がどういう人間か、わかってるくせに」
アイリスは唐突に笑うのを止めて、無表情になった。
「私はね、他の人間とは違うの。特別なの。だから社会に溶け込むための、偽物の仮面なんてつけない。いらない」
「…………」
「私は私の本質に忠実だわ。傲慢で、貪欲で、自らの好奇心に従って、自分が面白いと思うもの、興味を持ったものを追求する。邪魔するものには容赦しないわ。誰も私を縛ることはできない。逆に興味がないものに関しては無関心だわ。なんの価値も見出さない。そう……ハンナのようにね」
「本当に、そうでしょうか」
「……どういうことかしら?」
「深層意識は自分で自覚することができない。その理屈で言えば、あなた自身がそう言っても本当は、心の奥底では、ハンナに対して何かしらの感情を抱いているのではないでしょうか」
「随分と突飛な発想ね。それは私に対するアナタの希望であり、期待だわ」
「いえ、突飛ではありませんよ。ハンナの話を聞いた時から少しだけ、引っ掛かってはいたんです」
「引っ掛かっていた?」
「違和感、と言ってもいいでしょう。……アイリス。あなたはハンナのことを煩わしかった、と言っていましたね。それは出会った当初からですか?」
「もちろんよ。あの子が凡庸な一般人であることは、出会った時から……」
「――だとしたらなぜ、魔眼で彼女を遠ざけなかったのですか?」
俺はアイリスの金色と銀色のオッドアイを見つめながら言った。
「それは……」
「あなたは入学当初からクラスメイトたちに魔眼を使っていた。魔眼を使うことに抵抗は一切なかったはずです。なのになぜ、煩わしいハンナやモニカに魔眼を使わなかったのでしょう? なぜ魔眼で最初から彼女たちを遠ざけなかったのでしょう?」
「……そんなことに理由はないわ。言ったでしょう? 私は気まぐれなのよ」
「それだけではありません。モニカがハンナの両親に事件の真相を話した時、あなたは王国警邏隊はおろか、ハンナの両親にまで魔眼を使い記憶操作を行いましたね。その理由はよくわかります。事件の真相を知っている人間を残しておいたら、いつまた王国警邏隊が自分を捕まえに来るかわかりませんからね。ですが、あなたはモニカにだけは、記憶操作を行わなかった」
「…………っ!」
「あなたは、そもそも最初からモニカに事件の真相を話す必要すらなかったんです。自分の保身を考えるなら、最初から魔眼でモニカの記憶を消してしまえばよかった。でも、あなたはそれをしなかった。あなたは……今もまだ、ハンナとモニカを大事な友達だと、思っているのではないでしょうか。だけどあなたは、魔眼なしで上手く人と付き合う術を知らないあなたは、『アイリス』という仮面を被ってモニカを遠ざけた……」
「違うわっ!!」
アイリスは泣き叫ぶかのような声を上げて否定した。
「私は私の仮面なんて被ってない! そんなのは全部アナタの空想、妄想よ!!」
「アイリス。あなたが言う仮面の話。私はある側面では正しいと思います。人間、誰しも自分の仮面を、役割を演じているのでしょう。ですがそれと同時に、それは間違っているとも思います。あなたは言いましたよね? 『普段意識してないだけで人間、相反する思考が同時に存在するなんてことは日常的にあることだわ』、と」
「それが……それがどうしたっていうの!?」
「好き、嫌い。友情、非情。自由奔放、自縄自縛……それらは全部、あなたの中にあるものです。仮面だとか、本質じゃないとか、そんな風にわけて考える必要なんてないんです。それらを全部合わせて、すべてが……あなた自身なんです」
「勝手なことを――!」
俺は振り上げられたアイリスの腕を取り、そのままこちら側へと引き寄せた。
そしてアイリスの頭を抱いて、自分の胸に押しつける。
「むぐぅ!? なにを!?」
「泣いてください!」
「ハァ!?」
「あなたは悲しいんです! ずっと孤独だったこと! 信じたかった友達の本心が違っていたこと! かつての友達に嫌われたこと! お母さんに中々会えないこと! その他色々!」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 勝手に私を決めつけないで!」
「ごめんなさい! じゃあなんでもいいから泣いてください!」
「ハァァ!?」
「涙には浄化作用があります! とにかく泣けばスッキリします!」
「いい加減にして! 押し付けがましいわよ!」
「そうです私は押し付けがましいんです! 泣くまで絶対に離しません!」
「くっ……このぉ!」
「無駄です!」
「うっ……なんて力……強すぎるわよ……」
「私は怪力ですので」
「痛いわよ……うっ……うぅ……」
「ごめんなさい」
「うぅ……ひっく……だから、痛いって言ってるじゃない……」
「ええ」
「ええじゃないわよ……バカぁ……」
アイリスは震えた声でそう言いながら、俺の胸に強く顔を押し付けた。
それからしばらくして。
太陽の見えなかった精神世界に、日の光が差し込み始めた。