第十二話「正しい選択」
『この国は限界だ』という将軍の言い分に対して、俺はこう思った。
『いや、勇者がいるじゃん』と。
そして実際にそれを言ってみたのだが。
「勇者はまだ幼く、厳しい戦況を打破出来るほどの力は無いのだ」
このように返された。
ああ、そういえば当時五歳だって言ってたな。
あれから一年間経ってるから今は六歳だとして……いくら勇者でも六歳児だと弱いのか。
「今の時点でも決して弱いというわけではない。六歳という年齢で、もうすでにグバルビルを一人で倒すことが出来るほどの力を身につけている」
グバルビルといえば平均して全長五メートル近くはある、全身を硬い甲殻に覆われた巨大なダンゴムシのような魔物だ。
通常であれば実戦経験豊富な熟練の剣士、槍士が五人掛かりでやっと倒せるという、森から現れる虫型魔物の中で一番厄介な魔物である。
そんな魔物を一人で、しかも六歳という若さで倒せる勇者は周囲の人間いわく『才能の塊』だそうだ。
今はまだ幼いということもあり前線に立って戦うことこそしていないが、王国による教育が終わって勇者としての才能を開花させ次第、ディアドル王国は彼を中心に国の総力を挙げて虫型魔物の掃討に乗り出す計画を練っているのだという。
「だが、それ以前に国が滅びては意味がない。勇者の才能が開花するまでの間で良い。どうか、協力してもらえないだろうか……!」
「…………」
まるで俺が協力しなかったら国が滅びるような言い草だが、普通に考えればこれはおかしな話だ。
ディアドル王国王都に攻めてくる虫型魔物の群れは孤児院の時とは規模が違う。
数が多いためか数ヶ月に一度という頻度だが、襲って来る時は毎回グバルビルだけでも平均して数百匹以上、それ以外も含めると合計千匹近くの虫型魔物が襲来すると聞く。
そんな規模の防衛戦に俺が一人加わったところで、そこまで大きく戦況が変わるとは思えないのだ。
そりゃ兵士たちが防衛線を維持してくれれば百匹以上の魔物を俺一人で倒すことは可能だろうが、俺が現場に向かうまで時間を稼いでいる間、魔物の正面で戦うのは他でもないその兵士たちである。
だったら変に時間を稼ぐより、戦っている兵士本人たちが魔物を倒そうとした方が断然効率が良い。
王都の防衛戦より規模の小さい孤児院前での戦闘ですらそうだったのだから、これは間違いないだろう。
防衛戦と侵略戦は戦いの質がまったく違うのだ。
それにいくら力があっても、歴代勇者とか他の英雄たちと違って俺には範囲攻撃をする手段が無いからな。
どうしても魔物を殲滅する速度は遅くなる。
だから勇者の代わりなんぞ務まるわけがない。
というわけで、丁重にお断り申し上げた。
そもそも目立ちたくないし。
すると将軍は渋い顔をさらに渋くして、こう言った。
「情けない話だが……現状が厳しいのは実際の戦力差というよりは、兵士の士気の問題なのだ」
つまり、だ。
虫型魔物を掃討して国の危機を救ってくれる勇者の存在を唯一の希望として今まで頑張ってきたのに、その勇者が子どもであったためまだ少なくとも数年間は自分たちだけで防衛戦を続けなければならないことが発覚。
それによって著しく下がった兵士たちの士気を、『イグナート』という手頃な強者を『英雄』に仕立て上げ回復させよう、という作戦らしい。
(士気を上げるためって……なおさらダメだろ……)
英雄として大々的に宣伝することが前提とか、考えられる限り最悪のパターンだ。
これは絶対に回避しなければならない。
俺は断固として参戦しないことを将軍に伝えた。
……はずなのだが、なぜか将軍は『一週間後に正式な手続きをするためにまた来る』と言って帰って行った。
どういうことだ。
俺は参戦しないと言っているのに。
リーダーを彷彿させる強引さだった。
この親にしてこの子あり、って感じだ。
……いや、ホント勘弁してほしい。
◯
そしてその日の午後。
「さてと……それじゃ、世話になったな」
俺は屋敷の敷地内から出た門の前でセーラに見送られていた。
「……それだともう戻って来ないみたいに聞こえます」
「おう、そのつもりだ」
「…………」
「……冗談だ」
本当は冗談ではないのだが、睨みつけられ日和ってしまった。
情けない……。
「それでは、また一週間後に会いましょう」
「ああ、またな」
俺はセーラに背を向けて歩き出した。
これから孤児院に行って、今まで世話になった人たちに挨拶しに行くつもりだ。
助手の仕事は一応一週間休みとなっている。
セーラに『防衛戦に加わるかどうかの判断はとても大事なことなので、一度孤児院に戻って仲間に相談したい』と話したらなんと一週間もの休みをもらえたのだ。
ただいったん孤児院に戻ることは本当だが、防衛戦に加わるかどうかの相談をする気は実のところまったくない。
それは完全に嘘だ。
計画より随分と早いが、俺はその間にこっそりと旅の準備をして明日にはこの国を出るつもりでいる。
どんと気前良く休みをくれたセーラのことを考えると良心が痛むが、これはもうしょうがない。
このままここに居たら間違いなく、なし崩し的に防衛戦へと加わることになる。
そしたら残りの人生は人類への奉仕生活だ。
そうなると前世と同じ……いや、スケールがデカい分、前世よりよっぽど大変だろう。
それだけは避けなければならない。
「イグナート!」
セーラに呼ばれて後ろを振り向くと、彼女はどこか憂いを帯びた表情でこちらを見つめていた。
「また……帰って来てくださいね」
「…………」
返事は出来なかった。
俺は無言で手を振って、再び背を向け歩き出した。
孤児院に向かう街道を俺は憂鬱な気分で歩いていた。
(あぁ……なんで俺はいつもこういう状況にばっかり……)
先ほどのセーラの憂いを帯びた表情を思い出し、俺は深くため息をついた。
(なにかしらの事情があったりするんだろうなぁ……きっと)
セーラとは一年ほど一緒に仕事をしていたが、お互いプライベートでは殆ど絡むことはなかった。
俺の場合、余計な情が移るといつか旅に出る際に支障をきたすと考え、あえて彼女に対しある程度の距離を置いていたというのもあるが、セーラ自身も最初から俺と必要以上に関わることを避けているような感じがあったのだ。
俺は彼女がよそよそしい態度を取る理由を知らない。
今まであえて知ろうとも、積極的に関わろうともしなかった。
結論から言えばそれは正解だったと思う。
もし彼女と親密になり、色々と事情を知ってしまえば……俺はこうしてこの国から逃げ出すという発想すら浮かばなかったかもしれないからだ。
俺の選択は正しかった。
正しかった、けど……。
(……あぁもう、考えるのはやめよう)
俺の選択は正しい。それで良いじゃないか。
俺は今度こそ、自分の人生を自分のために生きると決めたんだから。
孤児院に着いてからは院長に借りっぱなしだっハルバードを返したり、イルミナさんに会いに行ったりと各方面のお世話になった人たちへ別れの挨拶をして周った。
「一年しか経ってないのに随分と懐かしいな……」
孤児院をひと通りぐるりと一周したあと、俺はある場所を訪れていた。
周囲を背の高い木々が立ち並ぶ、小さな広場のような空間。
俺がよくリーダーと二人で戦闘訓練していた場所だ。
(ここにも居ないか……)
孤児院の敷地内にリーダーが居なかったためここに来たのだが、どうやら外れだったようだ。
(まぁ、そりゃそうか。一人で戦闘訓練するぐらいだったら前線に呼ばれてるよな)
今や戦える人材は殆どが王都防衛戦に回されている中、リーダーは戦闘技術に関する教育能力の高さから未だ教官として孤児院に留まっていると聞く。
そんな貴重な人材が一人で訓練なんてしているはずがない。
「…………はぁ……」
俺は広場の中心に座り込み、無意識のうちに溜息をついていた。
今日、孤児院で別れの挨拶をして周った時、様々なリアクションでみんなに引き止められた。
それはあらかじめ予想していたことではあったのだが……。
(予想以上に効くなこれは……)
罪悪感が凄かった。
優しく諭そうとする者、寂しがる者、泣いて助けを求める者、薄情と罵る者……それはもう様々だったが、共通しているのはみな本気で俺を引き止めようとしているということだ。
(こんなことなら別れの挨拶なんてしに来なきゃよかった……)
引き止められること自体は予想していたのだが、ここまで激しいとは思っていなかった。
どうやら俺の考えが甘かったようだ。
状況はかなり切迫している。
青年クラスはおろか少年クラスの人間まで前線に駆り出されるくらいだ。
そりゃこのタイミングで一人、旅に出ようなんてヤツは『薄情者』と言われて当然である。
ましてや俺は虫型魔物の脅威をよく知る孤児院出身の人間で、それに加えて人並み以上の力を持っているのだ。
口汚く罵られてもまったくおかしくはない。
俺が逆の立場だったら『なんだコイツは……空気読めよ』と思うだろう。
もしかしたら『なんだかんだで明るく送り出してもらえるかも』なんてちょっと期待していた俺はバカだったというわけだ。
(はぁ……どうすりゃ良いんだ俺は……)
もう利用されるだけの人生はこりごりだ。
だけど戦場に出れば嫌でも目立つ。
目立てばまた前世の二の舞だ。
かといって、ここで逃げ出せば後味が悪すぎる。
八方塞がりだった。
「こんなところでどうしたんだい、イグナート。随分と落ち込んでいるようだけど」
「……リーダー」
振り向くと、そこには一年前とほぼ変わらない藍色の髪をした優男、リーダーがいた。
孤児院のメンバーから俺がどこに行ったか聞いてここに来たらしい。
「……実は俺、悩んでるんです」
俺は前世のことを隠しつつ、自分の悩みをリーダーに打ち明けた。
利用されたくない。目立ちたくない。だけど逃げ出したくもない。
これから自分がどうすれば良いのかわからない。
「……なるほど。大体わかったよ」
リーダーは俺の話を聞いたあと少し考え、こう言った。
「よし、それじゃあ――ギルドに行こう」