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第百二十八話「仮面」

 土下座すること自体は簡単だ。

 様々な隠しておきたい個人情報をすべて丸裸にされた今、もはやアイリスに対して恥も外聞もあったもんじゃない。

 なんならスライディング土下座、ジャンピング土下座だってしてもいい。


 だがしかし、本心までは隠せない。

 普通だったら別に内心と行動が合ってなくとも特に問題はないが、ここでは俺の思考がアイリスにモロバレなわけである。

 そこのところをどうするか、だ。


「……なに、アナタ、私に対して悪いと思ってないの?」

「そうですね……ここで嘘をついても意味がないので正直に言いますが、悪いとは思っていません。少し大人気なかったかな、とは思っていますが」

「へぇ……」


 アイリスが目を細め、うっすらと笑う。

 怖い。


「そうなの。それは残念だわ。でも私は優しいから、本心がどうであれ形だけでも謝れば許してあげるわよ?」

「謝りません。謝りたくありません」

「……良い度胸じゃない。私はアナタをここに置き去りにすることだって出来るのよ?」

「相手に本心を覗かれている状況下で上辺だけ取り繕っても仕方がないというか、滑稽ですからね。私はただ本心をそのまま述べるのみです」

「それが命取りになるとしても?」

「なりませんよ。私はアイリスを信じてますから」


 なんだかんだで。


「ここに置き去りにはしないって? アナタ……それは楽観的すぎるんじゃないかしら?」

「そうですね。自分でもそう思います。でも九割方……いえ、八割方は信じてますよ。アイリスは私を見捨てたりはしないって」

「残りの二割は『見捨てるかも』って思ってるのね」

「ええ。もちろん、ここでは嘘が意味を成さないからこう言ってるのであって、もし内心が筒抜けじゃなければワザワザ八割方とか言いませんが」

「フフッ、そんなことわかってるわよ。まったく、ミコトはこんな時でもミコトなのね」

「私はいつだって私ですよ。あたりまえですが」

「そうね、あたりまえね」


 そう言ってにこやかに笑うアイリスの顔が唐突に無表情へと変わる。


「でも、それとこれとは話が別よ」

「…………」

「アナタのおかげで私は深く傷ついたの。上辺だけでもいいから取り繕って謝りなさい。滑稽だろうがなんだろうが私は気にしないわ。どうせ人間なんて、みんな上辺だけなんだから」

「そうでしょうか。私はそうは思いませんが」

「そうなのよ。魔眼で人の本心が聞ける私にはわかるの。人はみんなそれぞれ仮面ペルソナを被って生きているわ。教師は教師らしく。生徒は生徒らしく。王様は王様らしく。貴族は貴族らしく、振る舞うための仮面。当然よね。各人それぞれが適切な仮面を被ることによって社会は円滑に動いているのだから。だけど」


 アイリスは俺との距離をさらに詰めた。

 金色と銀色のオッドアイがすぐ目の前に迫る。


「人間一皮剥けばみんな同じよ。誰もが自己中心的で、愚かで、醜いわ。それを各人それぞれがこの世で生きていくために、外界と調和していくために、社会から求められた自分という人間の仮面を被っているというだけ。必要に迫られてね。だから人間なんて『上辺だけ』と言ってるのよ。だってそうじゃない? 常に本心を口にせず、嘘をついて、仮面をつけて生きているのだから」

「正直な話、私にはアイリスの話がちょっと難しくて完全に理解することは出来ていないのですが……確かに、言われてみればそうなのかもしれません。人間は所詮、上辺だけで生きているのかもしれません。そう思うという人もおそらく沢山いるのでしょう。でも」

「でも?」

「少なくとも私は、そうは思いません」


 俺の言葉にアイリスは無言で固まった。


「それはあなたの考え方であり、価値観です。尊重はしますが、同意はしかねます」

「……それはつまり結局、謝らない、ってこと?」

「話の流れで言えばそうなりますね」

「なぜ?」

「口にするのは難しいですね。思考を読み取ってください」

「……色んな感情が混ざっていて言語化が難しいわね。……ハンナ、非情、怒り……失望?」


 アイリスは腕を組みながら難しそうな顔をした。


「アナタ、私が目覚めないハンナに対して非情な言葉を使ったことに怒りを感じているの? そして、そんな私に失望している……」

「自分では上手く言葉に出来ませんが、あなたがそう読み取れたのならおそらく、そういうことなのでしょうね」

「失望したということは裏を返せば、期待があったということ。……所詮はアナタも自己中心的な人間ね。勝手に期待して、勝手に失望するなんて。私がハンナのことをどう思おうと私の自由じゃない。それこそさっきの言葉を借りるなら、これが私の考え方で、私の価値観よ」

「そうですね、その通りだと思います。あなたがハンナのことをどう思おうと自由。それはもちろんそうでしょう。ですがその考え方を、価値観を、どう思うかも私の自由です」

「……………………ハァ」


 アイリスは呆れたように大きくため息をついた。


「アナタ、どう思う?」

「……どう、とは?」

「精神年齢はもう四十近くにもなる中年男性が、年端もいかない少女を相手に『謝らない』って言い張る状況を、よ」

「ぐっ……!?」

「確かアナタの国では成人が二十歳だったわよね。私は十三歳でこの世界では成人だけど、アナタにとってみたらまだまだ子供なんじゃないのかしら? それにアナタが理想とする男性像を表すものに『男は度量』って言葉もあるわよね。どう? 今のアナタは自分の理想像とかけ離れてるのではなくて?」

「…………こ、この世界ではまだ十三歳ですし……今は私……女ですし……」

「声が震えてるわよ。十三歳っていうのは肉体の話でしょう? 今は女っていうのも肉体の話。心はどうなのよ、心は。まさか身も心も十三歳の少女です、なんて言うつもりかしら?」

「ごめんなさい」


 俺はその場で土下座した。


「男一匹! ミコト・イグナート・フィエスタ・シルヴェストル! 大人気ない行動と言動でアイリスさんを傷つけたこと、深くお詫び申し上げます!」

「深くお詫び申し上げるならせめてベンチから降りて土下座したら?」

「アイリスさんの手を繋いだままでよろしければ地面で土下座させて頂きます!」

「それ私も地面にしゃがまなきゃいけないじゃない。却下よ却下。まったく、炎に焼かれながら土下座するぐらいの男気は見せてほしいものだわ」

「申し訳ございません!」


 他には何も言えない。

 俺には焼き土下座をするほどの男気はないからだ。


「フフッ、まあいいわ。それで許してあげる。アナタも少しは自分が悪いと思ってるみたいだから」

「ありがとうございます!」


 ……と、元気よく言ったのはいいが、おかしいな。

 アイリスの言う通りあまりに大人気ないし、なんだか恥ずかしくなってきたから咄嗟に謝ってしまったのだが……俺、別に自分が悪いとは思ってないぞ?


「表層意識に出てこないだけで、悪いと思ってるわよアナタ」

「え?」

「さっきまでは深層意識がゴチャゴチャしてて読み取りにくかったけど、アナタが素直になったから大分読み取りやすくなったわ」

「そうなんですか」


 深層意識か。

 よくわからんが、心の奥底ってことかな?

 しかし、自分で思ってる事柄とはまったく正反対の思いを心の奥底に抱いてるってのは、なんだか変な話だな。


「別に珍しい話じゃないわよ。普段意識してないだけで人間、相反する思考が同時に存在するなんてことは日常的にあることだわ」

「なるほど……」


 確かに言われてみればそうかもしれない。

 俺だってこのままミコトの姿でいたい気持ちと、イグナートの姿に戻りたいという相反する気持ちが同時に存在している。

 自分が自覚がしている範囲内でもそうなのだから、深層意識とやらにはさぞ様々な相反する思いが渦巻いていることだろう。


「それじゃあ、表面上だけでも和解したところでそろそろ帰りましょうか」

「帰れるのですか?」

「わからないわ。こんなこと今までに例がないもの。でもやってみるしかないでしょう。それともアナタ、ここで私と永遠の時を過ごす?」

「とにかくやってみましょう! 大丈夫です! きっと帰れます! 自分を信じて!」

「……そんなに嫌なのね。普通に傷つくわ」

「いえいえ、アイリスだから嫌というわけではないですよ? 永遠に元の世界に戻れないというのが嫌という意味で」

「でもアナタ、『まあアイリスでもディナスと一緒に閉じ込められるよりはマシか』って思ったでしょ。それって今までアナタが出会ってきた女の子の中でも、私は下から数える方が早いってことじゃ……」

「それ以上はやめましょう! 本当にやめましょう! 掘り下げるのは禁止! ナンバーワンよりオンリーワン! あなたは世界にひとつだけの花です!」

「……そうね、なんだか憂鬱になってきたわ。とにかく帰りましょう」


 アイリスはそう言って、俺の手を強く握りしめた。











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