第百二十七話「ユウェナリス」
目を覚ますと、俺の顔を金色と銀色の瞳が覗き込んでいた。
状況から察するに、どうやら俺はアイリスに膝枕をされているようだ。
「調子はどう?」
「……最悪です」
「そう。念のため聞くけど、アナタはミコト?」
「そうです。……え、私今、そんな顔の判別がつかない状態になってます?」
「そんなことないわよ。ちゃんとミコトはミコトの顔をしているわ。だからこそ聞いたのよ」
「はい?」
「……何かの間違いかと思ったけど、アナタもこっちに来ちゃったのね」
そう言って、どこか悲しそうに呟くアイリス。
「ここにね、姿形を保って来たのはアナタが初めてなのよ」
「私が初めてって……どういうことですか? 順を追って説明を……」
「あっ」
俺が起き上がりアイリスから離れた瞬間。
再び世界は炎に包まれた。
そして襲い来る、この世のものとは思えない痛み。
「ああぁああぁあぁああぁぁ!?」
「ミコトッ! 手を!」
必死になってアイリスの手を掴む。
すると辺りは一瞬で炎の海から、真っ白な雪原へと変わった。
「はぁ、はぁ、はぁ、た、助かった……って、今度は寒っ! 吹雪が舞ってるんですけど!?」
「そうなの? じゃあ手は離した方がいい?」
「いや離さないで離さないで死んじゃう! 死んじゃいます! まだこっちの方がマシ!!」
「こっちの方がマシ……?」
「アイリスと手を繋いでる方がいいなぁ! 私アイリスと手を繋いでいたい! いいよね!? ね!?」
「必死ね……」
「死活問題ですから」
いやマジで。
「そうなの? 私にはアナタに何が見えてるのかわからないから、なんとも言えないけど」
「何が見えてるかわからない? どういうことですか?」
「そのままの意味よ。ここは精神世界。私とアナタが見ているものが、必ずしも同じだとは限らないわ」
「精神世界……?」
「アナタ、前に『気を抜いてる時はたまに力加減が効かない時がある』って言ってたわよね?」
「言いましたね」
「私の『これ』もアナタのそれと似たようなものでね。普段はそんなことないんだけど、気を抜くと自分に触れた人間を精神世界へ連れ込んじゃうことがあるの」
「…………」
いや、あの、『これ』を俺の力加減と一緒にされるのはちょっと抵抗があるんだけど……。
共通点『気を抜いた時』ぐらいしかなくね?
「なによ、殆ど一緒じゃない」
「一緒じゃないですよどう考えても……って、え?」
アイリス今、俺の考えたことに返答した?
「細かい機微までは伝わって来ないけどね。大体のことはわかるわ。……アナタ、自分のこと心の中では『俺』って言ってるの?」
「メッチャ細かいところまで伝わってるじゃないですか」
勘弁してくださいよ。
そんなん全部バレちゃうじゃん。
俺が転生者だとか本当は男だとかベニタマのこととか……って、考えたらダメだろ連想ストップストップ!
「え、アナタ本当は男なの!?」
「まあそうなりますよね」
考えたらダメとか言われると逆に考えちゃうタイプだわ俺。
「っていうか私はあなたの考えてることが伝わって来ないのですが。不公平です」
「えっ、アナタあの傭兵イグナートだったの!? 嘘でしょ!?」
「もはや聞いてませんね」
そして個人情報丸裸。
「す、すごい情報量……どれから掘り下げようかしら……」
「掘り下げられることは確定ですか」
「あたりまえじゃない。手を離してもいいの?」
「どうぞご自由に掘り下げてくださいませ」
命には代えられないよ。
◯
どれだけの時間が経っただろうか。
俺は質問という質問にすべて口で答えるまでもなく、思考を読み取られ秘密を暴かれていた。
ここでは時の流れをアイリスがある程度コントロールできるらしいので、元の世界で騒ぎになることはないそうだが……それにしたって長い。長すぎる。
アイリスの反応がいちいち新鮮で面白いから待つのが暇でシンドイということはないが、それにしたって限度がある。
実際の時間に直したら二十四時間以上経っているんじゃないだろうか。
質問多すぎるだろ。
どんだけ掘り下げるんだよ。
もう現世での情報は掘り尽くして前世まで来てるし。
テンプラとかスシとか知ってどうすんだよ。
おまえはミーハーな外国人か。
しかしよくもまあ、興味が尽きないもんだよなぁ……好奇心の権化というか、なんというか……。
「ちょっとミコト。雑念が多いわよ。質問に集中して」
「そりゃこれだけ長い間ずっと質問攻めされてたら雑念も多くなりますよ。勘弁してください」
「長い間? ……ああ、精神世界だと生理現象が起きないから、全然気がつかなかったわ。もうそんなに経ってる?」
「経ってます経ってます。もう一週間ぐらい経ってます」
「そんなしょうもない嘘ついても私には意味ないのに。でも……体感時間で二十四時間以上? 結構経ってるわね」
「だから言ってるでしょう。もういい加減こっちの質問に答えてください」
「そうね、いいわよ。アナタ自身に関しての情報はあらかた集積したから」
「あらかたねぇ……」
俺としてはかなり事細かに集積された気がするけどな。
あんなことからこんなことまで。
「あら? 不満があるならもっと事細かに集積してもいいのよ?」
「あらかたです! すっごくあらかたです! うわぁ! ステキなあらかた! 尊敬しちゃう!」
「ミコトが壊れた……」
そりゃ二十四時間以上、延々と質問攻めにされたら誰だって壊れるわ。
ちなみに宙を舞っていた吹雪は質問攻めの途中でいつの間にか止んでいたので、寒くて死んじゃうってことはなかった。
ただ相変わらず辺り一面は銀世界で、雪原が広がっているのはそのままである。
空に太陽も見当たらなくて薄暗いし、死ぬほどではないが寒いのは変わらないので、早く聞くことを聞いてここから脱出したい。
「まあいいわ。それで? 何が聞きたいの?」
「聞くことがありすぎて何から聞くか迷うぐらいなのですが、一応さっきまでの質問タイムで考えはまとめておきました。その思考は読めたのでは?」
「そういえば色々と考えてたわね。とはいっても興味のない思考は私も流し読みで覚えてないから、もう一度思い浮かべて」
「わかりました」
俺は大量にある質問を一通り頭の中で思い浮かべていった。
さっきまでの質問タイムで、同時に複数の事柄を思い浮かべてもアイリスなら読み取れるということがわかっているからな。
「…………ああ、アナタの質問したいこと、大体が答えられないことばかりね。九割方ダメだから、もう答えなくてもいい?」
「おい」
「冗談よ。でもほとんど答えられないのはホント。たとえば、精神世界でアナタだけだと炎に包まれた世界が見える理由とか、私に触れると雪原が見える理由、アナタが姿形を保ったまま精神世界に来れる理由とかは、そもそも私にもわからないわ。アナタから引き出した情報でなんとなく推測は出来るけど」
「ではその推測でいいので話してください」
「嫌よ」
「…………」
嫌って……。
「よくよく考えたら私、ミコトにずっと無視されてたし? 話しかけるなって言われてたし? 素直に答えてあげる義理もないし?」
「くっ……」
それを今持ち出すか。
うやむやになったと思ってたのに。
っていうかそもそも、こんな状況になったのはアイリスが原因なんだから説明義務ぐらいはあると思うんだが。
「説明義務なんてないわよ。勝手にアナタが私に触れて精神世界に入って来たんじゃない。自業自得よ」
ツンとした態度でそっぽを向くアイリス。
ダメだ。
この状況下ではアイリスだけが頼りなのに、これじゃ取り付く島もない。
「んー……そうね。でも可哀想だから、アレをやったら許してあげるわよ」
「アレ?」
「ジャパニーズ、土下座よ。ニッポンジンとしてはアレが最上位の謝罪方法なのでしょう?」
「…………」
さて、どうするかね。