第百二十三話「変化」
あれから更に二週間後。
本格的にアイリスがつきまとってきてから数えると四週間、つまりこの世界での一ヶ月が経ったある日。
「ええと、ここが、こうなって、こうですか……?」
「違うわよ。これじゃこの回路が塞がれてるじゃない」
「ああ、なるほど、こうですね」
「それをしたら今度はこっちが止まるじゃない。どっちにしろ爆発するわよ」
「じゃあどうしたらいいんですか……」
「基礎部分からやり直し」
一限目の魔法陣作成実習で、アイリスにつきっきりで魔法陣の基礎を教わったり。
「座学では学年トップのアイリスも、剣術ではからっきしのようですね」
「むぅ……今まで興味がなかっただけよ」
「教えてあげますよ。私、こう見えて実はベテランですから」
「いいわよ別に。模擬戦を続けましょう」
「アイリスに勝ち目はないと思いますけど?」
「『廻れ廻れ廻れ、七色の暴風』」
「それ反則!?」
二限目の修練実技で派手にやらかしたり。
「カボチャはですね、まず置いた時に安定するよう、下を平らに切ります」
「ん……切ったわ」
「そしたら今度は逆さにして、上のヘタをくり抜くように取ります」
「んん……取れたわ」
「取れたらヘタがあった部分に包丁の先端をスジに沿うよう深く突き刺して、そのまま弧を描くように下ろしながら切ります」
「か、硬いわ……」
「ここでの注意点は、包丁にアニマを込めないことです。カボチャは硬いのでどうしても包丁にアニマを込めたくなりますが、それをすると実が微妙に崩れます。そして微量ですがカボチャ自体に備わっているアニマも霧散して味も変わります。絶対にアニマを込めないでください。どうしてもアニマを込める時は、音速を超えるスピードで一刀両断してください。それなら影響は少ないです」
「そんなの……無理……」
「じゃあ正攻法で切りましょう。大丈夫です。ちゃんとスジに沿って、テコの原理を使い包丁を回しながら切れば力はそんなに……ちょ、アイリス!?」
三限目の料理実習で、我慢の足りないアイリスが包丁にアニマを大量に込めてまな板まで切ったり。
そんな感じでお昼まではここ最近特に珍しくもないごく普通の流れだったのだが、料理実習が終わってさぁ皆でそれぞれ自分たちの作った料理を食べるぞ、という段階になりいつもではありえないことが起きた。
アイリスにつきまとわれるようになってから疎遠となっていた、俺と交流のあった複数の女子たちが『実習で作った料理を一緒に食べよう』と言ってきたのだ。
もしかするとここ最近常に俺と絡んでいるアイリスを見て、女子たちも『そんなに悪い子じゃない』と思い直してくれたのかもしれない。
そんなこんなで俺とアイリスは珍しく、昼ごはんを二人だけではなく複数人で食べることになった。
まだまだ女子たちがアイリスと話す様子はぎこちない感じではあるが、これを機にアイリスも少しずつクラスに馴染んでいくのではないだろうか。
希望的観測ではあるが、そんな気がした。
その日の夜。
寮の自室にて。
「ねえミコト」
「なんですか?」
明日使う教科書の準備をしていた俺に、二段ベッドの下段に座ったモニカが声を掛けてきた。
「あたし……アイリスとは関わらない方がいいって、言ったよね」
「え? ……えーと、そう、ですね」
「どうしてまだ仲良くしてるの? しかも、他の子達まで巻き込んで」
いつもと違い、重々しい空気をまといながら問い掛けてくるモニカ。
「ええと……その、ここ最近ずっと一緒にいてわかったことですが、アイリスもそこまで悪い子じゃないのかな、と思いまして……」
「悪い子だよ」
「……え?」
「アイリスは悪い子だよ、ミコト」
「……モニカ?」
モニカの表情は真剣そのものであり、ふざけている様子などは一切見受けられなかった。
「……なぜ、そう思うのですか?」
「…………」
「モニカ……」
「……あの子は、人殺しだから」
「え……?」
「アイリスには昔、友達がいたって言ったでしょう?」
「はい、覚えてます」
「アイリスはその子を、殺したの」
モニカは憎悪と悲痛が入り混じったような、なんともいえない表情で語り始めた。




