第百二十二話「唯一」
冒険者ギルドへの顔出しが終わったあと。
俺は周囲の気配に意識を集中しながら、王都の大通りを歩いていた。
これは言わずもがな、アイリスの尾行を考慮してのことである。
俺が心配しすぎなのかもしれないが、もしアイリスが休息日もつきまとってくるようだったら気軽に実家にも帰れないからな。
今日はそれに対するテスト日のつもりだ。
そして数時間後。
商店街の方で武器屋や魔道具屋、服屋を見て回りながらアイリスの気配を探っていた俺は、近場の定食屋で昼食を挟んだのち、商店街を離れて王都を城壁に沿って歩き始めた。
その後は夕方になって寮に帰るまでずっと王都をぐるりと歩き回っていたが、結局アイリスを見つけることも、逆に見つけられることもなかった。
◯
夜、寮に戻ってから。
「モニカ」
「なに?」
「アイリスは休息日、いったい何をしているのでしょうか」
俺は二段ベッドの上段に腰掛けながら、机に向かって勉強しているモニカに声を掛けた。
「さぁ……何してるんだろうね。わかんない」
「そうですか。アイリスに友達がいれば、その子に聞くのですが……」
残念ながらあのクラスに入ってから六日間、アイリスが誰かと話している様子はまったくもって見受けられなかった。
おそらく友達がいないのだろう。
もともと誰かとつるむようなタイプではなさそうだから納得ではある。
「前はね……いたんだよ、友達」
「へぇ、そうなんですか。誰でしょう。今もクラスにいる人ですか?」
「…………」
え……なぜにそこで沈黙?
「モニカ?」
「……なんで、そんなこと聞きたがるの?」
「え? ……えーと」
一瞬なんて言おうか悩んだが、よく考えたら別に隠すようなことは何もないな。
「私、最近アイリスにつきまとわれてるじゃないですか」
「うん」
「休息日までつきまとわれたらオチオチ実家に帰ることも出来ないので、一応アイリスの行動を確認しようと思いまして。自意識過剰かもしれませんが」
「そんなことないよ」
モニカは俺に向き直って言った。
「慎重になっていいと思う。あの子、不気味だし。関わらない方がいいよ」
「そんなにですか?」
「うん。それにあの子と関わるとね、後で記憶が抜け落ちてるような……変な感覚になる子が多いの。あたしも前にそういうことがあったし」
「…………」
それはほぼ間違いなく魔眼のせいだろう。
アイリスのヤツ、今まで魔眼をあっちこっちで使いまくってたに違いない。
「だから絶対、関わらない方がいいよ」
「わ、わかりました」
強く言うモニカの気迫に押され、思わず頷く。
あっち側から寄ってくる以上、完全に関わりを断つというのは難しいだろうが……まあ、そっけなくしていればアイリスもそのうち離れていくだろう。
なんとなくだが、アイリスの言っていた『興味』とやらに持続性があるとは思えないしな。
◯
結論から言おう。
俺の見通しは甘かった。
休息日こそ特に絡まれることはなかったものの、週が明けて光曜日から俺はずっとアイリスにつきまとわれていた。
休み時間。
お昼休み。
放課後。
自由に動ける時は講義、実習、実技中も。
俺の冷たい対応にも、そっけない態度にも決してめげず、アイリスは連日つきまとってきた。
そして様々なやり方で俺をおちょくっては『でも、こういうの……キライじゃないんでしょう? ほら、アストラル体が……喜んでる』とか言って耳に息を吹きかけてきたり、もうやりたい放題だった。
たまにこっちも本気で怒るのだが、しかしアイリスはめげなかった。
それどころか日を追うごとに俺のあしらい方が上手くなり、しまいにゃこっちが本気で怒りそうになると素直に謝るという技まで覚え始めた。
それをされると俺もそれ以上怒ることはできない。
なぜならこっちが『本気で怒りそう』な、つまりまだ怒ってはいない絶妙なタイミングで謝ってくるからだ。
おそらくこちらの感情をアストラル体とやらで常に把握している、アイリスだから成し得ることなのだろう。
こちらとしては非常にやりづらかった。
◯
そんな日々が続き、週明けの光曜日から二週間後。
おかげで俺はモニカを始めとする、数人の仲が良かったクラスメイトたちと疎遠になっていた。
アイリスは元々クラスメイトたちから避けられていたから、俺がそのとばっちりを食らった形だ。
だがしかし、俺はそのことでアイリスに対し悪感情を抱くことはなかった。
なにしろアイリスの場合、唯一の友達が俺だからな。
しかもその唯一の友達である俺にも普段から邪険にされるという、案外可哀想なヤツなのだアイリスは。
そのことに気づき始めた俺はちょっとだけ、ほんのちょっとだけアイリスに対して優しくなった。
もし休息日もずっとつきまとわれていたら話は違っていたかもしれないが、なんだかんだでアイリスが俺にベッタリとつきまとっているのは平日だけだからな。
プライベートを大事にするタイプなのか、それとも何か用事があるのか。
いずれにせよ、俺は休息日にまで干渉してこないアイリスに対し、警戒心を大分薄めつつあった。