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第十一話「マギー・アーツ」

 

 

 勇者が決まってから数日後。


 選定の儀式が開始されてから十三日どころか僅か一時間で選ばれたという勇者は、なんと五歳の少年だという。

 奇しくも今の俺と同じ年齢である。


 ただ成長速度とか体格とか色々とおかしい俺とは違い、どうやら普通の少年だという噂だ。

 年齢が一緒ということで、もしかしたら俺と境遇が同じ転生者なのではないかと思ったが、そういうわけでもなさそうだった。


 普通の少年を装っているだけで本当は転生者だという可能性もあるが、魔王を倒す気なんてサラサラない俺にはどちらにせよ関係のないことだ。

 そう思い無事勇者ルートを回避出来たことを喜んでいたのも束の間、王国軍から俺宛に新たな使者が到着した。


 何の用だと話を聞いてみたところ今度は『勇者候補』ではなく『勇者のパーティ候補』として王都へ来てほしいと言われた。

 もちろん即答で断った。

 すると王国軍からの使者は意外なほどにアッサリと引き下がり、そして数日後。


 再び使者が来て、今度は『王国軍に入らないか』と勧誘された。

 軍隊なんて勇者並にあり得ない。

 使者はあれこれと『地位と名声を得られる』だの『給金は弾む』だの『待遇を良くする』だのと説得して来たが、いくら条件が良いとはいえ軍隊はダメだ。否応なしに目立つことになりそうだからな。


 というわけで、気合いを入れて断固拒否し続けた結果、食い下がる使者をとりあえず退けることは出来た。

 だが使者は『今度は土産を持って来る』と、どうもあきらめる様子が無さそうな様子。

 ……勘弁してほしい。


 それから更に数日後。


 今度は黒いローブを身にまとった少女と、それに付き従う執事風の男性が現れた。


「……貴方は人間、ですか?」


 開口一番失礼なことを言ってのけた少女の名は、セーラ・ウィンザー・ベアトリス・ディアドルといい、王国の宮廷魔術師らしい。

 肩まで伸びた深緑の髪と同色の瞳。

 こめかみの辺りから二本、長い髪を触角のように垂らしているのが印象的だ。


「私と一緒に王都へ来てほしいのです」


 セーラは東の森から出てくる虫型魔物の研究をしているそうで、今日は俺にその研究の助手をしてほしいがため勧誘に来たそうだ。

 素手でも魔物と渡り合えるほどの『硬化』のアニマを持つ俺が手伝えば、研究の効率は飛躍的に上がるだろう、とのこと。


(うーん……どうしようか)


 悩む。

 育った環境のせいか今のところ戦う技術ばかり磨いているが、俺は魔術というものに前々から興味があった。

 そんな俺には宮廷魔術師の助手という仕事はかなり魅力的だ。

 軍隊は勘弁だが、話を聞いたところ今回のセーラの勧誘は王国軍とはまったく関係が無いみたいだし……あれ、条件次第ではむしろ望むところかもしれない。


「魔術を学びたい? 人手不足なので他の人は厳しいですが、私で良ければ指南させて頂きます。研究もありますのでそこまで時間は取れないと思いますが……」


 おお、言ってみるもんだ。

 アッサリと承諾された。

 これで俺の人生計画も大分捗るだろう。


 そう、人生計画。

 成長速度が早すぎて直近の計画は色々とうやむやになっていたが、俺には『十八歳までに実力をつけて旅に出る』という計画がある。

 前世では生まれも育ちも地元で、仕事さえも自分の生まれ育った場所だったというのもあり、俺は常日頃から一度自由気ままに世界を旅してみたいと思っていたのだ。海外旅行とかもまったく行ったことないしな。


「住居は私の屋敷に空いている部屋がいくつかあるので、よろしければそのどれかを使ってください。外食を好まれるという訳でなければ食事も屋敷で用意させて頂きます」


 つまりは住み込みで三食メシつきということか。素晴らしい待遇だ。


「給金は年間で大金貨五十枚をお支払いします」


 ……マジで?

 この国だと大金貨五十枚もあったら田舎に一軒家が立つ。

 大金貨一枚で日本円換算十万円ぐらいだとすると、年収五百万だ。

 となればこれは相当に良い条件だろう。

 至れり尽くせりだ。

 これは承諾するしかない。


「では、こちらが契約書です。ここにサインと拇印をお願いします」


 手がデカすぎてサインは相当苦戦した。

 拇印は自分のアニマが朱肉の代わりになる特殊な紙だったので面倒ではなかったが、小指ですら契約書の半分以上を覆うような形になったのには思わず笑った。


 こうして俺は宮廷魔術師セーラの助手となった。




 ○




 セーラの元で働き始めてから一年ほど経ったある日。

 俺は屋敷の中央に位置する中庭でセーラを待っていた。


(さて……今日も術式を組む練習かな)


 本日は週に一度の休みであり、セーラが俺に午前中だけ魔術を教えてくれる貴重な日でもある。

 ただ最近は同じことの繰り返しばかりなうえ、成果も出てないため多少憂鬱ではあるが。


(いつまで経っても魔術発動までいかないからなぁ……初めの頃みたいに練習用アーツを変えた方が良いんじゃないだろうか)


 アーツとは人が魔術を使うための触媒となる魔導具だ。一般的に杖や腕輪、指輪などの形を取っていることが多い。

 精霊や魔族と違い、人は基本的にこのアーツと呼ばれる魔導具が無ければ魔術を行使することが出来ない。

 そのため精霊や魔族が触媒無しで使う術は『魔法』、人間がアーツを用いて使う術は『魔術』と区別されている。

 稀に例外はあるが。


「おはようございます。お待たせしました」


 とめどないことを考えている間に屋敷からセーラが出てきた。


「おう、おはよう。今日もよろしく……あれ、セーラ……髪、切った?」


 触覚ヘアーは相変わらずだが、今まで自然だった前髪が切り揃えられている。

 前髪パッツンというヤツだ。

 狙ったのか、それとも失敗したのか……。


「はい。……変、ですか?」

「い、いや! 似合ってる」

「……ありがとうございます」


 顔を赤くしてうつむくセーラ。


(どういう心境の変化だ……?)


 いや、ただ単に前髪を切りたくなっただけかもしれないが。なんとなく嫌な予感がした。


「突然ですが、イグナート。貴方への魔術指南は今日で最後とさせて頂きます」


 そして予感は的中した。


「な……なんでだ!?」

「これは非常に言いにくいことなのですが……貴方に、魔術の才能が無いからです」

「え……え?」

「この一年間、貴方には様々な方法を用いて魔術の指南をしてきました。ですが、これ以上は貴方の為にもなりません。素質の無い人間はいくら修行を積んでも魔術を扱えるようにはならない……厳しい言い方にはなりますが、それが魔術というものなのです」


 そう言って目を伏せるセーラ。


「ちょ……ちょっと待ってくれ。あれ? 魔術を扱えるようにならないって、そんなことはないだろ? だって俺、初歩のヤツは使えてたじゃないか。ほら、最初の頃の練習で、火の魔石をはめ込んだ小さめのロッド型アーツでさ……」

「あれは『マギー・アーツ』です」

「ま、マギー?」


 なんだそれ。


「知らなかったようなのであえて教えませんでしたが、マギー・アーツとは比較的簡単な単一魔術を発動させる術式があらかじめ組み込まれたアーツのことです」


 アニマを込めれば誰でも使えます、と続けるセーラ。


「ただ通常の魔術行使よりも非常に多くのアニマを消費するので、アニマの総量を測るために魔術指南の際よく使われるのです。総アニマ量が少ない人間は魔術師になれませんから」

「そ、それじゃあ、最初の頃に『百年に一人……いえ、もしかしたら千年に一人の逸材かもしれません!』とか言ってくれてたのって……」

「はい。当時は無限にも思えるほどの膨大なアニマ量を見てそう思ったのですが……そもそも自分で術式を組めなければ魔術師にはなり得ない、ということを失念していました。申し訳ありません」

「そんな……」


 俺はガックリとうなだれた。


(一向に上達しない理由はそれだったのか……)


 そもそも、素質が無かったという。

 最初に『千年に一人の逸材』と言われたことで、その発想が頭から消え去っていた。


「通常、総アニマ量に恵まれた人間は魔術の才能も優れていることが多いのですが……イグナートは例外のようです。もしかしたら、特殊体質であることが関係しているのかもしれません」


 特殊体質かぁ……。


(つまり、ベニタマのせいだな……)


 ベニタマとは例の『真紅の光』のことである。

 毎回毎回『真紅の~』と呼ぶのが面倒なため名前を付けた。

 紅い玉だからベニタマ。我ながら良いセンスだと思う。

 そのベニタマとは前回魔物の巣で死にかけて以来ちょくちょく夢の中で会っているのだが、その話はまた今度にするとして。


(魔術を極めることが出来れば人生色々と充実しそうな気がしたのになぁ)


 それこそ、『メタモルフォーゼ!』とかいってモンスター並にデカいこの体格を普通の人間並みに戻したり、美形になったり、そんでもって女の子とキャッキャウフフなんて展開になったり……。


(あぁ、儚い夢だった……)


「……ということで、魔術指南の代わりといってはなんですが、イグナートの給金を年間で大金貨五十枚から六十枚にさせて頂きますので、どうか……イグナート? 聞いていますか?」

「……ッハ! お、おう、聞いてる聞いてる。給金の話な? いや、増やしてくれるのはありがたいんだが、良いのか?」


 正直お金にはまったく困っていないのだが。

 むしろ余っているぐらいなので、大金貨五十枚のうち十枚は孤児院に送金している。

 あの孤児院は『自分の食い扶持は自分で稼ぐ』というスタンスだし、軍の兵士養成施設みたいな所でもあるので貧窮することはまずないと思うが、まぁお金はあって困ることは無いだろう。

 出来る範囲内で育ててもらった恩返しもしたいからな。

 借りは返さねば。


「はい。本当はもっと支払いたいところなのですが、今は国の情勢も厳しいので」

「そうか……なんなら、現物支給でも大丈夫だぞ? ほら、あの火魔石のロッド型アーツ……マギー・アーツって言うんだっけ? あれなんか凄く便利そうだから、俺欲しいと思ってるんだけど」

「あれですか。あれも実はそれなりに価値が高いんです。大金貨百枚はします」


 うお、マジか。 メチャクチャ高いな。王都に家が建てられるぞ。


「マギー・アーツは元々そう多く作れる物ではないことに加え、魔石も上質な物を使わないと術式を組み込めないため通常のアーツと比べて値段が高くなる傾向にあるのです」

「そ、そうか……わかった。じゃあマギー・アーツは給金を貯めて買うことにするわ」

「ありがとうございます。それでは、年間の給金は大金貨六十枚ということでよろしいでしょうか?」

「あぁ、もちろん」


 俺がそう言って頷くと、セーラはホッとしたようにため息をついた。


「よかった……」

「…………」


 俺はそんなセーラを複雑な気持ちで眺めていた。

 ……俺、魔術指南を止めると言っただけでゴネるような面倒極まりない男だと思われていたのだろうか。

 そりゃあ魔術師には凄い憧れてたから、指南を止めると言われた時にはガックリきたけどさ。


 そんな俺の微妙な表情から何か読み取ったのか、セーラは慌てたように両手を振って弁解し始めた。


「あ、いえ、違うんです。もちろんイグナートならそう言ってくれると思っていたのですが、やはりそれ以外の可能性もなきにしもあらずですし、貴方はこの国にとってはある意味勇者様に匹敵する程の重要人物ですので……」

「はは、それはさすがに言い過ぎ……」

「いや、決して言い過ぎではない」


 背後からどこかで聞いた覚えのある声がした。


「イグナート。今、この国は限界に近い。君の力が必要だ」


 後ろを振り向くと、そこには藍色の髪をした渋いおっさん――リーダーの父親であり、一年前俺を勇者候補にしようとした軍のお偉いさんである――将軍が、立っていた。










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