第百十六話「記念写真」
一週間後。
昼過ぎ、屋敷の一階フロアにて。
「ほ、本当に撮るのぉ……?」
「今さら何を言ってるんだミコト」
「そうよミコト。せっかくこの日の為に特注したんだから」
「うぅ……は、恥ずかしい……」
俺はピンク色の可愛らしいフリフリのドレスを着て、写真師の前に立っていた。
結局、あれから俺は伯爵と夫人の養子になっていた。
今はその養子縁組の手続きが正式に済んだことを記念する写真を撮るところである。
「はい、ではまずは最初にご家族三人で撮ります。次にお父様とお嬢様、その次にお母様とお嬢様、最後にお嬢様ひとりで、という順番です」
中年の写真師の言う通り、相手を変え、ポーズを変え、次々と写真を撮っていく。
「はい、お疲れ様でした。現像した写真は三日後のお渡しとなります」
写真師が帰ったあと、俺はこの羞恥プレイから逃れる為にすぐさま服を大学の制服に着替えた。
「あらミコト。もう着替えちゃったの? それも制服に。どうせだったら他のもっと可愛い服に着替えればいいのに」
「あはは……動きやすくて気に入ってるんだよね、この制服」
夫人が勧めてくる服は少女趣味っぽくて苦手だから、真っ先に無難な制服を着てしまうというのも理由のひとつではあるが。
「あら、来週になったら毎日着るようになるのに……」
「え? なんで?」
「なんでって、大学が始まるでしょう?」
「うん……え?」
どういうこと?
「マリアンヌ。まだミコトには話してないぞ、編入学のことは」
「あら、そうだったの」
「え……え?」
混乱する俺の肩にポンと、伯爵が手を乗せる。
「おめでとう、ミコト。キミは来週から王国立大学に編入学することになったんだ」
「よかったわねぇ、ミコト。定員に空きがあって」
「え、え、ちょ、ちょっと待って?」
「ん? どうしたミコト?」
「いやいやいや、大学に編入学することになったって……あの……なんで?」
どうしてそうなるのかサッパリわからない。
「なんでって、正式な貴族になったのだから当然だろう」
「そうよミコト。一昔前ならいざ知らず、今の御時世で伯爵家の娘が大学を出ていないなんて、笑われてしまうそうよ?」
「え……そ、そうなの?」
「ええ。ダニエルがそう言っていたわ」
「…………」
ダニエル……貴様、図ったな……!
「ミコトが今なにを考えているのか大体の想像はつくが、実際伯爵家の娘は普通大学へ行くものだからな。将来の為にも行っておくに越したことはない。勝手に事を進めたことは悪いとは思っているが……」
「お父さん……いや、その、行きたくないってわけじゃないんだけど、お金が……」
「あら、それなら心配することないのよ。ダニエルがね、費用を全部出してくれたから」
「えっ……」
一瞬、耳を疑った。
あのダニエルが費用を……?
「そうだ。そもそも、今回ミコトの大学編入を主導したのはダニエルだからな。『伯爵家の娘になるならそれに相応しい教養を』、と」
「そうよ。最初は私もミコトと離れたくなくて反対したのだけれど、ダニエルに『本当に子供のことを考えるなら、子供の将来のことまで考えるべきです』って力説されたの」
「ああ。恥ずかしながら、私も最初はミコトを手元から離すのは反対したのだが、ダニエルに『もう学費は支払い済みです』と言われてな……あのダニエルが私財を使ってまで配慮してくれたのだ。無下に断る訳にもいかない」
「…………」
私財というか……その金、ほぼ間違いなく俺がダニエルに預けた大金貨百枚から出されているだろうからな……。
非常に複雑な気分である。
そのまま使わないでおけば自分の金にできたものをわざわざ使ってくれたのだから、本当は感謝すべきなのだろうが……元々が俺自身の金だからか素直に感謝の気持ちが湧いてこない。
「どうしたの? ミコト」
「えーと……なんでもないよ」
とはいえ、借りを作ったことは間違いない。
とりあえずは礼を言いに行って、そのうち金は返さなければ。
◯
更に一週間後。
俺は大学への敷地内に入る門の前で、伯爵と夫人に別れを告げていた。
「もー、泣かないでよ、お母さん」
「だって……やっぱり寂しいんだもの……」
「ちょくちょく顔見せに帰るから」
「絶対よ……」
ハンカチを片手にしくしくと泣く夫人。
伯爵はそんな夫人の肩を抱きながら、俺に向かって手招きをした。
「ミコト、おいで」
「なに、お父さん……」
伯爵は右腕を俺の肩に回して、そのまま抱き寄せた。
これで伯爵は左腕に夫人、右腕に俺を抱えている形となる。
「いいんだぞ、泣いて」
「え……」
「今まで我慢してきたんだろう? 泣いていいんだぞ、ミコト。大人になって親の胸で泣けることは少ない。泣ける時に泣いておきなさい」
「お、お父さん……」
伯爵の優しい言葉に涙腺が緩みそうになるが、慌てて気を取り直し目頭を押さえながら後ろに下がる。
「もぉー! そうやってすぐ泣かそうとするー!」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょー!」
俺は今日、編入学初日ということで軽く化粧をしているのだ。
泣いたら化粧がひどいことになる。
泣くわけにはいかない。
「……でも、ありがとう、お父さん」
うつむいて小さく呟く。
「うっ……」
「どうしたのお父さん?」
「いや……ちょっと、目にゴミがな……」
「……お父さんが泣いてどうするの」
口では呆れつつも、口元は緩む。
「あらミコト。笑ってるの?」
「だって、なんだかおかしくって」
「あらあら、うふふ、そうね。ルドルフが泣いてるとなんだかおかしいわよね」
「おいおい二人とも。おかしいとはなんだ、おかしいとは」
夫人と二人で笑っていると、伯爵もつられて笑い出した。
「アナタがミコトさん?」
「え……あ、はい」
唐突に背後から声を掛けられ振り向くと、そこには黒髪を頭でまとめたメガネの女性が立っていた。
「初めまして。私はミランダ・グリン・クェーサー。王国立大学の教師です。呼ぶ時はミランダと呼んでください。家名は好きではありませんので」
「あ……はい。初めまして、ミランダ先生。私はミコト・イグナート・フィエスタ・シルヴェストルです」
「おお、ということはもしや貴女が娘の担任の先生ですか?」
伯爵が横から入り込んでくる。
「ええ、そうなります」
「そうですか。娘をよろしくお願いします。この子はちょっと抜けてるところがありまして……いや、そこがまた可愛いんですが」
「ちょ! ちょっとやめてよお父さん!」
「ハハ、なに、冗談だよ。可愛いのは本当だが」
「あらやだ、ルドルフったら。うふふ」
「笑っている場合ではありませんよ、ご両親」
ミランダ先生はメガネの横のフレームを指でつまんで持ち上げ、言った。
「お子さん……初日から、遅刻です」
「…………」
「…………」
「…………」
家族三人で固まった。




